リナリアの幻想 | ナノ

かわいいワンピースとつぎはぎのスカート

「──先生やクラスメイトに色仕掛けねぇ……そういうのって大抵自己紹介になるんだけど」

 淡々とした声にビクッとしたのは私だけじゃない。目の前の女子たちもだ。
 角からヌッと現れた青白い顔の彼女は金色の瞳を眇めて獲物を狙うかのように女子たちを見つめていた。

「あなた達、先生に色仕掛けして失敗したの?」
「違うわよ! 何よ、急に!」
「なんで私達がそんなことしなきゃならないの!」

 プロッツェさんの問いかけに彼女たちはムキになって否定していた。

「ムキになるとますます怪しいわよ」
「違うって言ってるでしょ!?」

 立場が逆転しているように見えるのは私の気のせいだろうか。

「あなた達も薬学追試組だったわよね、それで追試も不合格だった」
「だ、だから何よ」
「ブルームさんはね、できない科目は徹底的にやり直しているの。それにクライネルト君が手を貸す事もあるけど、合格できたのはブルームさんの努力の結果なのよ。……あなた達はどうなの?」

 表情の乏しいプロッツェさんが今どういう感情なのかは読み取れないけど、彼女が私の味方をしてくれているのは確かだ。

「何を妬んでるのかは予想してるけど、みっともないから止しなさいよ。わからないなら自分から先生やクライネルト君に聞けばいいのに」
「なによ、あんたには関係ないでしょ!」

 反発してくる女子は図星を突かれたようだ。
 ルーカスは高嶺の花みたいな雰囲気があるから声をかけたくてもかけられないのかも。でもそれを私に当たられても、正直困る。

「悪意持ってブルームさんに攻撃魔法かけた子がどんな処遇になったか忘れたの?」

 いつも通り話しているはずなんだけど、プロッツェさんの言葉がやけに重く聞こえた。

「ブルームさんはブルームさんだし、あなたはあなた。別の人間なんだから違って当然でしょう」

 そう言われた女子たちはぐっと口ごもった。中にはスカートをギュッと握る子もいた。
 …よく見たら、彼女たちは使い古してクタクタになった洋服を着ていることに気付いた。あて布で補修していて所々ツギハギになっている。
 私は両親が買い直してくれた自分の新品ワンピースを見下ろしてちょっとモヤつく。……この子達、新しい洋服を買ってもらえてないのかな?

 ──プロッツェさんは、目の前の彼女たちから何かを感じ取っているのだろうか。

「そういうのってどんどん激化していくから、今のうちに心の整理したほうがいいと思うわ」
「っ…余計なお世話よ!」

 女子たちはキッと睨みつけると、その場から逃げるように去っていった。
 
「プロッツェさん……」

 私はなんと言えばいいのかわからず、彼女を呼んだ。ちらりと目だけこちらを見たプロッツェさんはやはり淡々とした表情のまま。

「美人って大変ね。気にすることないわよ、ただの嫉妬だから」
「えと、ありがとう」

 おずおずとお礼を言うと、彼女の口元がほんの少し緩んだ気がした。
 ……いま、微笑んだ?

「あなたがくれたお菓子とお茶のお礼よ」

 だけど一瞬のこと。
 次の瞬間には彼女はいつもの真顔に戻ってしまっていた。


◇◆◇


 魔法魔術学校は大きく二つの校舎に別れている。
 上流階級の生徒たちが学ぶ特別塔と、平民身分生徒の一般塔。同じ魔力持ち、魔術師の卵とはいえ、そこははっきり区別されている。
 身分も理由の一つだが、その双方では履修範囲に大きな差があるため完全に分けられている。

 両者が交わることは稀。あるとしたら入学式や卒業式、そのほか交流パーティ等であろう。生まれも育ちも異なる両者はどう頑張っても解りあえない。
 余計な争いが起きぬよう、互いの敷地内には足を踏み入れてはいけない決まりである。

