リナリアの幻想 | ナノ

応えてくれない元素達

 魔法魔術学校での授業は座学から始まった。
 何事も基礎からということで基礎中の基礎から学ばされた。
 一般塔に通う学生たちは魔法の知識が浅い人ばかりだ。わかりやすくかみ砕いた表現で先生達が教えてくれるのだけど、耳慣れない単語が入ってくると混乱しそうになる。

 だけどここで置いて行かれたら後で苦労することになるだろう。
 授業中は必死に先生の話を聞いて、寮に戻ってからは復習した。本格的に実技を習うことになった時に自分が困らぬよう、一生懸命に。

「では、前回習った内容から問題を出します。分かる人は手を挙げて答えてみなさい。──我々の周りに存在する、目に見えない元素の存在について、彼らはどのような存在だと考えられていますか?」

 魔法基礎学の先生が問題を読み上げる。私は慌てて前回習った内容を確認しようとノートの頁をめくった。

「はい。僕たち魔術師が唱える呪文に応じて、術者の魔力と等価交換する形で力を貸してくれる妖精のような存在です。彼らには意思があり、呪文無しで勝手に助けてくれることもあると言われております」

 手を挙げようとしたが、その前に他の人が答えてしまった。私の3列前の席に座る、ダークブロンドの髪の彼は背筋をピッと伸ばしてハキハキと発表していた。

「流石クライネルト君。正解です」

 早い。しかもつっかえることもなくすらすらと……
 クライネルト君は自習でもしてきたのか、どの授業でもどんな問題でも率先して手を挙げていた。もちろんわからないところは先生に教えを乞うている。その姿勢は一般塔所属の新入生のなかでも抜きん出て熱心だった。
 勤勉家で名家出身の彼はクラスの中でも浮いていたけど、先生方からの覚えもめでたかったこともあって皆から一目置かれていた。

「あいつの家有名なんだろ。どうせ家庭教師に習ってるんだって」
「なんだよそれ、ズルじゃん」

 負け惜しみみたいなことをこそこそ言う人もいたが、表立って嫌がらせしてる人はいなかった。

 特別塔にいる王侯貴族出身の生徒たちは入学前から魔法の勉強をしているそうで、私たちよりもレベルの高い授業を受けていると聞く。おそらく代々魔術師家系出身のクライネルト君も家で基本を学んでいるはずだから、今の授業は彼には簡単過ぎると思う。
 実際に眷属の契約について調べたら、本来であれば5年生で習う内容だった。彼の実力はこのクラスと合っていないと考えられる。

 彼に関しては交流関係も謎過ぎた。
 噂によると、特別塔の貴族のお姫様から声をかけられている姿を見かけたって話も聞く。平民と貴族の接触は最小限にするために隔離されているのに一体どこで…? と思ったけど、そこは貴族の権力を使ったのだろう。
 入学した時からただ者じゃないのはわかっていたけど、ますます彼がこの一般塔にいるのが謎に感じる。

 彼は人を寄せつけないわけじゃない。話しかけられたら普通に話す。だけど基本一人行動を好んでいた。休み時間や放課後には図書室の窓辺で本を読むことが多かった。
 美麗な彼を一目見ようと女子達が盗み見しようとして、図書室の司書さんが怒って追い出したとかそんな騒動も聞こえてきた。そんな中でもクライネルト君は静かに穏やかに過ごしていた。

 同じ平民身分で、同じクラスの人だけど、遠い世界の人。
 ルーカス・クライネルト君のことはそんな風に感じていた。


◇◆◇


 ぽひゅん……

 間抜けな音を立てたのは私の手の平から発した魔法だ。
 呪文を唱えたのに、出現したのは小さな風だけ。

「我に従う元素達よ、我に力を貸し給え」

 しーん。
 今度は無反応だ。
 私の周りでは元素に呼び掛けて魔法を発生させている人ばかりなのに、私は残り汁みたいな物しか出現させられない。
 呪文を間違えた? いやそんなまさか。

