リナリアの幻想 | ナノ

違う歩む道

「──よって、神歴853年、シュバルツ・エスメラルダが連合軍を結成、報復としてハルベリオン陥落作戦が決行された。この際、出生の地と育った村両方を襲撃されたフォルクヴァルツのアステリア姫も17歳で出陣した。本来であれば18歳以下の学生は対象外のはずだが、彼女は飛び級で学校を卒業し、当時すでに高等魔術師の資格を持っていたため、出陣免除の対象にはならなかったんだ」

 本日の歴史の授業は数年前に起きたハルベリオン陥落作戦の話がされた。当時17歳で出陣した元令嬢の話が出てきて、普段は眠気に負けそうになる授業だけどその回ばかりは机にかじりついて先生の話を聞いていた。
 本来であれば学生として庇護される年齢で出陣することとなった17歳の女の子の話にとても興味が湧いたからだ。先生の話も授業から逸れて雑談になりつつあるけど、小話みたいで面白いから夢中になって聞いた。

「……とはいえ、免除の対象にならなかったはずのお貴族様の中には特段の理由なく作戦に参加せずに安全な場所で過ごしていた方々もいたけどな」

 説明していた先生は自嘲するように言った。
 もちろん国を守るために真面目に参加していた貴族もいた。一部の義務を果たさない人たちの存在が浮上したことで、戦後貴族間の力関係が大きく変わったとかなんとか。出陣しなかった家の爵位の順位が下がったり、没落しかかったりと、さりげなく罰を与えられたとか。
 普段、貴族様は偉そうに威張り散らしているのに、いざという時に逃げに入られたらそりゃあそうなるよね。なんのために今まで学んできたのか、なんのために貴族として恩恵を受けているのかと聞きたくなる。

 戦争に参加した魔術師一同は尊敬の目で見られるようになり、そうじゃない人たちは注目もされず、影響力がなくなったとかなんとか。わかりやすい構図である。

 ハルベリオンを追い詰めたフォルクヴァルツ辺境伯の兄妹は王様から爵位とか褒賞とかいろんなものを贈られた。その中で注目の的だったフォルクヴァルツの姫は叙爵をきっぱり断り、平民に下ることを望んだのだそうだ。
 もともと、この国の王太子殿下の婚約者になるはずだった彼女であれば次世代の王妃の座を得られたはずなのに、彼女が望んだのは平穏で退屈な田舎暮らしだった。

「庶民として育った彼女は貴族としての人生を望んでいなかったんだ。そもそも彼女自身が学生時代に貴族から嫌な対応をされてすっかり貴族嫌いになってしまったらしくてな」

 優秀だった彼女に目を付けた貴族子息子女からイジメられたり、命を狙われたりしたのだという。もちろん一部には親切にしてくれた貴族もいたそうだけど、それとこれとは別らしい。

 赤子の頃から苦労してきたアステリア姫にとって、貴族としてのきらびやかな生活は寝耳に水だったようだ。殿下から持ち掛けられた婚約話をきっぱり断り、貴族籍から離脱したのだという。
 その後は恋仲だった幼馴染と結婚して沢山の子どもにも恵まれ、今では自由業の高等魔術師として育った村でのんびり幸せに暮らしているという話だった。

 ……すごいなぁ。赤ちゃんの時に侵攻に巻き込まれて、ゆかりのない場所で平民として育ったというのに独学で飛び級して……才能ある人はやることがすごい。6年制の学校を3年で卒業とか……凄すぎる。しかも平民の教育しか受けていないにも関わらず。

 私はあとちょっとで16歳。例のフォルクヴァルツの姫が16の時にはもうすでに学校を卒業していたことになるでしょ。将来のこともしっかり計画していたに違いない。
 ぼんやりとしか将来について考えていない私とは大違いだ。
 私は将来どうするんだろう…

