リナリアの幻想 | ナノ

意地っ張りなこころ

 何度やっても基礎ができない私は、毎日放課後は自主的に居残って基礎魔法の練習を続けた。一緒に居残ろうかと言ってくれるイルゼの申し出を断ってひとり、人気のない実技場で延々と呪文を唱えつづけた。

「我に従う土の元素達よ……」

 私の基本属性は土だ。なのですべての元素じゃなく、土に限定して呼びかけてみたが、相変わらず私の手からは搾りかすのような煙しか出てこない。頑張れば何とかなると思っていたが、何ともならずあれから数日が経過していた。
 そうこうしている間に実技授業は先に進み、その中で私だけが置いてきぼりになってしまっている。

「ブルームさんはまだ出来ないの? このままじゃ落第しちゃうよ?」

 授業中、みんなの前で先生に名指しされた私は萎縮する。先生の失望顔が怖くて、俯いて黙り込む。
 周りではクラスメイトの一部がくすくす嘲笑する声が聞こえて来た。

「落第だってよ」
「まだ最初の段階じゃない、あの子卒業できないんじゃない?」

 ひそひそとわざと聞こえるように言われるが、先生はなにも言わない。同じことを思っているからだろう。入学しょっぱなから躓いた生徒のことが面倒だと思っているんだ。
 ──ここでも、私は爪弾きものなんだな。だけど落第することは私もなんとなく想像しているから否定はできない。

「簡単なのになんで出来ないの?」
「お前、元素に嫌われてるんじゃねーの」

 男子から小馬鹿にされたけど、私はなにも返せなかった。
 自分でもわからないんだ。何度練習しても、どれだけ魔力を消費しても元素達は応えてくれない。私には魔力が宿っていないんじゃないかと不安になったけど、治癒魔法自体は使えるので魔力がなくなったわけじゃない。元素に嫌われているわけじゃないと信じたいのに……私は不安に駆られた。

「君は隅の方で練習していなさい。出来るまで皆に混ざれないと考えておきなさい」

 先生に言われた言葉が心に深く突き刺さる。見捨てられたと感じてしまった。

 何で私だけが取り残されているんだろう。
 他のクラスメイトが次の実技に取り掛かっている間も私は基礎魔法の練習をした。ただただ焦って呪文を唱える。
 だけど結局、その授業中も私は煙しか発生させられなかったのである。


 授業が終わり、先生やクラスメイト達が立ち去った後、実技場に残された私はくるっと首を動かした。

「クライネルト君、大丈夫だから先に帰ってて」

 前回同様、先生はクライネルト君に指導を丸投げした。クライネルト君はそれを断ることなく私の指導をしようとしてくれていたが、私は申し訳なくてそれを断った。
 なんというか、今日もできない気がしているのだ。そうなれば時間の無駄となり、さすがのクライネルト君にも軽蔑の眼差しを送られるかもしれない。

「だけど、このままじゃ本当に置いていかれるよ? 基礎が出来てなきゃ先に進めない。早く出来るようになった方がいい」

 クライネルト君は正論を言ってのけた。
 そんなのわかっている。私だって先生がわざとあぁ言ったわけじゃないって理解しているさ。
 だけどできないもんはできないんだ。どうしろというのだ。

「ブルームさんは土属性なんだってね。それと、故郷では誰かに習うことなく治癒魔法を日常的に使っていて、それに加えて通心術を──…」

 なにやらクライネルト君がずらずら話している。だけど私は彼の話を聞いている余裕すらなかった。
 自分が情けなくて、苦しかった。
 ただ俯いてスカートの端を握り締めて耐えるくらいしかできなかった。

「目には見えないけど、空気中にはたくさんの元素達が漂っている。まず心を落ち着けて、目を閉じて彼らの存在を探るんだ」

 何度もそれやった。だけど元素達の存在なんてわからなかった。
 そして彼らも応えてくれなかった。

「慣れてくればコツも掴めるから、まずは始まりからもう一度やり直してみよう」

 クライネルト君もきっと内心では私のことを見下しているんだろう。なんでこんなことも出来ないんだ? と呆れているだろうし、自分の時間を奪う私を煩わしいと思っているであろう。だけど先生に頼まれたから仕方なく面倒見ているんだ。優等生も大変だね。

 ──クライネルト君はさ、家が魔術師家系なんだもの。生まれたときから側に魔法があったんだから早いうちから基礎を身につけていたんでしょ。私とは違う。
 私だってね、せめて座学だけは身につけようと夜寝る時間を削って勉強しているし、毎日早朝から夜遅くまで基礎の自主練しているの。それでも出来ないんだよ。そんな私にこれ以上なにをしろっていうの。

「無駄だよ。全部やったけど出来なかった」

 彼は何の足しにもならない落ちこぼれの指導をしてくれているのに、私は反発してしまった。

「それはわかってる。だからもう一度初心に戻って」
「……我に従う元素達よ、我に力を貸し給え」

 促されるがまま、渋々呪文を唱える。
 そしてやはり私の手からはポヒュンと間抜けな音を立てて、魔法の残りカスが出現してくるのみ。
 それを見たクライネルト君は考え込む姿勢になって無言になってしまった。真顔でじろじろ見られて私は気まずい気持ちになった。

