オレが彼女と初めて出会ったのは、暗く鬱蒼とした森の中だった。
T-@ざわめく森(sideZ)
どこかにいるはずのガーネット姫を探して、魔物だらけの森を彷徨っていた時だ。無事だと信じているけど……こんな所では何があるかわからない。──内心、かなり焦っていた。
幾度も幾度も木々の間を覗いて確認しながら奥へと進む。すると、何回目だったか──女物の白いフードがチラリと視界に映った。
(フードは燃えたはずだけど……まさかガーネット姫!?)
慌ててもう一度覗き込んで、見間違いの可能性を消す。──あのフードではないけど、貴族のご令嬢が好みそうなデザインの外套だった。普通に考えたらそんなはずはないのに……焦燥感のせいか、一縷の望みに縋ってしまう。深く考えないまま、オレは声を掛けた。
「ねえ、君!」
「……っ!」
白いフードが振り返る。──ガーネット姫じゃなかった。
年の頃はオレより少し下に見える。髪と瞳はガーネット姫と同じ真っ黒だけど、よく見れば姫より小柄だ。外套の下には、白に桃色の濃淡が入った……変わった形の服を着ていた。ワンピースドレスに見えないこともないけど、裾は広がってないし胸元の造りは独特だ。そして何より目を引くのは……腰の辺りの幅広の布と、縦に長い袖。──見たことのない、不思議な雰囲気の装いだった。
(違った! ……でも、何でこんなとこに女の子一人……なんか怯えてるし!)
オレはただ声を掛けただけのつもりだったけど、彼女は怯えた表情をしている様に見える。こんな物騒なところだし……急に話しかけたから驚かせてしまっただろうか。
(話……してみるか。もしかしたら、ガーネット姫かビビを見かけたかも。)
「えっと……驚かせたならごめんな? 君、この辺で髪の長い女の子やとんがり帽子の男の子を見なかったか? オレ達、はぐれちまったんだ。」
伝わった様には思えるのに、彼女はどこか迷うような素振りを見せるだけで何も言わない。一歩近づいたら、同じだけ後退ってしまった。まるで──怖がっているみたいに。
「……知らないなら、いいんだ。でも君、何でこんなところに一人でいるんだ? ここは危ないぜ?」
上手く行ったかはわからないけど出来るだけ焦りを抑え込んで、優しい口調で訊く。何故だかわからないけど怖がっている子に……返事を聞きたいからと声を荒げるわけにはいかない。
「…………あの、」
しばらくの沈黙の後、彼女がやっと口を開く。──だが、その時。
「きゃぁ!!」
甲高い悲鳴が響いた。ビビの声か!?
声のした方角に走ると、構えているスタイナーと腰を抜かしてるビビがいた。その目線の先、ケージみたいなモンスターに捕まっているのは──ガーネット姫だ。見つかって良かった、良かったけど……ヤバくないか、この状況。
腰のダガーを抜きながら、本能的に挟み撃ちを警戒して後ろを振り返る。
(……っ! 何で……!)
少し離れた所にさっきの女の子が立っていた。どうしてついて来て……それに、魔物なんかに出会したら普通は逃げ出しそうなものなのに。
「君っ! 危ないから、隠れてろ!」
気遣う余裕が持てずに叫んでしまったけれど、伝わっただろうか。
スタイナーが果敢にモンスター本体へ斬撃を加えていくのに合わせ、オレもダガーで触手を薙いでいく。大した速さはないけど、足場が悪いから普段よりも立ち回りにくい……うっかり足を木の根に取られて車返りした瞬間、目の前に触手が迫って来た。
「……っ!」
姿勢を直したばかりだったから咄嗟には防ぎきれず、もろに喰らってしまう。──その瞬間、オレの体から光が溢れた!
これはトランスという現象らしい。詳しいことはよくわからないけど……とりあえずメチャクチャ強くなったオレの攻撃で出来た隙を逃さず、スタイナーがトドメと言わんばかりに斬りかかる。──しかしあろうことか、モンスターはガーネット姫を捕らえたまま逃げてしまった。
「姫さま〜、姫さま〜っ!」
「どこへ行ったんだ!?」
あまりの素早さに呆気なく見失ってしまう。慌てて見回した景色の中には──目立つものが混じっていた。
(……!)
あの外套の白だ。てっきりいなくなったとばかり思っていたあの子が、樹の陰に隠れてこちらを見ていた。一体どうして……それにあんな近くにいたら、戦闘があったとき危ないのに!
(まさか、何か用があってついて来てんのか? いや、でも……。)
「……! ビビ!」
考えている間に、今度はビビが捕まってしまった。またオレとスタイナーで斬りかかる。ビビが中から魔法で攻撃してくれていることもあり、さっきより片が付くのは早かった。スタイナーが思い切り薙いだ時、魔物の動きが止まってビビが中から出てくる。
しかし、止まった……様に思えただけだったらしい。
最期の足掻きなのか、モンスターは緑の煙を吐いて消えた。オレは何とか避けたけど、当たったスタイナーとビビは倒れてしまう。
「おい、しっかりしろ!」
何かの毒らしく、二人は顔色を悪くして気を失っていた。揺さぶっても全く反応がない。
(そうだ、あの子……! 無事か!?)
