リナリアの幻想 | ナノ

溢れる涙

 学年末試験を終えて私は3年生を無事修了した。
 修了式を迎えると自動的に長期休暇が訪れ、私は故郷のモナートへと里帰りしていた。
 お休みだとついつい怠けがちになってしまうが、そんな自分を叱咤して暇な時間は自分の部屋の勉強机に向かい、次の学年の予習をしていた。

「リナリアー! お客様がいらしてるわよー」

 来年度の教科書とにらめっこしてうんうん唸っていると、お母さんが下から私を呼んだ。
 私にお客さんだと言うので誰だろうと首を傾げながら階下に降りると、むさ苦しい港町には不釣り合いな美少年がいた。

「ルーカス!? どうしたの。また近くを通ったの?」
「別荘に移動する途中の道なんだ。今夜は馬車の点検でこの町に宿泊することになったから寄ってみたんだ」

 別荘。
 これまたお坊ちゃんな単語が出てきた。だけど私はいちいち突っ込まない。ルーカスは普通の平民とは違うのだから。
 彼が乗ってきたであろう馬車は点検のために別の場所に移動しているそうで、ここまでは徒歩で来たそうだ。彼の背後には強そうな男の人が3人くらい控えている。……ご家族では……ないよね?

「えぇと、ご両親は? もしかしてひとり?」
「もうこの年になったら親が不在でも問題ないよ。信頼できる護衛や使用人が側にいるから心配ないさ」

 使用人という言葉に格差を感じた。うちにも通いの家政婦さんがいるけどさ、それとは違うんでしょ。

「リナリア、彼氏君とお出かけしてきたら? ここのところずっと引きこもったままだからたまには外出した方がいいわ」
「違うよ、ただの同級生だよ。ルーカスに失礼でしょ!」

 お母さんが誤解していたのですかさず否定する。友達だと紹介したのに、何故恋人に変わっているのか。

 お茶でも出そうかと思ったけど、仕事そっちのけでこっちを監視するお父さんの鋭い目があったので、私はルーカスにこの町を案内することにした。
 ルーカスについて来た護衛さん達は姿を隠すのが得意らしく、存在感なく私たちの後を着いてきた。一体何者なんだろう。

 案内するといってもただの港町だ。面白いものがある訳じゃない。自分が幼い頃よく立ち寄っていた場所に案内がてらふたりで散歩した。
 時折動物のお友達に遭遇しては、『番を連れてきたの?』と尋ねられて否定したり、一緒に海を見に行ったりといつもとは違う休日を過ごしていた。

 なんか変な感じだ。
 この町には人の友達がおらず私はいつもひとりだったし、ルーカスが隣にいると見慣れたものが新鮮に見える。太陽の光が反射した水面がチカチカしているせいなのかな。外の世界で見るルーカスが眩しく見えた。
 海の向こうの水平線を見つめるルーカスは今なにを考えているんだろうか。気になるけど声をかけられなかった。私は彼に見惚れていたのだ。

「おい見ろよ、嘘つきリナリアが男と一緒だぜ!」

 私の楽しい時間はその声に邪魔された。なんで今、彼らと遭遇しなくてはならないのか。
 彼らとできるだけ会いたくないから外出せずに避けていたのについていない。

 だけどここで相手にするのはよくない。
 私はなにも聞こえなかった振りをした。

「おい無視すんなよなー」
「虚言癖と妄想癖は治ったのかよー。そいつも頭おかしい学校の仲間なんだろ」

 ぴきぴきとこめかみが引き攣るようだった。
 いまだに私が精神病だと思い込む幼馴染達は、一緒にいるルーカスまでも侮辱してきたからだ。
 それに隣にいたルーカスが動く気配がした。流石のルーカスも気分が悪くなっただろう。私がここで謝るのもおかしいし……なんであの人たちは進歩しないんだろう。情けなく感じるよ。

 振り返って顔を見せたルーカスの美麗な顔を直視した幼馴染達は一斉に息を忘れたかのように固まっていた。
 この町にはルーカスのように顔が整った美形、なかなかお目にかかれないものね。私も初めて彼を見たときは衝撃だったから今ばかりは幼馴染達の心境を理解できる。
 幼馴染達は次にいう言葉を忘れたのか、餌を求める魚みたいに口をぱくぱくするだけだった。