「……これでも私は朝から晩まで練習してるの。それでも出来ないのよ」

 沈黙が辛くて言い訳臭いことを言ってしまう。
 指導してくれようとしてるのはありがたいけど、結局は時間の無駄だ。
 だから私のことは放っておいてくれと言おうとしたら、深い海底のような瞳が私を射抜いた。

「諦めてしまったらそこでおしまいだよ。ここが踏ん張り所なんだ」

 真面目な優等生らしい発言だ。彼の言っている言葉は理解できる。諦めたってなにも始まらないってわかっている。
 だけど、何度やってもダメだった私は心折れかけていた。何やっても無駄だって諦めかけていた。授業中に受けた先生やクラスメイトの呆れた視線を思い出し、私は泣きたくなった。

「──どうせあなたも出来ないって思ってるでしょ?」

 完全なる八つ当たりである。
 基礎が出来なくて悪戦苦闘しつづけた結果なにも生み出せなかった自分の不甲斐なさ。自分への苛立ちに溜め込んだ怒り。それをわざわざ教えてくれている相手に妬みとしてぶつけているだけ。
 私から八つ当たりをされたクライネルト君は眉をひそめるだけに留めた。

「そんなことは」
「クライネルト君だっていい迷惑でしょ。同じクラスの人間だからって落ちこぼれの面倒見させられて」
「ブルームさん」

 彼が何かを言おうとするのを、首を横に振って阻止する。

「どうせ出来ないんだから、時間を無駄にすることは無いよ」

 自分で言っておいて泣きたくなってきた。
 だけど口は止まらない。恩を仇で返すように憎まれ口を叩いた私だったが、相手の表情が失望したように冷たくなったことに気づいて口を閉ざした。

「なら、勝手にしたらいい」

 静かに突き放された言葉はどこか空虚に聞こえた。時間を犠牲にして指導しようとしてくれた彼にも見放された。完全なる自業自得だけど、もう終わりだと私は悟った。
 彼が立ち去っていくのを見送った後、私も実技場を後にした。

 もう無駄だ。私にはできない。なにをしても無駄なんだ。
 このまま学校にいたって落第するだけ。みんなに軽蔑されるだけだ。
 いっそ退学して実家に戻ろうか。

 ぽたり。
 フラフラと外に出ると、雨が降ってきた。
 俯いて歩いていた私は地面に落ちた水滴を見て空を見上げる。

「……?」

 残照が視界の向こうの山のてっぺんを照らしている。
 雲ひとつない空なのに雨?

「ひぐっ…」

 喉奥から込み上げて来る嗚咽に自分が泣いているんだと気づいたのは一拍後。涙腺が限界を迎えてしまったのか、ぼろぼろと涙が頬を伝う。
 自分で自分が嫌になる。クライネルト君はなにも悪くないのに、ひどいことを言ってしまった。
 私はなんて嫌な人間なんだ。なんでうまくいかないんだろう。
 人に八つ当たりしてもなんにもならないのに。

『リナリア、どうしたの?』
『お腹痛いの?』

 ちゅんちゅんとさえずる小鳥の声に私は宙を見上げた。たくさんの小鳥達が地面に集結して私の心配をしてくれた。

「……なんでもないよ、大丈夫。それよりどうしたの、その羽根。血が出てる」
『この辺うろついてるカラスにやられちゃったんだ』

 群れの中にいた一羽が羽根から血を出していたので、私は手を伸ばした。怪我をしている小鳥は私の意図に気づいたようで小さな羽ばたきひとつで指先にとまる。
 小鳥が潰れないように空いた片手をそっと添えると、言い慣れたおまじないを唱える。

「……痛いの、痛いの飛んでゆけ」

 ポウッと暖かく柔らかい力が手の中に集中するのがわかった。
 すぐに小鳥の怪我が治っていく。彼は『痛いのがなくなった! ありがとう!』と喜んでいた。

 私は治癒魔法が使えたことに安堵する。
 ほら、私は魔力持ちなのよ。魔法を使えるの。──なのに基礎魔法が使えない。周りの仲間たちはきっと私に失望してしまった。
 自分の居場所を見つけたと思ったのに、ここでも私は仲間外れ。

 昔から動物達だけが友達だった。
 私が彼らを見返りを求めず助けるのは、動物達も見返りを求めないから。彼らは私を見捨てない。馬鹿にしないもの。

『リナリア? どうしたの? やっぱりお腹痛いの?』
『だれかにいじめられた?』
『誰? 頭にフン落としてきてやるよ』

 元気のない私を心配する小鳥達が周りに集まってきた。肩や頭にとまる彼らが口々に話しかけて来るのを見てたら、すこし気が抜けて笑ってしまった。
 彼らになら素直に自分の気持ちを明かせる。
 愚痴るように小鳥達に辛かったことを語ると、彼らは右から左から上から下からピーチクパーチク騒いでいた。助言らしい物はなにも得られなかったけど、少しだけすっきりした。

「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ頑張ろう」

 自分に言い聞かせると、私はその場で目を閉じて周りの元素の気配を探る事からやり直したのである。


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