苦界とヒロイン【さくら視点】
会いたい、会いたい、あなたにお逢いしたい。
なぜ返事をくれないのですか。 なぜ来てくれないのですか。
どうして他の女を見つめるのですか。 あたしはあなたの運命の女なのに。
どんなに手紙を送っても返事は、来ない。 彼はあたしの運命の人。 この“大正浪漫・夢さくら”の主人公であるあたしの未来の旦那様。
──あたしの両親は欲のままに子作りをして、文字通り「子どもは転がしておけば育つ」を地で行っていたのだ。 長女のあたしは専ら兄弟の乳母役。いつも下の兄弟たちのわがままや癇癪に付き合わされてうんざりだった。
だから、吉原に売られるとわかった時少し安心したんだ。 だって女衒のオジサンが言っていたもの。吉原ではお腹いっぱい食べられて、きれいな着物を着せられて、男の人に優しくしてもらえるって。 ボロい着物でいつもくたびれた姿のあたしは、裕福な家の娘を見る度に羨ましくて羨ましくて仕方がなかったの。 だから、あの家から解放されて実は内心ホッとしていた。下の兄弟たちは泣いて引き留めようとしたが、あたしはせいせいした。
とはいえ、最初のうちは身体を売ることに抵抗はあった。 だけど生きるためと思えば自然と麻痺した。いつまでもメソメソ泣いて悲劇のヒロインぶるよりも、自分の立場をわきまえて、従順な女を演じていたほうが得だとわかっていたからあたしはうまく立ち回った。 それにあたしは磨けば光る原石だった。水揚げデビューした後から見世に並べば、すぐに客はついた。 来る者拒まず、去る者追わず。
どんなにジジイでも、醜男でも客は客。男はみんな同じ。金さえ払えばなんだっていい。 身請けの話を持ちかけられたこともある。だけどそのどれもお断りしている。 一夜の相手と、これから一生を過ごす相手は違う。あたしはそんな安い女じゃないんだ。
…あたしはここで腐るような女じゃない。 もっともっと輝いて、そして一級品の男に見初められるのだ。 そして誰よりも愛されて、誰よりも幸せな花嫁になるって決まっているのだ。
なのに。 それなのに。
当て馬役の吹雪からも音沙汰がない。 せっかく声を掛けてやったのに。 なんでよ、吹雪は横恋慕する役割じゃない。なんであたしに惚れないの? そもそもなんで接点がないの? おかしいじゃないの。
どうにも動きが見えないので、次の策を講じた。あの女を退場させるために、傷物にしてやろうと思ったのだ。 あたしに夢中な男を唆して、あの女へ向けて暴漢を放ったが、とんだ邪魔が入って未遂に終わったらしい。 その報告を聞いたあたしは怒りが抑えきれずに香炉を投げつけてしまった。
なぜうまく行かない? あの女は主役じゃないんだ。この世界はあたしのものなのだ。 なんのためにあたしはここにいるんだ。許せない。
昔の記憶が蘇る。 幼い弟妹をあやしながらすれ違った女学校の娘達。きれいな髪、きれいな着物、手入れされた肌。みすぼらしい格好をした薄汚れた貧乏大家族育ちのあたしとは正反対。それを見かける度に自分が惨めになった。 あたしは絶対に得られなかったもの。あの宮園亜希子はそれを持っている。脇役のくせに…! ちょっとしか出てこない小娘が…! 主役はこのあたしよ!
羨ましい 憎たらしい 忌々しい…!
──奪ってやる。 あたしが奪われた分、あの女から奪ってやる…!
早乙女忠も、吹雪も引っかからないなら仕方がない。 もういい。役に立たない男はもういらない。
だからあの女を呼び出そう。
どちらが本物の主役なのかわからせてやる。
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