彼女を連れてプリマビスタに帰った後、オレはビビをブランクに預け、おっさんをゼネロ達に預けた。ブランク曰くあの煙は種で、植え付けられた者は養分を奪われてしまうらしい。解毒剤はあるが……急がなければ手遅れの可能性もあったそうだ。



T-Aプリマビスタ(sideZ)



(一体どこ行ったんだ?)

そんなことをブランクと話していたら、彼女はいつの間にかいなくなってしまった。まだ礼も言ってないし、せめて名前ぐらいは……と思いながら崩れた船内を探す。すると、出入口の近くで一人ぽつんと立っているのを見つけた。

(声……かけて、いいよな?)

最初に話しかけた時みたいに怯えさせたら可哀想だけど……。

「……さっきはありがとな。助かったぜ。」

できるだけ驚かせない様にそっと声をかけると、彼女は特に怯えた様子なく振り向いてくれた。……口をきいてはくれないかな……。

「…………。…………お二人は?」

しゃ……しゃべった!

すごく小さな声、でも確かに聞こえた。やっぱり表情は殆ど変わらないけど……心配してくれているんだろうか。

「大丈夫だ。少し眠れば元気になるってさ。」

何だか喋ってくれたのが嬉しくてつい調子に乗る。

「君、名前は? まだ聞いてなかっただろ?」

「…………美音と申します。」

「へぇ、ミノンか。可愛い名前だな!」

「…………。」

返事がない。……普通、女の子にこう言うと何かしら反応あるんだけどな……ミノンには効果がないみたいだ。──無視してるとかじゃないと思う。どころか何か言おうとしてるみたいに感じる……でも、少し待ってもやっぱり返事はなかった。

「オレはジタン。オレの仲間はタンタラスっつって、盗賊……つっても義賊みたいなことをやってる。ちょっと悪人面かもしんないけど、みんなすっげえいいヤツらなんだぜ。今はガーネット姫誘拐作戦の途中だったんだけど……色々あって、船が墜落しちまって。姫とはぐれちまったんだ……。」

ざっと状況を、正直に説明してみる。部外者を船内に入れたって事をボスに報告したら、話す様に言われたからなんだけど……ホントに良いのか? 何てったって一国の姫君の誘拐だぞ? 言っちまってから気にしてもどうしようもないとはいえ、……なあ。

「ガーネット姫には“誘拐する”って約束したんだ……何としてでも探さねえと。」

何とも突飛過ぎるであろうオレの話を、ミノンは特に驚く様子もなく……ただ黙って、静かに聞いていた。

(……え!? 姫の誘拐って言ったら普通驚かないか!? ……そういえば、さっきのモンスターにも動じてなかったみたいし……。)

あまりにも静か過ぎて調子が狂う。聞いてはいるみたいだけど……。

「なあ、ミノン。」

「……はい。」

やっぱり聞いていた。

「家、どこなんだ? すっかり付き合わせちまって悪かったな。暗いし送ってやるよ。」

外は常に薄暗い……こんな所を一人で歩かせるなんて、オトコとして最低だ。──こんな場所の近くに住んでいるのか?

「……あの……いえ…………私、……──帰れません。」

一瞬耳を疑った。

帰れない?

孤児ならば、帰る場所がないこともあるかもしれない。けど、ミノンの服も外套も白く綺麗で……とても身寄りのない子のものには見えない。

じゃあ、何故?

疑問を口に出すのは……やめておいた。何故かわからないけど、深く追及するのは得策じゃない気がする。

「…………そっか。帰れねえんだったら、しばらくここに居ろよ。大丈夫、オレが面倒見てやるからさ。」

「……! ……ありがとうございます……。」

きっと何か理由があるんだろう。その理由を聞けるのは、いつになるかわからないけど。

「じゃあここを案内してやるよ!」

ミノンが小さく頷く。終始表情が動かない……不思議な子だ。



***



連れられた先は、凝った造りの大きな舟だった。派手に墜落したらしく破損が激しいが、何とか中の空間は保たれている様だ。よく目を凝らせば舞台の様なものも見える……劇場付きだったのだろうか。



T-Aプリマビスタ



帽子の男の子と剣を運んだ後、私は一人になりたくて誰もいない出入口へ行った。外気はしんと静まりかえっている。

「……さっきはありがとな。助かったぜ。」

急に声を掛けられたが、静寂に響く足音に気付いていたから驚かなかった。振り返れば……青い瞳と目が合う。“彼”が私を見ていた。

何故か少しだけ、話ができそうな気がして来る。珍しいことだ……我ながら不思議だ。

「…………。…………お二人は?」

出たのは思ったよりも小さな声だったが……何とか言葉にはなったと思う。少なくとも、聞き取っては貰えたらしかった。

「大丈夫だ。少し眠れば元気になるってさ。」

“彼”が笑う。……何故、笑ったのだろうか。

「君、名前は? まだ聞いてなかっただろ?」

「…………美音と申します。」

「へぇ、ミノンか。可愛い名前だな!」

「…………。」

ありがとうございます、とすぐに返したかったけれど……口は言う事を聞かなかった。何をすることも叶わず、時間だけが過ぎてしまう。

「オレはジタン。……オレの仲間は……。」

そんな私にまた笑いかけたあと、彼は現在の状況の説明を始めた。タンタラスという義賊──ガーネット姫の誘拐。恐らく囚われていた黒髪の女の子が“ガーネット姫”なのだろう。

「ガーネット姫には“誘拐する”って約束したんだ……何としてでも探さねえと。」

彼が言葉を切ると同時に、吹き抜ける風の音も聞こえる様な沈黙が訪れた。私は話さないから、相手が黙ると静かになる。

「なあ、ミノン。」

「……はい。」

「家、どこなんだ? すっかり付き合わせちまって悪かったな。暗いし送ってやるよ。」

また……返事が出来ない。

だが、今度は口が言うことを聞かないわけではない──何と言ったら良いのかわからないのだ。

私は家に帰ることができない。だけど帰る家がない訳ではない。この状況を話すことは……したくない。

いったい何と言ったら良いのだろう。

「……あの……いえ…………私、……──帰れません。」

帰れない、という事実だけを述べる。いっそ……孤児だとでも勘違いしてくれれば良い。

また、急に静かになった。

「…………そっか。帰れねえんだったら、しばらくここに居ろよ。大丈夫、オレが面倒見てやるからさ。」

「……! ……ありがとうございます……。」

これ以上の返答はないだろう。共に居て良いと……言われたのだから。

「じゃあここを案内してやるよ!」

頷き、ついて行く。跳ぶ様に歩く──ジタン様が何を思っているのか、今は考えないことにした。





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