思い出して後ろを振り返ると、同じ樹の陰から変わらずこっちを窺っていた。良かった……無事だったみたいだ。
(……一人じゃ、二人をプリマビスタまで運べねえな……手伝って、くれるかな。)
さっきまでの感じじゃ難しいかもしれないけど……。
「……君、悪いけど手伝ってくんない? こいつら運ばなきゃなんねえんだけど。」
出来るだけ怖がらせない様に、控えめに声を掛けてみる。すると意外な事に彼女は特に驚いた様子も怯えた様子もなく近づき、そっとビビを抱えてくれた。
「お、サンキュ! あとはおっさんを……よいしょっと……うりゃ……この、……重っ!」
スタイナーは体格もでかいくせにごっつい鎧まで着こんでるせいで、ものすんごい重さだった……。くそっ、起きやがれ!
「…………。」
「……え?」
オレがあれやこれやと難儀しているのを静かに見ていた彼女が、突然何も言わずにビビを一度降ろす。オレが横に避けると、スタイナーの剣を外してビビと一緒に抱えてくれた。
(パワフル〜……。)
彼女は非力そうに見えて意外と力持ちだったらしい……剣だけでかなり重そうなのに。
「よいしょ……っと。」
これなら、何とかいけるかな。
「じゃ、オレについて来てくれるか? ここから少し歩いたとこに、オレの仲間がいるんだ。」
彼女は頷き、黙ったままついて来た。ずっと──ほとんどその表情を変えずに。
こうしてオレは、名前も素性も知らない彼女と一緒にプリマビスタへ帰った。
今思えば、これが出会いなんだよなぁ。
***
暗く鬱蒼とした森。
ここから全てが、始まる。
T-@ざわめく森
身体は自分でもわかるほど強張っていた。手掛かりは何もないが、できるだけ早く“彼”を見つけ出さなくてはならないのだ。しかし見渡せど、覆い繁る樹々に遮られ……視界はひどく悪い。この様な状況で、どうすれば良いだろうか。
「ねえ、君!」
何もできず彷徨っていたら、不意に大声で呼び掛けられた……様に感じた。対象が私ではない可能性も疑ったが、声のした方向に振り返る。
金髪に青い目、そして──尻尾。
(……!)
「驚かせたならごめんな? 君、この辺で髪の長い女の子やとんがり帽子の男の子を見なかったか? オレ達はぐれちまって。」
何も言えずにいると、先程とは一転して控えめな声色で問われた。自覚はないがどうやら驚いた様に見える顔をしていたらしい。あまり驚いて、は……いないのだけれど。
「……知らないなら、いいんだ。でも君、何でこんなところに一人でいるんだ? ここは危ないぜ?」
沈黙の後、質問を変えられる。そうだ……人を見ていないか訊かれた。見ていないのだから、返事をしなければならない。だが──なかなか口を開くことはできなかった。人と話すのが苦手だからだ。どうしても、特に初対面の人とは……流暢に話すことができない。
「………あの、」
「きゃぁ!!」
少しばかり時間はかかったが、何とか言葉を発しようとした時、鋭い悲鳴が聞こえた。甲高いが……男の子の声だろうか。
薄暗い中でもよく目立つ金の尻尾を追いかけて行くと、籠の様な魔物に捕まった女の子と、魔物を見て腰を抜かしている帽子の男の子がいた。
「ひ、姫さまになにをするつもりだ!!」
大剣を構える男の人も。とりあえず邪魔にならない様、樹の陰に隠れる。
男の人も尻尾の男の子も、女の子を助け出そうと必死に戦い始めた。不利ではない……しかし有利でもない状況が続く。そんな中、均衡を崩した男の子に不意の攻撃が当たってしまった。だが、その時──。
(……これが……。)
光が溢れて男の子の姿が変わる。目映い程に輝く体毛……攻撃能力も格段に上がった様だ。男の子が素早く触手を薙いで出来た隙に、男の人が魔物本体へと斬りかかる。すると魔物は、女の子を捕らえたまま逃げて行った。
「姫さま〜、姫さま〜っ!」
「どこへ行ったんだ!?」
素早い動きに、行方を見失ってしまう。私が何もせずに見ていたら……今度は帽子の子が捕まってしまった。
「ビビ!」
また男の子と男の人で斬りかかる。帽子の子が中から炎で攻撃している為か、魔物の消耗も早い様だ……男の人が大きく薙いだ時、動きが止まった。帽子の子が中から出て来る。
だが、それでは終わらなかった。異変を直感し、咄嗟に身構える。──最期の足掻きなのか、魔物は緑の煙を吐いて消えた。私と男の子は避けたが、逃げられなかった男の人と帽子の子は倒れてしまう。
樹の陰から様子を窺っていると、男の子が真っ直ぐに私の方を見て言った。
「……君、悪いけど手伝ってくんない? こいつら運ばなきゃなんねえんだけど。」
言い方が少し遠慮気味なのは……先程ろくに話すことができなかったからだろうか。無言で帽子の子を抱える。
「お、サンキュ! あとはおっさんを……よいしょっと……うりゃ……この、……重っ!」
男の子がいくら頑張っても、男の人はなかなか持ち上がらなかった。体格が大きいのに加え、重そうな剣と鎧を着けているから……きっととても重いのだろう。
帽子の子を一度降ろし、男の人の剣を外して一緒に抱える。持てない……ということはなかった。
「よいしょ……っと。……じゃ、オレについて来てくれるか? ここから少し歩いたとこにオレの仲間がいるんだ。」
頷き、黙ったままついて行く。
見つけた。
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