翌朝、遠くで物音を聞いた気がして目が覚める。思いっきり伸びをしてから時計を確認しようとしたら、見慣れない壁しか目に入らなかった。──ミノンの部屋に泊まったのだということを思い出す。
空は昨日の嵐が嘘みたいに晴れていた。朝から星を見て晴れって思うのも何だか妙な気分だけど。
「はよ……あれ、サラマンダー?」
「……起きたか。」
ブレッドの焼ける匂いにつられて降りてった下の階には、思い描いてたミノンの姿じゃなくて……サラマンダーの姿があった。隣に彼女はいない。食卓の上には昨日の残りのおかずが置いてあった。……ちょっと焦げてるのは気のせいか?
(……!?)
暖炉の方を見やれば、何とも珍しい光景が目に入る。千切られたバゲットが、串刺しにされ──炙られる姿。い、一体どこから突っ込んで良いのかわからない。
「………ミノンは?」
とりあえず彼女の存在があった場合に於いてこの現状が導かれる可能性は大いに低かったのではないだろうかと脳内で仮定し、訊いてみる。すると至極めんどくさそうな口調で答えが返ってきた。
「……上で寝てる。」
「えっ……?」
「………起きられねえんだよ。」
欠伸を噛み殺しながら伸びをすると、サラマンダーは炙り千切りバゲットの回収にかかった。器用に串を外して皿に載せる。……それは本来チーズフォンデュに使うものでは?
「……それは何?」
「…………バゲットは焦げ目が付くくらいに軽く焼け、と言われたが……焼き釜の使い方など知らん。ナイフも使ってみたが斬れなかったから……千切った。」
まともな生活力が欠けている自覚はあるらしく、決まりが悪そうに言う。えっと……まずブレッドをスライスする時は斬るじゃなくて切るだよサラマンダーさん。あとそれじゃ焼くじゃなくて炙るだよサラマンダーさん。……ミノン、そんなこと思い付きもしないのかもしれないけどさ、こいつには家事を手伝わせなきゃダメだ!!甘やかしたらいけない!!
「……ま、結果オーライなんじゃないか?」
とはいえデコボコの面は意外と美味そうに焦げていた。まあ幼少から今まで食えれば良いというスタンスを貫いてきた──そうならざるを得なかった──彼に、まともな料理をしろっていう方が無理な話かもしれない。きちんと食えるだけの基盤ができてからも外食か出来合いの惣菜でやってきたみたいだし、自炊なんか旅先でするだけだったっていうから、これでも上出来な方なのかもな。そうだよな、何もキレイにナイフで切る必要はないよな。暖炉で炙ったって焦げはするよな。
「これ、オレの分もあんの?」
「……一応、おまえに朝食を出してやれ……と頼まれたからな。……文句は聞かん。」
「いやいや、サンキュー!ありがたく頂くぜ。」
さっそく食べ終えてから、せめてコーヒーくらいは淹れてやろうかと台所に入る。すると、まな板上に散らばったブレッドのくずと投げ出された包丁が目に入った。ああ、それじゃ切れませんて……。
「……ミノン、調子悪いのか?」
しばらくしてから出来立てのコーヒーを持って席に戻る。この炊事力のサラマンダーに朝食の準備を頼むなんて、よっぽど具合が悪いんじゃないんだろうか。心配になってしまう。
「………ああ。……昨日……俺が寝てたのを良いことに、無理しやがったからな。」
サラマンダーは眉間に皺を刻みながら、溜め息混じりに言った。昨日の夜、突然あんなに眠そうになったの、やっぱり調子悪いの隠してたからか……気づけなかったことが胸に刺さる。──今のミノンは、力の均衡が崩れるとモロに体調に影響が出るのだ。しかも均衡がかなり崩れやすい。だから、普段は昔みたいな大きな力は使わないで養生してるって聞いてた。
普通の、どこにでもいる魔道士の女の子みたいに。
心が不安定な彼女にその生活ができているのは、サラマンダーの助力のお陰と言っても過言ではないだろう。彼が支えているから、彼女は安定していられるのだ。
本当に、二人が結ばれて良かった。──そんな気分に浸っていたら、うっかりカップを置く手が止まっていた。
「……何をボケっとしてるんだ……。」
「あ、いや、──二人、本当に仲良いんだなって、思って。……嬉しいんだよ、幸せそうで。」
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