リナリアの幻想 | ナノ
重なる熱
重ねられた唇は熱かった。
私は今起きていることが現実のことなのか信じられなくて思考停止していた。その間にも彼の唇は私のそれに吸い付く。
お互いの吐息が混ざり合い、無防備に開いた唇の隙間から彼の舌が潜り込んできて、私は我に返る。
──彼は今、冷静じゃない。薬で理性を失ってしまっている。
だめだ、これ以上は。私も彼も後戻りできなくなってしまう。
「だめよ、これ以上は」
顔を背けてキスを拒むと、彼の胸板を押し返した。
外にまだドロテアさんがいるかもしれない恐れもあったけど、これ以上彼と一緒にいたら大変なことになってしまう予感があった。
早くここから出よう。出たらすぐに猫に変身して秘密裏に先生を連れて来よう。
「リナリア」
「あっ」
鍵のかかったドアノブに手をかけようと腕を伸ばしたが、その腕を絡めとられた。後ろから彼に抱きすくめられたので、私は抵抗しようともがいた。
それなのに彼は私の気なんか知らずに、耳元で吐息混じりに懇願した。
「嫌がらないで。逃げないでくれ」
嫌なわけがない。好きな人に求められて嫌がる女がどこにいると言うのか。
だけど受け入れるわけには行かない。私たちは友人同士で、私は未婚の娘なのだ。身体を許すわけには……
「僕を受け入れてほしい」
だけど心と身体はうらはらで、顎を取られて再度重ねられた唇をこれ以上拒めなかった。
彼の熱い舌が口内に侵入すると、それだけで身体が痺れた。ルーカスが口にしてしまった媚薬が口移しで私にも効果を現しているのだろうか。
「ルーカス……っ」
彼の名を呼ぶと、ランプ明かりに照らされたルーカスの表情が辛そうに歪んだ。彼は呼びかけに返事することなく私を抱き上げると、そのまま背後のベッドに下ろした。
ぎしりと音を立てて軋んだベッドに転がった私の身体を跨ぐルーカスを、私はぼんやりと見上げていた。
入学当初は小柄だったルーカス。いつの間にか背は追い越され、声が低くなり、私の腕を簡単に押さえつけられるくらい力強くなっていた。彼は身につけていたジャケットを脱ぎ去り、首にかかっただけのタイを乱暴に首元から取り払っていた。その仕種に私はドキリとする。
これから起こることに恐怖を抱きつつ、期待している自分がいた。
シャツを脱ぎ去った彼の肌が晒された時、私は見てはいけないものを見てしまった気分になって手で自分の目を隠した。
しかし隠していたのは数秒だ。覆いかぶさってきたルーカスに手を取られると、唇に吸い付かれてしまった。
彼の熱い手が私の頬から首へ下りていき、ドレスアップのために盛られた胸元に到達した。恐る恐る揉まれて私はぎくっとした。
暴行犯から襲われて乱暴に握られたあの時のことを思い出したのだ。怖くて目をギュッとつぶる。
落ち着け、目の前にいるのはあの男じゃない。ルーカスなんだと自分に言い聞かせた。
彼の手によってドレスが脱がされていく。果物の皮を剥くように丸裸にされていくことが恥ずかしかった。彼にすべてを見られるのはたまらなく恥ずかしい。
その手が身体が私のすべてを奪おうとする。
彼の唇が、舌が、手が私を拓いていく。
怖い、だけど、嫌じゃない。
本当はこんなことしてはダメだとわかっていた。だけど私はそれ以上抗えなかったのだ。
服や下着が取り払われた後に重ねられた肌は驚くほど気持ちがよくて、幸せだった。
「んっ! んんっ……」
隠すものがなくなった私の胸元を見下ろしたルーカスは、私の胸を両手で掴んで揉みしだきながらむしゃぶりつくように吸い付いてきた。
まるで獣が獲物にかぶりついた瞬間のようで、私は身構えたけど、彼の手は優しかった。
「ん、んぅ」
最初はくすぐったくて変な感じだった。
空いた手で胸の尖りを弄られながら、もう片方を吸われて舐められていく内に、私の身体は素直に快感を感じとるようになった。
なにこれ、お腹の奥がむずむずする。
こういう行為は夫になる人にすべてを任せたらいいと言われているので、夫婦となった男女がどんなことをするかというのはよくわかっていなかった。
私達は夫婦でも恋人同士でもないのに、これ以上進んだらからいけないのに。
「あぁっ…! んっ」
身体は敏感に反応して、私ははしたない喘ぎ声を漏らす。
変なの、女の人の胸は赤ちゃんに母乳をあげるために存在するのに、どうしてこんなに……
胸の先から全身に伝わる快感に酔っていた私は、ルーカスの手が太ももを撫で上げ、足の付け根を触れたことに気づいた。
「いやぁ…! そんなところ汚い」
「汚くない。君の身体はどこもかしこも綺麗で美しいよ」
慌てて足を閉じようとしたけど、ルーカスに宥められるように開かれて、人には見せてはいけない場所を彼に晒すことになってしまった。
