眠らない街の表の方、水面(みなも)に煌めく灯りの美しさに笑い興ずる貴族達の往き来する──上流階級区のとある通り。

「……確かに、ありがたいのですが…やはり…。」

「…つったって、どうすんだよ。当てあんのか?」

その端の方では、真っ白な外套に身を包んだ少女と、暗褐色の外套を着けた人並み外れた長身の男が訥々と会話を交わしながら歩いていた。背丈のみならず体も小さく、ともすれば人の波に飲まれそうな少女を庇う様にして男は歩みを進める。少女は自分よりかなり歩幅の大きい男と逸(はぐ)れないよう追いかけるのに懸命だ。

「……い…いえ……。」

「…だったらわざわざ断る必要も…、………。」

「……どうかなさいました?」

急に足を止めた男に合わせて立ち止まり、真上を振り仰ぐ少女。

「…何か、聞こえる。」

「……?」

その言葉を聞き、目を閉じて耳を澄ますが…雑踏特有の喧騒の為、男と違って別段優れた聴力を持たない彼女には何も聞こえない様だ。しばらくそうしてから、首を傾げる。

「…私には…何も、…え?」

何も聞こえない…と告げようとした瞬間、彼女の耳にもはっきりと誰かの声が届いたらしい。くるりと背後を振り返り、僅かに目を瞠る。

「!」

「…そこの方!お待ちを!」

息を切らせながら人混みを掻き分けて来たのは──二人にとって見覚えのある青年だった。

「……おまえは……。」

「サ、サラマンダー殿……久方ぶりです。」

荒れた呼吸もそのままに、まっすぐ少女を見つめる青年。その人形に似て整った顔付きにそぐわず、彼の瞳はキラキラと輝く様だ。

「やっと、見つけた…!」

「…っ!?」

敵意がないとわかってはいても青年の気迫に怯えたのか、少女はびくりと体を震わせると胸の前で両手をぎゅっと握り合わせた。そんな彼女を安心させる様に男が言葉なく一歩寄り添う。──ちなみに無意識の行動だ。

「貴女は、あの時のお嬢さんだろう…!?あの日……アレクサンドリアが…敵襲に遭う、あの日に……一曲だけうちで歌った…!」

「……!」

青年が誰なのか思い出したのか、少女が大きく目を見開き息を飲む。

そう──彼は[あの日]男が彼女を連れて入った酒場で、店主と共に彼女の歌を高く評価した店員だったのだ。

「店主が貴女を探している。私も、探していた…!…あの戦乱の中……ご無事で何よりだ。」

「……は…はい……。」

自然と詰まっていた呼吸を静かに戻すと、少女は控えめな声でたどたどしい返事をした。その様子を見て、既にだいぶ落ち着いていた青年がいくらか柳眉を潜める。

「………サラマンダー殿。不躾ながら…お嬢さんは……何か、あったのか?」

「……何もねえよ。……あの時に、何かあってたんだ。」

「…は?」

「……もう良いか。…通行の邪魔だ。」

男はぶっきらぼうに言い捨てると、促す様に少女の肩の辺りに手をやった。俄に纏う気が刺々しくなる。

「まっ…待ってくれ!」

慌てて留めた青年はすぐさま金の双眸に鋭く睨まれることとなった。見る者を畏怖させる──強者の瞳。だが青年は一瞬の怯みを圧し殺すと、懸命に訴えを続けた。

「…その……店に、顔を出しては下さらないか!店主に…会ってさし上げて欲しいんだ。店主は、あのあと何度も何度も貴女の歌の事を繰り返していた。もう一度だけ、たった一度でも良いから……聴きたいと。」

少女を見据え、真摯な態度で懇願する様に言う。その目には情熱の色がありありと見てとれる様だった。不機嫌さを隠そうともせず眉間に皺を寄せた男の二の腕の辺りに、そうっと小さな手が触れる。──男が殆ど無意識のうちに、また自明にも近い事として、このまま何も言わないだろうと考えていた少女は……その顔をまっすぐ男の方に向けた。意外にもその表情に、暗い部分はない。

「………行きたい…です。」

「…は?」

「……私…行きたいです。心配…かけてしまったみたいですし…。」

「………。」

おまえはそれで良いのか、とでも言いたげな視線に、少女はじっと見つめ返すことで応えた。男が短くため息を吐く。

「………好きにしろ。」

同時に伏せていた金の瞳を露にすると、彼はぶっきらぼうに言い捨てた。──とはいえ彼の視野に少女を一人にするという選択肢は含まれていない。つまりこの台詞は暗に、「ついて行ってやる」と意味していた。

「ありがとう!きっと店主は喜ぶ!」

「……こちらこそ。──覚えていて下さって……ありがとうございます。」



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