 ふと、斜め前の席に姿勢良く座っているルーカスの後ろ姿が視界に入った。
 ルーカスは、もう自分の将来のことを決めているのだろうか。平民身分とはいえ、影響力のある旧家の一人息子な彼は家の跡を継ぐことになるのだろう。
 私とは違った人生を歩むんだろうなぁ……
 私は残りの授業時間、先生の話を聞き流しながらずっと彼の後ろ姿をぼんやり眺めることで過ごしたのである。


◇◆◇


 私が苦手にしている古代語学。他にも薬学とか苦手な教科はあるけど、古代語学は特別難しいと感じている。学年が上がるにつれて複雑化して暗記だけじゃ済まなくなってきたのだ。

「助詞をここに持ってきて……」

 小テストで散々な点数を記録した私のことを心配したルーカスが放課後教室に居残って勉強を教えてくれた。もうすぐ学年総おさらいの学年末試験が行われるので、その復習のついでだと彼は言っていたが、私は知っている。ルーカスはそんなことせずとも学年1位になれるってこと。
 時間を割いてまで教えてくれるんだ。真面目に話を聞こうとするが。彼の低い声を聞いていると、その声に聞き惚れてそっちにばかり意識してしまう。

 今のクラスメイト達は比較的勤勉な人が多く、試験前の今日も複数の生徒たちが教室に残って試験勉強していたけど、いつの間にか私達だけになった。
 これまでは人がいたので何ともなかったけど、教室にふたりきりとなると妙に緊張する。彼とふたりきりなんて珍しくともなんともないはずなのに。

「あ、そこは」
「!」

 言われるがまま問題文を解いていると、間違いを指摘しようとしたルーカスの指と私の手がぶつかる。
 それに過剰反応してしまった私はバッと顔を上げてルーカスを見上げた。彼の瞳は驚いたように軽く見開かれていた。
 なに私、過剰反応しちゃって。ルーカスが驚いているじゃない。
 
 自分が恥ずかしくなった私は見つめ合っていた瞳を反らし、自分の手元を見下ろした。
 心臓がどきどきして苦しい。私、どうしちゃったんだろう。

「おーい、そろそろ鍵閉めるぞー」

 私が変な反応したことで私たちの間で変な空気が流れはじめたかと思ったら、先生が教室を覗き込んで下校を促してきた。
 先生の登場で私は我に返る。開いていたノートを閉じると慌てて下校の支度をした。

 夕暮れの帰り道。女子寮まで送ってくれるルーカスと肩を並べて歩くも会話がなかった。
 私が変な反応したから、声をかけにくいのだろうか。申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、どうにも彼を意識して緊張してしまう。

「るっルーカスは進路とか決めてる?」

 何気ない問い掛けをする声が少し上擦っていたのはご愛嬌だ。さっきからずっと心臓が落ち着かなくてどうにも平常心に戻れないんだ。

「…大学校へ進学するつもりだよ。魔法魔術学校では学べない分野を幅広く学びたいんだ」

 優等生らしい返事が返ってきた。ルーカスらしい進路である。
 最高学府である大学校は学習意欲のある優秀な人が進む場所だ。彼にはピッタリの環境じゃないだろうか。

「私はね、動物と関わる仕事がしたいなと思っているの」

 これは入学前から何となく考えてきたことだ。……だけどまだ漠然としていて、具体的にはなにも定まっていない。調べたりとかはしているけど、現場を見ていないので想像がつかないというか……

「リナリアなら専門機関からスカウトされると思うよ。動物だけでなく、魔獣相手にも通心術士の才能は活用できるだろうから重宝されると思う」

 曖昧な未来を思い描く私にルーカスはそんなことを言った。
 不思議、彼が言うと本当にそうなりそうで自信になる。不安が消えて何とかなると思ってしまう。
 私はへらっと笑うことで返事をした。

 ──将来、私たちは別の進路へ進むだろう。
 大人になればこうして隣り合って歩くこともなくなるだろう。それが寂しくて、なんだか胸が苦しかった。

 なぜだろう。以前ならルーカス相手に緊張することなんてなかったのに、今は彼の隣にいると心臓が破れそうなほど痛い。


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