とにかく、とにかく逃げなくちゃ……でも私、何もしてないのにどうして……!?
W-Cうさちゃん
「……私、何にもしてな……キャッ!」
逃げるのに必死であんまり前を見てなかったから、道を曲がったところで誰かにぶつかってしまう。どうしよう、さらにマズいことになったら……!
「おまえ……何してやがる。」
ぐっと腕に痛みが走る。尻餅を着いてしまう前に手首を握ってくれたのは、知っている人だった。
「サラマンダー!」
「観念しやが……げっ!」
「ほ、焔だっ!」
「じょ……冗談じゃねぇ! おいっ、逃げるぞ!」
さっきまでとは打って変わって、男の人達が蜘蛛の子を散らす様に逃げていく。焔……サラマンダーを恐れてるみたいだ。
「……こ、……怖かったぁ……。」
思わずその場にへたりこむ。ずっと走っていたせいで心臓はこれ以上ないほどバクバクしていた。――よく考えたら、何で捕まらなかったんだろう。追い詰められたら、男の人からでも逃げ切れるものなのかな。
「サラマンダー……ありがとう、すっごく助かった!」
とりあえず喋れるくらい息が治まったところで、しゃがんだままサラマンダーにお礼を言う。さっきのはサラマンダーが追い払ってくれたみたいなものだ。勝手に逃げて行っただけで何もしてないけど。
「……フライヤはどうした。おまえなんぞがここで一人歩きしてて良い訳ねえだろうが。」
遥か上から見下ろされる。しゃがめとは言わないから、せめて屈んでくれないかな……く、首が痛い。
「う……フライヤは、離れてたお友達が見つかって……私を一人にしたくないみたいだったけど、そっちに行ってもらったの。だって、無事がわからなかった様なお友達だったんだよ? だからね、私は誰か見つけて一緒にいるから、って。」
「…………。」
「サラマンダー見っけ!」
何とか立てそうだったから、そう言いながら立ち上がる。サラマンダーの顔はまだまだ遠かった。一体どれだけ背が高いのよ。
「……は?」
「人の話聞いてた? 誰かと一緒にいなきゃ駄目なの。で、さっきみたいに絡まれるの嫌だったから、できるだけ早く誰か見つけたかったの。そしたらサラマンダーが一番早かったの!」
我ながら整然とした言い分だ。そう思っていたら、サラマンダーは無言で歩き出した。
「え、ちょっと!」
慌てて追いかける。足の長さが違うから、サラマンダーが普通に歩いているのに私は小走りになってしまう。
「……子守りは御免だ。」
「子守り? 失礼しちゃう! 私は18才だってフライヤが言ってたもん。もう子供じゃないわ!」
サラマンダーがピタリと止まり、ゆっくりとこっちを振り返る。
「……嘘だろ?」
「本当よ! サラマンダーから見たら小さいだろうけど、記憶を失くす前の私が言ってたらしいんだから。」
確かに私の背はサラマンダーの鳩尾くらいまでしかないし、3つ年上のフライヤよりも頭一つ分以上小さい。でも小さくたって中身は大人……なはずなんだから!
「ね、少し一緒にいるだけだから! お願い! ね?」
「……わかったから……静かにしろ……。」
「わ〜い! ありがとう!」
「…………。」
それからサラマンダーは、どこに行くのかも教えてくれずに歩き出した。相変わらず速いけど時々は振り返ってくれるから、連れていってくれる気はあるみたいだ。速度にもだんだん慣れて、周りの景色を見る余裕ができてくる。キラキラの灯り、たくさんの人。そんな中、とある露店に目が留まった。
「かわい〜!」
店番は男の人が二人。それなのにテーブルの上に並んでいたのは、女の子向けの雑貨だった。この街には不似合いな気もするけど、プレゼント用か何かかな。どれも可愛いけど、私がとりわけ気に入ったのは、腕に抱えるのにちょうど良さそうなサイズのうさちゃんのぬいぐるみだった。ちなみに先に行こうとしたサラマンダーは、腕を両手でがっちり掴んで捕獲済みだ。
「お嬢ちゃん、コイツが欲しいのかい?」
「うん!」
店番の男の人の片方が声をかけて来る。そういえば値段が書いてない。忘れちゃったのか私に文字は読めないけど、値札が付いていないことくらいはわかる。
「ルールは簡単。アイツから一本取ればこの賞品の中から一つやるよ。」
ただの売り物じゃない……そうわかって、何だかこの街に似合う気もしてきた。男の人が説明で指差したのは、もう片方の男の人。サラマンダー程じゃないけど、立派な体格だ。大きな剣を持っている。
「え〜……。」
いくら剣の使い方を思い出したとはいえ、実戦で使ったことがない。それに強いかだってわからない。
「なんだよ、そこの彼氏に頼まねえのか?」
「かれし? ……サラマンダーのこと?」
「…………。」
そう言った途端、急にサラマンダーが黙ったまま先に行こうとする。腕を掴みっぱなしだったから、身体ごとずるずると引きずられはじめた。
「え、ちょっと!」
慌てておもいっきり体重をかけて引き留める。
「やだっ! やるの!」
虚しいかな、全力の反抗がサラマンダーには全く堪えていないみたいだった。まるで駄々っ子みたいな体勢になってしまう。もう……何て力持ちさんなのよ!
