森宮莉子は突き進む。 | ナノ
おい、後輩。特盛スペシャル食おうぜ!
私の誘いに対して、「え、え?」と戸惑う少年の腕をしっかりつかんで大学構内を突っ切ると、大学食堂のある施設に入場する。厨房の中は戦場で、湯気に包まれた受付のおばちゃんが注文を次々に捌いている。
そこで私は伝家の宝刀・食券フリーパスを見せつけた。
「特盛スペシャルをひとつお願いします!」
こうして私と少年はふたりでひとつの特盛スペシャルを取り分けながらお食事を開始した。
未だに状況が読めない少年には「とにかく食べなさい。話はそこからだ」と念押しして、私たちは無言で食べるという奇妙なお食事タイムをスタートした。
食べ盛りな男子とのシェアだったので、余ることなく完食。食後のお茶を飲みながら一息ついていると、「さっき提示していたものはなんですか?」と少年が尋ねてきたので、私はスマホケースに入れているそれを見せつけた。
「去年の後夜祭のクイズ大会でゲットしたの」
これのおかげで大分昼食費が助かっている。たまにこうして特盛スペシャルを頼むという冒険もできることだし。
少年はそれを見て瞳を輝かせていた。
「へぇー! 今年もクイズ大会ありますかね?」
おっと、食いつきがいいな。
食べ盛りな男子には尚更魅力的に映るのかもしれない。
「去年のは好評だったからまたあるかもね。知識に自信があるなら君もエントリーするといい」
「僕、こう見えて特待生なので勉強は得意なんですよ」
少年の口から飛び出した共通点に私は目を丸くした。
「私と同じだね、私も特待生だよ」
まさかの特待生。ということは私と同じく一般家庭出身の子なのかな?
親近感が湧いてなんだか嬉しくなっていると、少年が肩をすくめていた。
「知ってます。森宮先輩は有名ですから」
「えっ……どういう意味で」
「他を寄せ付けない才女だって評判です」
本当に?
他にも変な噂流されてない? それこそ私に妬みの感情を向けているような輩が悪意で変な噂を流してるとかじゃないの?
そもそも接点のあまりない1年に周知されてるって何。別に目立つ行動とっている訳じゃないのに……。
やめた。考えても仕方ない。
私は気を取り直して話題を変えることにした。
「そういえば少年は何科を目指してるの?」
「変わってると言われるかもしれませんが、婦人科を」
少年は照れくさそうに笑って、目指している診療科を教えてくれた。
「僕、年の離れた弟が居るんですけど、妊娠した母をそばで見ていてそこから興味を持ち始めたんです。……女性の体は不思議に満ちていてとても神秘的で……あ、これはいやらしい意味ではなくて」
なぜ婦人科を志すようになったのかを夢中になって話す少年を見ていると、私は自然と頬が緩んでいた。
身近にいる女性が妊娠、出産して育児をしていく過程を見て神秘を感じたという彼の言葉がなんとなく理解できるからだ。
私も母のお腹に妹がいると言われて、不思議な気持ちを持っていた記憶があるから。
「わかってるよ。医者を目指す人間は少なからず変態性を秘めたマニアだからね」
「へ、変態性って」
「私の友達に整形外科志望の筋肉マニアがいるから、君が婦人科系に惹かれた理由はなんとなくわかるよ」
彼女……琴乃はアスリートの筋肉大好き人間だが、それと同じく女性特有の骨格異常や骨粗鬆症現象にも強い関心があるから、その点では話が合うかもしれないぞ。
「森宮先輩は何科を志望されているんですか?」
「私は総合診療科志望だよ」
学年は異なるけど、同じ医学部生として共通な話題で私達は盛り上がる。
私が1年生だった頃に学んだことを彼も学んでいると聞かされ、懐かしい気持ちにさせられた。
彼は早く医学部生らしい科目を習いたいと足踏みしている様子だったので、私は苦笑いする。
「1学年で学ぶことは、医者になる前に身に着けておくべき大切な教養。世間知らずなお医者さんが騙されることは沢山あるんだから、社会に出て苦労しないようちゃんと勉強するんだよ」
「それはわかってますけど、僕も早く医学部キャンパスで学びたいです」
わかるわかる。私も同じ気持ちを抱いていたから。
彼の気持ちもわかるので、うんうんと頷く。
でも焦ることはない。君の大学生活は始まったばかりなのだ。嫌でも勉学に追われるようになるんだから、今しか体験できないことをするべきなのだ。
「…私はここで多くのことを学んだよ。嬉しいことや楽しいことだけでなく、嫌なことや悲しいこともたくさんあった」
幼い頃から勉強ばかりで、友達だった相手にはつまらない人間と評され、周りのことにあまり関心を持っていなかったあの頃の私はきっと色々と人間として足りない部分が多かったに違いない。
1年の時は色々あったけど、たくさんの事を学べたと思う。あの頃よりは人間としての厚みも増えたんじゃないかな? と思いたい。
「ここでは医学だけでなく、人間として大切なことをしっかり学ぶんだよ。──女はあの子ひとりじゃない。これから色んな人と出会って、学びなさい」
ちょっとお説教くさくなっちゃったけど、私が言いたいのはそこである。
つまり、女は他にもいる。次に目を向けなさいって意味だ。でも今度は中身のある女性を選ぶんだよ。
「……はい」
その言葉は少年の心にはぐさっと来たのだろう。反抗することなくおとなしく受け入れていた。
素直な子である。
大丈夫かな、また他の女に利用されたりしないだろうか。
「──随分親しいみたいだな」
後輩のピュアさに先輩としてハラハラしていると、そこに刺々しい言葉が降りてきた。
ん? と怪訝に思いながら声の主を見上げると、そこには怖い顔で私と少年を見下ろす久家くんの姿が。
なんだ、過保護パパモード発動中か。
「久家くん聞いてよ、この1年の子、私と同じ特待生なんだって! しかも一般家庭出身! シンパシー感じちゃってさぁ!」
私達が勝ち取った医学科特待生枠は狭く高いハードルだ。よって、同じ立場の人間がいると嬉しくなるというものだ。
嬉しくてついつい先輩風を吹かせていたってわけなのよ。
「フゥン……」
なんか思ってた反応と違う。
てっきり良かったね、と言葉を掛けてくれると思ったのに。
「どこの誰だか知らないが、莉子に相手してもらったからって調子に乗るなよ……」
「え…あ……」
久家くんに脅されるような真似をされた少年は目に見えて怯えている様子だった。
「後輩いじめはよくない! 相手は18歳の少年なんだぞ」
なんだいなんだい! 久家くんらしくないことしちゃって!
もしかしてこの間の飲み会でのできごとがあったから私の為に警戒してくれてるのかな?
「あの、本当に違うんで。そこは安心してください」
恐る恐る少年が久家くんに何かを否定すると、久家くんはしかめっ面をしたまま渋々引き下がっていた。
なんなんだ、一体。
その日以降、少年とは構内で会うたび声を掛けられるようになった。
その時の話題は別の学部の友達ができたという嬉しい話題や、教養科目についての質問、同じ医学部の人と金銭感覚が合わなくて戸惑ってることなど。本当に些細な話題だった。
しかし彼がぶつかった壁は、私も同じくぶつかった壁。似た立場故に彼の境遇が理解できるので、私は先輩として返せる範囲で相談に乗ってあげた。
一度、少年と話しているときに別の男の尻を追いかけている三輪さんの姿を見かけたけど、少年は一瞥もしなかった。
三輪さんのことは吹っ切れたようで、先輩として私は安心していた。
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