ある日のことでした。

「……何をしてる。」

「あ、サラマンダー様……!おはようございます。」

私があるものと格闘していた時、すごく疲れてたみたいでずっと上で眠っていた彼がやっと起きて来ました。起こしたくて堪らなかったのに我慢してたから、嬉しくて嬉しくてつい手持ちの道具を放り出して飛び付きます。

「………胡桃(ウォルナッツ)か?」

まだ少し眠たそうな声で彼が訊ねたのは、さっきまで私が格闘していた相手──お菓子用の胡桃のことでした。

「はい……お菓子に使おうかと思って、割り器と一緒に買って来たんですけど……なかなか、割れなくて……。」

30個もあるのに、今までに割れたのは3つだけ。――もう少し簡単なものかと思っていたのです。彼から離れて、もう一度割り器に力を込めてみますが……やっぱり割れません。硬い硬い殻に傷が付くだけです。

「……妙な音の根源はこいつか。」

「す、すみません……!」

思ってもみない所で彼の害になっていたと気付かされ、大きく心臓が跳ねて心が苦しくなります。そうだ、小さな音でも聞こえてしまう彼が眠っているのに、こんなことをして……私のバカ……!

「っ、違う……自然に起きた。……これのせいじゃない。」

「ほ……本当ですか?」

「……ああ。」

少し目を逸らして、でも嘘は感じさせずに優しく言ってくれる彼。……きっと本当のことなんだと思います。それを、口下手なのにきちんと言葉にしてくれる。──こんな優しさが、私は大好きです。

「………こんなもんなのか。」

彼が不意に、胡桃を一つ手に取ります。大きな手のひらの上だと小さく見えるそれを……金色の瞳はじっと興味深そうに眺めてるみたいです。

「えっ……あの、もしかして……こういう風になってる、胡桃……胡桃の実……ご存じありませんでした?」

「………飾りだとかになってんのは何度か見たがな……名前と結び付かなかった。……触ったのも初めてだ。菓子になんか使うんだな。」

「……まあ……。」

彼の、生い立ち……ついそんなものが私の頭の中を廻ってしまいます。胡桃の、お菓子……それどころか実も、きっと食べたことがないのでしょう。私が小さな子供の頃は、お兄ちゃんが「胡桃」を教えてくれて、お父さんが割ってくれて、お母さんがそれをクッキーにして、食べさせてくれました。そんなことも……なかったのでしょう。

「……菓子なんざ食わねえし……自分で調理でもしなきゃ知らねえだろ。」

「そ、そうですね……。」

うっかり、暗い顔をしていたのでしょうか。軽く小突かれて我に返ります。……こうした少し不器用な気遣いも、私は心から好きでした。

「……………。」

「……サラマンダー様?」

手にしていた胡桃を繁々と見つめる彼。ふと思い立った様に指で摘んで……徐に力を込めます。……何をしようとしているのかは何となくわかりました。いくら何でも、無理だと言おうと思いました。彼の力がどれくらい強いかなんて知らないけれど、だって、あんなに硬いのですから。指を痛めてしま──

バキッ!

……──嘘でしょう!?

「っ!?」

「………案外硬いな。」

指を開いて粉々になった殻を広げてみる彼。ええ、粉砕していました。私が割り器を使ってしかもあんなに頑張ってもなかなか割れなかったものが……!

「さ……さっ……サラマンダー様っ!?い……いま、す、……素手で……!?」

「……ああ。」

「っ……!?手、痛くないんですか!?」

「……別に。」

「………!」

何事もなさげに淡々と言う彼と対照的に、私の方がぐるぐる混乱してしまいます。だって、だって、何で、あんな、硬いのに……!

「………他のも割ってやろうか。」

「えっ、そんな、あの……!」

「……割れないんだろ?」

「あの、えっと……!……せめて器械を……!」

痛くないと言ってはいますが指を痛めるかもしれないし、きっと割り器を使ったら彼の力なら簡単に割れるんだろうし、……上手く言えませんがとにかくもうちょっと普通に割った方が良いと思うのです!──いつも私に触れる彼の手は優しいから、私は彼の本当の力を知らなかったみたいでした。隆々とした体躯……優しいけれど、本当はすごく強いんだと実感させられます。私とは……比べ物にならないくらい。

「………面倒だ。……おまえがそれでやれ……怪我すんなよ。」

「あ、はい……って、怪我なんてしませんよ!……こ、子供扱いしないで下さい……!」

いけない、そんなつもりじゃなかったのに仕事を押し付けるみたいな真似を……なんて思ったのも束の間、ぽんぽんと撫でられた頭に顔が熱くなります。

「ガキをガキ扱いしないで何をガキ扱いしろと?」

「………!」

くっと低く笑ってからかう様に言う彼。た、確かに子供だから反論したくても出来ないのですが……!それでも、……こういう風にされるのは恥ずかしいというか……。

「…………ガキだから甘やかしてんだろうが。」

心が大騒ぎする中、低い低い声の呟きを、うっかり聞き逃しそうになります。

「……えっ?」

「………何でもない。」

ふいとそっぽを向いた彼の顔は……ほんの少し、赤い気がしました。

「……早く割れ。」

「は、はい……!」







[おまけの戦績]
・旦那→25個
・夢主→5個


きっと旦那の握力は超人級。



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