「……やるって……おまえがかよ?」
「だ、だってうさちゃん欲しいもん!」
うさちゃんにかける熱意をわかってくれたのか、やっと立ち止まってくれる。ブーツの底が擦りきれるかと思った……。
「……どういうつもりだ?」
「ざ……残念だけど、お嬢ちゃんにはちょっと難しいんじゃないかな……?」
「サラマンダー、私ね、剣の使い方は思い出したの。……でも、前の私って強かった?」
「…………。……やればわかる。」
「じゃあ、やってみる!」
「マジかよ……! ま、頑張りな。お嬢ちゃんだから一応言っとくけど、大怪我させねえようにはしてるが保障はしないぜ。」
「はーい。」
サラマンダーのあの言い方だと、もしかするとそれなりに強いんじゃないかな。それなりってどれなりかわからないけど。
「じゃ、一回50ギルな。」
はい?
お金が必要……よく考えればそうだ。いくら値札がなくたって無料なわけがない。
「……まさか、金がねえのか?」
「うん、無一文。……使ったんじゃないよ、誰にももらってないの!」
不思議なことに、私の持ち物の中にお金はなかった。前の私には物欲とかなかったのかな。
「…………後で返せよ。」
サラマンダーに50ギル渡される。つまり、チャンスは一回だけ。
「ありがとう! よーし、私、頑張るよ!」
両腰に挿していた剣を抜いて構える。やっぱり手にしっくりきた。ずっと一緒にいたみたいだ。力がみなぎって、身体が軽くなってくる。
「自分の剣があるのか!? ……相棒、手加減すんじゃねえぞ!」
「おうよ。嬢ちゃん、行くぜ!」
「うん!」
身体は自然と動いた。まるで何かに導かれるみたいに。男の人の一撃は重くて、受け流すのも大変だった。でも剣が大きいのか、軌道が丸見えだ。
今だ!
絶好の機会を逃さず、男の人の喉笛に切っ先を突き付ける。
「……こりゃ、たまげた……。」
「やったぁ!」
「いったい、お嬢ちゃん、何者だ…?」
「……自分でも……わからないの。……誰なのかしら。」
実は剣を振っている間、どこか他の人になっている気もしていた。これは私じゃない、って。本当に私と前の私は同じ人なのかな。
「そ、そっか……約束だからな。ほら、賞品。」
渡されたうさちゃんを抱き締める。ふわふわだ!
「きゃーっ、ありがとう! 嬉しい! サラマンダーのお陰ね!」
嬉しくって嬉しくって、うさちゃんを持ったまま思いっきりサラマンダーに飛び付く。
「ちょ、おい……!」
「……なあ……お嬢ちゃん、さっきからサラマンダーって呼んでるけど……そいつ、もしかして焔か?」
焔……そういえばさっき、そんな風に呼ばれてたっけ。
「うん。そうだよね?」
「…………。」
「否定しないってことは……そうなんだな……。」
どんな意味の会話なのかわからなかったけど、サラマンダーは私を引き剥がしてさっさと歩き出してしまった。
「あ、待って! お兄さん、ありがとうね!」
「……お、おう! 気を付けてな!」
実はその後、焔に恋人ができただとか隠し子がいただとかという噂が囁かれたのだけど……知〜らないっと。
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