夢を見ました。


あなたが、いなくなる夢を。


苦しくて、苦しくて、何もわかりませんでした。

声も、言葉も、出なかった。

涙も流れなかった。

気持ちすらもなくなって、何もない空虚の中に、何が苦しいのかわからない苦しみだけがありました。

夢と気付けば良いのに、夢の中の私はそれに気付かず、ただ、果てのない苦しみのうちにいました。何もかも塗り潰す、もはや悲しみでない、苦しみ。

身を切るような悲しみ、なんて言葉はあるけれど、そんなものじゃなかった。


全てを奪う闇。


それがあの苦しみでした。

跳ね起きて、すぐにはわかりませんでした。

どこにいるのか、何だったのか、──現実なのか。

唇が、身体が、固まった様に動かなくて……起きた姿勢のまま、心臓だけが激しく動いて、目だけが大きく開いて。

叫びたいのに、名前を呼んで、あなたの存在を確かめたいのに、声帯までもが固まって、震わせられなくて。

痛い位の感情が、喉を裂きそうになって、
痛い位の鼓動が、体を壊しそうになって、

ただ無音の中で、泣き叫びそうな衝動だけが声とならず溢れかえって。

動かせない体、
動き過ぎる心、

そのぶつかり合いが強い強い痛みとなって私自身を襲って。

堪えられなくて、ぐちゃぐちゃの心の中でただ一つ確かなあなたの名を、声にならない声で喉を裂くほど強く叫んだ時──部屋の扉が開きました。

何も言えなかったのに、その苦しい程に大きな存在はこちらへ……私へ近付いて来て。

何も言えなかったのに、私を、包んで。

混沌としていた苦しみが、苦しい程の勢いで溶け出します。

これが現と、わからせて。
あれは夢と、わからせて。

[あなた]を、感じさせて。

声はまだ出なくて、でも固まっていた体は震え出して、悲しい様な、叫びたい様な気持ちになって。

何度も息を吐くだけの失敗を繰り返して、何度も息を吸うだけの失敗を繰り返して──……やっと、泣けました。

あったかい。
温かい。

温もりを感じて、やっと、痛い位の安心を覚えることが出来ました。
その体に触れて、やっと、あなたの存在を確めることが出来ました。

やっと、気持ちを涙にすることが出来ました。


安心をください。


もう喪失の影に魘されない様に……確かな安心を下さい。不安にならない様に、その手で、体で、心で、安心を下さい。


抱き締めてください。


これが現だと、夢でないとわかる程。あなたが、ここにいると……わかるほど抱き締めて下さい。私がここにいるとわかるほど、抱き締めて下さい。


あなたが、好きです。


苦しい位に、好きです。あなたがいない世界なんて、考えられない。あなたがいない私なんて、考えられない。

私は、私の心は、もうぼろぼろなんです。



あなたがいなければ、私は在れません。



ゆっくりと腕の輪を大きくしたあなたの顔を見て、瞳を見て、余計に苦しい安心が強くなります。

そっと口付けられた刹那、脳裏に蘇ったのは──かつてあなたの言った一言。

“忘れろ”

それは単なる忘却を意味しない言葉。

優しいあなたは、これに続けて──力を用いて記憶を消せと言ったのでした。


私が壊れる前に、とも。


壊れても構いません。あなたがいなくなって壊れられるなら、どんなに良いでしょう。あなたと共に世界からいなくなれるなら、どんなに良いでしょう。あなたがいなくなったとわからないほど壊れられたなら、どんなに良いでしょう。

こんな力など、いらなかった。

共に老いることも、共に死ぬことさえ出来ない力など要らなかった。

まして、──「ただの夢」を見なくなる力なんて。


どうか、わたしをこわしてしまってください。
どうか、わたしをおいていかないでください。


ひとりは、いやです。















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