恥ずかしくてたまらなくて、私は「いや、見ないで」とお願いしたけど、彼はあろう事かそこにキスしてしまったのだ。
「ひっ!? な、なにして……あぁッ!」
とんでもないことをされて気が動転した私は身を起こそうとしたけど、彼の舌がとある一点を掠めると、全身に雷が走ったような衝撃を味わい、ベッドに逆戻りしてしまった。
ルーカスは私の腰をしっかり掴んで固定すると、秘められた場所を口で愛してくれた。ルーカスの指が誰にも触れられたことのない場所へと侵入してきて、広げるように抜き差しされるものだから下半身から濡れた音が響いてくる。まるでおもらししてしまったようにシーツを濡らしてしまっていた。
受け入れたことのない場所に入れられた指を、身体は異物だと感じ取って変な感じはしたけど、それよりもルーカスが休まずに舌で触れてくる場所から生まれる強い刺激に私は夢中になっていた。
ひっきりなしに訪れる強い快感にがくがく震えるだけで、声を抑えることなくずっと喘いでいた。
声を漏らしていたら部屋の外にいる誰かに聞き付けられるかもしれないのに、その時の私は感じたことのない快感を求めることしか考えておらず、そのことが頭の隅へと飛んでいってしまっていたのだ。
「あぁぁ……っ!」
目の前に星が走って、頭が真っ白になった後は全身が重くて、肩で息をしていた。
絶頂を迎えぐったりしていた私は、ぐいっと足を大きく開かれたことに気づいた。足の間に彼が腰を割り込ませたのだ。
あぁ、どうしよう、これでもう後戻りはできなくなってしまう。
「ルーカス……」
私は不安で怖くなってしまって、彼を見上げた。
本当にするのかって。
私たちは友人同士から男女の関係になってしまう、それでもいいのかって目で問うと、彼は私の上に覆いかぶさってきた。目元にキスされ、唇にキスを落とされる。
「好きだ、愛している」
至近距離で囁かれた愛の言葉に私は天にも昇る気持ちだった。
それがただ媚薬に浮されて飛び出した嘘の言葉だとしても、それでも夢のようだった。
あんな熱い瞳で、甘い声で求められたらすべてをあげていいと思えた。
しとどに濡れた秘部にグッと押し付けられた熱に私は息を呑んだ。
念入りに指で慣らされたが、指とは比べものにならない質量だ。侵入を拒むように彼を追いだそうとするが、彼は腰に力を入れてぐぐっとさらに奥へ進んでいく。
「あぁ……ぅっ!」
私の口から悲鳴が漏れるが、ルーカスの腰は止まらなかった。
そして私も彼の首に抱き着いて、彼が奥まで到達するのを待った。
「うぅ……」
「リナリア、あぁ……夢のようだ」
身体の中心を引き裂かれるような痛みで涙がにじんだ。
そんな私を宥めるように顔中にキスを落とすルーカス。
「ルーカス…」
「痛いと思うけど、我慢してくれ。ごめん、僕ももう限界だ」
そう言ってルーカスは私の口に噛み付くと、口の中をめちゃくちゃに犯した。繋がっている下半身もそうだ。
媚薬の衝動に今まではなんとか耐えてきたけど、もう限界を通り越していたらしい彼は一心不乱に私を求めた。
「くっ……」
「あっ」
胎内へと熱が発されても、彼の動きは止まらない。彼が飲まされたのはそういう作用の媚薬なのだろう。何度も何度も私の中でルーカスの熱は爆ぜた。
だけどそれだけじゃルーカスの欲は止まらなかった。
熱くて痛い。きつい、苦しい。
ルーカスも媚薬が抜けなくて辛いだろうけど、私も初めての行為で疲弊しており。ただ彼に翻弄されるだけだった。
これはいつまで続くんだろうとも思った。
それなのに私は幸せを感じていた。
好きな人に抱かれたことが嬉しかったのだ。
腰の上に乗せられて体を揺さぶられた。私はただ彼の熱を受け入れ、か細い声を漏らすだけだった。私たちはお互いの体液まみれになって時間を忘れて交わりつづけた。
あぁ、熱い。彼の身体はこんなにも逞しくて、熱くて、愛おしいのか。
彼が私の中に存在する、ただそれだけで歓喜に似た感情に襲われた。
「リナリア…僕の名を呼んでくれ」
「ルーカス」
私の身体の下でおねだりするルーカスが可愛くて、名前を呼んであげると、彼の瞳がうっとりと細められた。
まるで、本当に愛しい人を抱いているみたいね。
どうしてそんな瞳で私を見るの。
本当に私のことを愛してくれているの?
私の想いに気づいてくれたの?
彼の瞳に触れたくて頬を撫でると、後頭部を引き寄せられてキスをされた。
「リナリア……リナリア!」
「あぁっ…!」
下から打ち付けられた熱がまたお腹の中にじんわりとひろがった。
熱い身体が包み込んで、夢中で私を求めてくる。私の名を吐息混じりに呼びながら唇を奪う彼。
全部が愛おしくて幸せだった。
熱くて痛くて初めてのことばかりで混乱していたけど、彼に求められて私は嬉しかったの。