「……なぜ俺にそれを訊く。」

「だ、……だって……また出たら、あなたに余計ご迷惑がかかるのではないかと……それに、あなたと一緒にいられる時間が……減って、しまう……。」

「………。」

語尾は消えそうに弱々しくて、どうして言いにくかったのかはよくわかった。確かに今、ミノンはサラマンダーに護られながら外出してる。一人じゃトレノの街が歩けないのだ。どうしてもの時は男装したり姿を消したりしてるみたいだけど、すごく怖いことには変わりがないらしい。それを理解してサラマンダーはできるだけ外出に付き添ってるし、声を掛けてくる輩なんかは追っ払ってやってるのだ。なのにオペラの練習に行き始めたら……そしてオペラに出て知名度が上がってしまったら、仕事が増えてしまうだろう。

しかも何より……練習ってやつは意外と時間をとる。呼び出される時間以外にも、自主練とかするのが常識だからだ。うーむ……この話、持ってくるべきじゃなかったか?

「……おまえが……出たいなら、出ると良い。なるべく共にいられるよう……善処する。その期間、仕事を減らしても構わん。」

「えっ……でも、そんな……。」

「……俺も………おまえと共に、いたいから。」

「………。」

優しく頭を撫でられ、かあっとミノンの頬が紅潮する。……えっ、何か今、なんかいまサラマンダーなんつった!?なんか……なんか甘々な言葉を吐かなかったか!?ってかさっきあんなに無反応だったのに……!!

「……言い寄るバカ共の駆除なら任せろ。──俺が、必ず護る。」

「サラマンダー様……。」

すごく嬉しそうな顔で、ミノンがサラマンダーに飛び付く。中途半端な姿勢だった小さな身体を抱えると、サラマンダーは彼女を膝の上に乗せた。細身の彼女は大きい彼の腕の中にすっぽり収まってしまう。……い、居たたまれない……!やっぱすぐ帰れば良かったいや雨降ってるからムリかお願い今すぐ雨止んで……!

「……ジタン様、先程のお話、よろしくお伝えください。」

「え?OKってこと?」

「はい。」

「そっか!わかった、伝えとく。」

でっかい手に撫でられながら、ミノンは気持ち良さそうに目を細めた。こ、こいつら……人前でイチャつくことへの抵抗感ってないのか……?いや、まさかオレ、他人と認識されてないのか?

「……きゃっ!」

いきなり大きな雷鳴がして、ミノンが小さく声を上げる。ビビのサンダーに驚いたことはないのに……不意を突かれたんだろうか。

「あ、雨……止みませんね。……ジタン様、今宵は泊まって行かれてはいかがですか?」

もちろん断りたいのは山々、これ以上お二人の愛の巣に居座って邪魔をする訳には……と思いはするものの、雨は雷鳴に誘われる様にますますひどくなって来ていて……もはや嵐と呼べる状態だった。この中を突っ切って帰るのが懸命な選択であるワケがない。というかサラマンダーはともかくミノンがそれを許さないだろう。

「……ああ……ありがとな、お言葉に甘えさせてもらうよ。」

この状況じゃ仕方ない。まあ夜中ソファに転がってるくらい、邪魔にもならないだろう。ちょっと当てられて帰りたくはなってたけど、親しい仲間である二人と一緒にいられるのは嬉しいし、あれだけ望んだ二人の幸せならいつまでも見ていたい気だってする。悪い選択じゃないとは思う。……やっぱり居づらさはあるんだけど!

「あいにくお客様用の寝台がなくて……寝台は私のをお使いください。」

「え!?いやいや良いよ、ソファで。だってミノン、どうするんだ?」

まさか寝ない気だろうか。でも見た感じ、寝ないで済む様な調子じゃなさそうだ。──具合悪いとかじゃなくても、彼女は何となくいつにも増して線が細く見えることがある。そういう時って大抵は力の調整がうまくいってなくて、ある程度──って言っても普通の人よりは少ないんだけど──眠る必要があるのだ。

「私ですか?」

ミノンはきょとんとした顔で確認した後、にこりと笑ってこう付け足した。

「私はサラマンダー様と一緒に寝ますから、大丈夫です。」




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