 私も入学当初に先生から厳命されていたので絶対に近づかない。
 正直、貴族達は平民を使い捨て駒のように思っていそうな節があるし、触らぬ神に祟りなしである。

 ……それなのに、どこからどう見ても貴族なお嬢様が出入りしているという噂が最近まことしやかに囁かれている。
 一般塔に貴族の姿。お互い干渉しないようにって校風なのにどこの誰が決まりごとを破ってるんだろう。

 その令嬢は決まって、とある人物に話しかけているとのことだった。


「そういえばその黒曜石のブローチはどうしたの?」

 恒例の放課後個人練習中に、ルーカスからブローチのことを指摘された。私は左胸元につけている例のブローチを見下ろし、指で撫でる。

「これはおしゃれじゃなくて誘拐時の追跡のために、魔法省の役人さんがくれたものよ」
「……誘拐?」

 突然出現した不穏な単語にルーカスはその秀麗な眉をひそめていた。私は簡単に入学前に起きたあれこれを説明してあげる。それに付け加えて国中で起きている魔力もち平民少女失踪事件についても。

「不気味でしょう。まだ入学前で、どれだけの技量かもわからないのに養女にしたいとか言ってくる人なんて。しかもその時私は自分が魔力持ちだとは知らなかったのよ」

 貴族になりたいというわけじゃないから、お父さんがきっぱり断ったけどね、と話を終わらせるも、ルーカスの顔は先程よりも険しくなっていた。

「ハイドフェルト子爵家の次男……養女……」

 なんかぶつぶつ言っている。もしかして知り合いだったりする? ルーカスって家の関係で貴族様と交流が深いみたいだしどこかで会ったことあるのかな。

「ルーク」

 難しい顔で思考している彼の愛称を誰かが呼んだ。
 私とルーカスが同時に同じ方向へ顔を向けると、黒髪の貴族令嬢がそこに佇んでいた。
 いつの間に。全然気配を感じなかった。……今の話、もしかして聞かれていた? 別にいいけどさ。

 広い広い実技場に現れたのは、ルーカスの幼なじみのドロテア・フロイデンタール様だった。彼女は微笑みをたたえて、ルーカスの目の前まで近づいてきた。…彼になにか用でもあるのだろうか?
 
 ……みんなが囁く噂は本当だったんだな、貴族令嬢がルーカスに会いに来ているって。

「ルーク、これから一緒にお茶でもしませんこと? 個室サロンの予約を取っておりますの」

 サロン? なにそれものすごく貴族っぽい響き。
 あっちの施設のことは全く知らないけど、やっぱり一般塔とは差別されて作られているんだろうなぁ。寄付金とかえげつなさそうだし。
 彼女からのお茶の誘いにルーカスはどう答えるのかなと思った。私の魔法指導より、心許した幼なじみとの語らいの方が彼にとって楽しいのかもなぁ。

「いや、僕は一般塔の生徒だからそっちには行けないよ。せっかく誘ってくれたけどごめんね」

 ルーカスはあっさりお断りした。考える間もなくスパッと一刀両断である。
 …まぁ、決まりだから仕方ないよね……

「あなたは特別よ。本来ならわたくしと同じような立場なのだから」

 しかしドロテアさんも諦めなかった。
 彼女にとってルーカスは貴族同然らしい。確かに何代か前までは貴族と縁組みしていたクライネルト家だから、貴族の青い血を受け継いでいるのは確かなんだけども。

「駄目だよ。こういうのはハッキリさせておかなくては。君は貴族で、僕は平民だ。分別はしっかりしないと」
「あなたは平民なんかじゃないわ! クライネルトのおじ様達が叙爵を幾度となく断るから仕方なく平民身分なだけであって……あなたには貴い血が流れているのよ!」

 冷静さをなくしたドロテアさんが語調を荒げるものだから、私は驚いてビクッとしてしまった。
 ルーカスはといえば、彼女を見て難しい顔をしているだけだった。

 ──そして部外者な私は二人を見比べてオロオロするのみ。
 なんだなんだ急にどうした。修羅場か。


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