「魔法魔術学校をそういう風に言うのは流石に無知が過ぎるんじゃないのか?」

 ルーカスは相手を小馬鹿にするように鼻で笑った。

「リナリアは魔術師の中でも特に珍しい才能を持っているんだ。君達は魔法や魔術を理解していない。──だから彼女の能力を恐れている。魔女狩りの歴史にもあったことさ。自分とは違う人間を恐れて迫害するそれと同じだ」

 目の前の私の幼馴染達の心理をズバッと突いたルーカス。
 それが当たっていたのか外れていたのかはわからないが、彼らはカチンと来たらしい。

「あぁ!? お前はそこのリナリアが頭おかしい女だと知らないから騙されてんだろ! 顔だけで選んだら後で後悔するぞ!」 

 またそれ。
 彼らは進歩しない。だから私たちは歩み寄れない。
 それならば私の存在を無視して近づかないで話しかけないで欲しいのに、私を見つけるなり悪意のある言葉を投げかけて来る。

 仮にここで私が魔法を使っても彼らは私を傷つける言葉を吐き続けるだろう。
 自分たちとは違う私を同じ人間ではなく、異端として見るんだ。

 こんな場面に彼を立ち会わせたくなかった。自分の恥部を見せているような気分にさせられる。
 ルーカスも流石に気分悪くなっただろうなと彼の顔色を伺う。するとぱっちりと視線が合う。私はきっと情けない顔をしていたに違いない。
 それを見兼ねたのか、ルーカスは腕をこちらへと伸ばしてきて、私の腰を抱き寄せてきた。

 ぐいっと抱き寄せられた私は一瞬頭が真っ白になった。
 ルーカスの腕は力強く、接近したときにふわりと香ったほのかな香りに酩酊しそうになった。

「君たちにはリナリアの素晴らしさを理解できないだろうな。とても魅力的な人なのに」

 間近に聞こえるルーカスの低い声。
 み、魅力? 私が魅力的だって言った……? は、恥ずかしい……
 それに合わせて体温が急上昇した。顔が燃えるように熱い。心臓も落ち着きなく脈打って、そのうち破裂してしまいそうだ。

「彼女に構うな。次にリナリアを傷つけるようなことを言ったら僕も容赦しない」

 ルーカスは、幼馴染達を鋭く睨みつけて圧をかけていた。
 それだけなのだけど、恐れ慄いた幼馴染達は引波のようにさーっと離れて行った。



「ルーカス、ごめんなさい」

 浜辺に私とルーカス以外の人影が無くなったときに、私は謝罪した。
 せっかく遊びに来てくれたのに嫌な気分にさせてしまったから。

「どうして謝るんだい? 君は悪くないだろう。ただ単に君がこれ以上謂れのない悪意に苛まれないように言い返しただけだよ」
「あの人たちが私に対して意地悪なのは昔からだから今更よ?」

 彼らは誰かに注意されても止めない。あぁいうことも言われ慣れてると遠回しに言うと、ルーカスはなんだか悲しそうな表情を浮かべていた。
 もしかして私が可哀相に見えているのかな。

「あんなひどい言葉に萎縮している君を見ていられなかったんだよ」

 私の手を取ったルーカスは目を伏せた。
 ……私は萎縮していただろうか。
 いつも彼らが満足するまで我慢して耐えていただけなんだけど、ルーカスには私が怯えているように見えたのかな。

「悲しそうな表情をしているのが自分ではわからなかっただろう? 僕はあんな顔を君にさせたくないんだ」
「ルーカス……」
「リナリアは幼い頃からずっと一人で耐えて来たんだろう。君はすごい……よく頑張ってきたね」

 彼の言葉に、私の中の何かが決壊した。
 なぜだろう。認めてもらって嬉しいはずなのに、涙が溢れて止まらなくなった。

 不思議な力を理解してくれる大人は少数いた。
 両親も私の力を拒絶せずに受け入れてくれた。
 だけどこの故郷で実際に、私の心境を理解できた人はいただろうか。

 魔法魔術学校に入学して出会った友人達。あの学校でようやく理解者ができたのだ。私はもう一人じゃないって実感できた。

 言葉にできないぐちゃぐちゃした感情でいっぱいになった私は、言葉もなく泣きじゃくった。
 ルーカスは私の頬を流れる涙を指で拭い、そして泣き顔を隠すように私を優しく抱き寄せた。
 私が泣き止むまでずっと、私を腕の中に隠してくれたのだった。


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