「我に従う元素達よ! 我に力を貸し給え!!」

 何度も何度も元素に呼びかけたけど、私に力を貸してくれる元素は現れなかった。

「基礎ができないと次の授業ができないから今のうちにできるようになって貰わないと困るんだよねぇ」

 先生に救いを求めると、先生は困った顔をしていた。
 困っているのはこっちなんだけど。コツを教えるとかそういうのはないのだろうか。
 先生には隣についてもらって呪文を唱えたけど、やっぱり無反応で。

「こう……周りにいる元素の気配を探ってみて?」

 そんなこと言われてもわからないし、元素達が応答してくれないんだから仕方ないじゃない。クラスメイトはみんな成功しているのに、クラスの中で私だけがなにもできなかった。

「ブルーム、お前まだできてねぇの?」
「こんな簡単なこと出来ないってヤバいぞ」

 クラスの男の子達が小馬鹿にしてからかってきた。
 私はそれにぐっと唇を噛み締めた。図星だからなにも返せない。

 故郷でも同級生から心ない言葉を吐き捨てられて来た。野次やからかいは慣れているはずだったのだが、今に限ってはその言葉が心に深く突き刺さった。
 多分同じ魔力を持った彼らを仲間だと思っていたから、余計に傷ついたのだ。

 瞼にかぁっと熱が集まってきて、涙が溢れそうだった。この中で私だけができなかった。それが恥ずかしくて悔しくて悲しくて、泣きたい気持ちにさせられた。

「クライネルト君、君は一番最初に成功させたね。同じクラスのよしみだ、ブルームさんにコツを教えてあげてくれないか」
「構いませんけど……」

 指導することを放棄した先生は、秀才のクライネルト君に私の指導を投げた。それに優等生のクライネルト君は嫌な顔一つせずに了承していた。
 泣きたい気分なのに、優等生と一緒に練習させられるってすっごい複雑。いや、あっちは面倒で迷惑だろうけど。

 ちょうど最後の授業だったため、私とクライネルト君だけが実技場に居残って呪文の練習をすることになってしまった。

「じゃあ、早速だけど呪文を唱えてみて」
「はい……我に従う元素達よ、我に力を貸し給え」

 言われるがまま唱えてみたけど、不発に終わる。
 私はいたたまれなくて俯いて地面を見下ろした。
 何故できないのか。私の属性だという土の元素達、何故応えてくれないのか。

「ブルームさんの属性は?」
「……いい、自分でなんとかするから」
「え?」
「大丈夫! 人がいるから気が散って出来ないのかもしれない。一人で頑張ってみる!」

 クライネルト君は真面目に私の魔法指導をしようとしてくれていたみたいだけど、私はどうしても耐えられなくなって彼の助けを跳ね退けた。このままだと時間の無駄だし、迷惑しかかけない気がするんだ。
 戸惑った顔をする彼に私は更に言い募った。

「私、自力でできるようになりたいの」
「そうは言うけど、基礎がなによりも大事なんだよブルームさん。このままじゃ君は次の実技に移れない。みんなに置いて行かれることになるんだよ」

 そんなのわかっている。わかっているから言っているんだ。
 ひとりになって集中したら出来るかもしれないじゃない。
 これ以上他人に、親しくもない同級生に情けない姿を見られたくなくて私は意地を張ったのだ。


◆◇◆


「はぁ……」

 無理矢理クライネルト君を帰した後、ひとりで自主練していたけど結局魔法は使えなかった。……どの元素も、私に力を貸してはくれなかったのだ。

 それなのに体は妙に重怠かった。
 これは動物達に「痛いの痛いの飛んでいけ」で治療してあげた時、一定の力を使った後に訪れる症状と同じだった。恐らく、無意識のうちに私の中にある魔力を外に放出させていたのだろう。結局魔法は使えなかったのにも関わらず、である。
 寮の部屋に戻ると、同室者のプロッツエさんは不在だった。まぁ、朝晩に挨拶をするだけの関係性だからもういいんだけどさ。

 ──どうして元素達は応えてくれないのだろう。
 動物達の悪いところを治すときは快く力を貸してくれたのに、どうして──…

 そのまま自分のベッドに横になると、休息を求めていた体は眠りに落ちていった。


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