逞しい胸板に頬擦りしながら、安心させる様に言われる。……はい?
「ね、サラマンダー様。今宵くらいはご一緒しても大丈夫でしょう?」
「……まあな。」
えっ?
いっしょに──ねるんですか?
聞いたことはあった。以前遊びに来た時、たまたま昨晩は一緒に寝たって言ってた。でも、それは“子守り”としてのことで……“恋人”としてじゃなくて……今は“恋人”で……!え、まさかオレまた勘違いしてないよね、だって……抱き締めてたし……ってか今も抱き締めてるし……サラマンダーはともかくミノンは頬染めてるし、──どう見たってそうだよな!?
考えれば自明のことなのに、不意に実感させられてしまう。まあ……そうだよな、普通、これだけ親密なのに、普段はベッドどころか寝室すら別って方が驚きだよな。うん。(これはサラマンダーが物音や人の気配に敏感すぎて、近くに人がいると落ち着いて眠れないからってことだそうだ。これでもだいぶ慣れた方ではあるらしいが。)
……だからって……つかこいつら羞恥心ってないの!?今もサラマンダーは当然の様にミノンを抱えたまま食べてるし、ミノンはそんな状態でひどく幸せそうに頬を染めている。何だろうこの見せつけられ感……お、オレだって恋人いるのに!
「ですから、ジタン様は私のをお使いください。もちろん掛布は替えますから。」
「あ、いやいや……ご丁寧に、ありがとな。……悪いな、世話になって。」
「そんな……いつもお世話になっているのは私です、どうかおもてなしさせてくださいませ。」
サラマンダーが注いでた酒の瓶が空になったのを見て、ミノンは当たり前の様に膝から降りてキッチンに向かった。そんな、甲斐甲斐しく働いて……良いおヨメさんだな……。
それからミノンが台所を片付けたりオレが寝る準備をしたりしてくれている間、オレは久しぶりにサラマンダーを相手取ってチェスを始めた。もちろんミノンには手伝うって言ったんだけど、頑なにお断りされたんだから仕方ない。ここはお客として楽しもうと思ったのだ。
「くっそ〜……またか!良い線いったと思ったんだけどな……。」
「俺に勝とうなんざ10年早いんだよ。」
ちょっとは鍛えたはずなんだけど、結果はイマイチ芳しくなかった。仕事を終えて戻って来てから見てたミノン曰く、サラマンダーも少し本気を出してくれはしたみたいだけど。16で始めたばかりのオレと、いつからやってるのかも定かじゃない彼とでは、実力に大きな開きがあるのは否みがたい。まだまだ修行が足りないみたいだ。クアッド・ミストなら強いんだけどな……子供も遊ぶから。
その後サラマンダーが飽きたというので、オレは次の舞台の台本を、サラマンダーは新聞を読みながら静かに過ごした。ミノンはサラマンダーの隣で黙々と裁縫の続きをやっている。少ししてからふと顔を上げてミノンの手元を見てみると、すごい速さで針が進んでいた。でっかいシャツだから縫うのにも相当な手間がかかると思うんだけど……苦にもしてないみたいだ。
そのうち少し集中してた意識は、サラマンダーがガサガサと乱雑に新聞を畳む音で現実に引き戻された。顔を上げれば、ミノンがすごくぼんやりとした目をしてる。横から軽く小突かれると、はっとして目を擦った。
「……眠いんだろう。強情張ってないで寝ろ。」
「うー……ん……ねむくない、です……。」
「どの口がそれを言うんだ。」
「ね、眠くない……。……った!」
証明するために慌てて針を動かしたら、思いっきり指を刺してしまったみたいだ。涙目になって口許に宛がう。すぐに治りはしたみたいだけど、何故か余計に眠そうな目になっていた。
「もう限界じゃねえか……あいつに構わずさっさと寝ろ。」
さりげなくミノンを抱き寄せながら、目線でオレを示してサラマンダーが言う。
「……オレ?」
「どうせあいつがいるから寝たくないんだろ?」
「………うん。……ねむくないもん。」
サラマンダーの体温で一気に眠くなったのか、とろんとした目になったミノンの返答は呂律すら怪しかった。セリフは寝グズの子供みたいだし、言葉遣いまで子供っぽい……ちょっと珍しいものを聞いちまったぜ。
「えっと、ミノン……オレには構わないで、眠いんなら寝ろよ。ってかオレももう寝るよ。明日稽古あるからさ、わりと早くこっち出なきゃいけないんだ。」
「……そう、なんですか……。」
「ああ、だからさ、もう寝ようぜ?」
「………でも……途中………。」
「明日で良いだろう。……また寝ぼけて襞飾りでも付けられたらたまらん。」
強制連行するつもりらしく、手から布を取り上げるとサラマンダーは軽々と彼女の身体を抱き上げた。え、今なんつった?
「……フリル(襞飾り)?」
「………人形の服とでも間違えたらしくてな……寝ぼけると何を仕出かすかわかったもんじゃねえ。……じゃあな、暖炉と灯りは始末して寝ろよ。」
「お……おう、了解……って、おまえは?まさかまた寝るのか?」
「……ああ。……近ごろ徹夜続きだったからな……まだ寝足りん。」
「そ、そっか……お疲れ様。おやすみ。」
「………ジタン様、すみません……おやすみなさい……。」
「おやすみ、ミノン。」
ドアには小さな花を模した粘土細工が付いていて、どこがミノンの寝室かはすぐにわかった。そっとドアを開けて、灯りを点ける。
すごく綺麗にセッティングされたベッドに横たわると、──シーツは替えたはずなのに──少し甘い匂いがした。
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