「のう、サラマンダー。」
「…………何だ。」
「ミノン……ちと心配ではないか?」
「……はぁ?」
「感情を思い出してから、よく笑う様になった。実に楽しそうじゃが……誰もいなくなるとあの人形を持ち、一人で佇んでおる。」
「……あいつは、俺達には計り知れない世界で生きてる……それを理解しようとするのは、おまえの勝手だ。」
X-C仲間
次なる目的地である<イプセンの古城>に向かう為、私達は新しく完成したヒルダガルデ3号という飛空挺に乗った。船体がブルーナルシスの流用だからなのか、心なしか居心地が良い。
真夜中、私は風に当たりたくなって、一人で甲板に出た。空を見上げれば、色とりどりの星が煌めいている。――美しい、と感じた。
嬉しい。
感情を忘れてしまってから、私は事あるごとに訳のわからないモノに押し潰されそうになった。簡単なこと……あれは、名前を忘れただけの感情だったんだ。あの電気が走る様な痛みも、感情を抑えようとしていただけだった。それがわかって、とても心が軽い。
あの時も軽かった。現実から逃げて昔の人格を引き摺り出した、あの時。私は何も知らず、無邪気に世界を見ていた。あの時間の象徴であるうさぎさんは……今、私の手の中にある。
じっと見ていた時、後ろに人の気配を感じた。この気配は……。
「……フライヤ様?」
「おや、わかってしまったかの? こっそり近付いたつもりだったのじゃが……。」
「…………。」
「このような時間にどうした? 眠れなかったか?」
眠れなかった、とは少し違う。力を使わなければ私は眠らない……今は必要もないのに眠るより、考えていたかった。
「あの、……はい。……フライヤ様もですか?」
それを――人と違う特性を正直に言うことができず、曖昧に答える。まだ恐れているのだろうか。もう平気だと思っているはずなのに。
「ああ……寝付けぬから、夜風に当たりにな。……少し、話をせぬか?」
「え? ……はい、喜んで。」
「……おぬし、その人形は?」
腕の中のうさぎさんを指差される。そういえばあの時、フライヤ様はいなかった。代わりに守ってくれたのはサラマンダー様だ。
「トレノに行った時に、手に入れたものです。」
「ほう、愛らしいものじゃの。そういったものは好みなのか?」
「あ……はい。」
「そうか。…………。」
そっと風が吹き抜けていく。静寂の中……私は迷ってから、考えていたことの一つを口に出した。
「……あの、フライヤ様。……私のことを、知りたいと言ったこと……後悔してらっしゃいませんか?」
「な……っ! 何故後悔する!?」
フライヤ様が大きな声を出してから、しまったといった様子で辺りを見回す。幸い誰かを起こしてしまったということはなさそうだ。
「……私は知りたい。おぬしの……悲しみや苦しみを、少しで良いから、わかりたい……。」
幸せだな、と……無性に感じる。
けれど理性は言葉を切らなかった。
「……私、記憶を失った時、よく笑いました。今、感情を取り戻して……よく笑う様になったと思います。でも、あの時とは違う……ビビ様が言った通り、私はもう、何も知らなかった私には戻れないんです。」
そう……もう、あの私には戻れない。このうさぎさんが象徴する、あの時の。
「……もう……知らなかった私みたいに世界を見ることは、できないんです。心の……暗い部分が、消えることは……もう、ないんです。……私は、あなたを……傷付けるかもしれない。なのに……共にいて、……良いのかと……。」
一緒にいたい。その気持ちには何の偽りもない。けれど、もし傷つけてしまうなら――もし優しさに応えられないなら、一緒にいてはいけないのではないか。そう感じるのだ。
「…………闇は誰にでもある。それを含めて、わかりあおうとするのが仲間ではないのか?」
「……仲間……?」
自然と出された単語を聞き返す。聞いたことはあるが抽象的で、何のことだかわからなかった。それが、私と皆との関係だというのだろうか。――こうして人と一緒にいるのが初めてだからかもしれない。いま味わう感覚も全て、体験したことのないものだった。
「おぬし、<仲間>がわからないか?」
「……はい。……大切な人や……大好きな人とは、違うんですか?」
「ふむ……少し、違うかもしれないな。<仲間>はお互いを支え、わかりあおうとするものじゃ。」
「……お友達……ですか?」
「近いが……もう少し、強いものかの。時に背中を預け、そして……信頼しあうものじゃから。」
仲間。支えあい、わかりあい、信頼しあうもの。フライヤにとって、私はそれだというのだろうか。
「強い……。」
「そう、強い絆があるのじゃ。そのうちわかるじゃろうて……。……さて、私はもう寝るとするか。おやすみ、ミノン。早く寝るのじゃぞ……。」
「はい……おやすみなさい。」
仲間。強い絆で結ばれたもの。
自分をそう思ってくれたと感じると――痛みのない温かさと共に、涙が零れた。
4/15
[戻る]