リナリアの幻想 | ナノ

ズルは良くない。

 ルーカスが作ってくれた薬は効き目抜群で、一晩の内に髪を一気に伸ばしてくれた。むしろ伸びすぎて医務室の先生に長さを整えてもらったくらいである。
 治癒魔法では治しきれなかった部位も苦い薬で完治した。火だるまになって瀕死状態になったとは言えないくらい、元通りに回復した私は学校に復帰した。

 入院中にお見舞いに来てくれたイルゼが教えてくれたけど、私を半殺しにした子は1ヶ月の魔法禁止措置と謹慎処分と罰則を与えられたそうだ。
 この学校では学生側の都合で退学はできないと、前にルーカスに聞かされたけど、素行に問題のある生徒を学校側が見放して退学処分になることはあるのだという。それは稀だけど、人知れず退学していく人もたまにいるそうだ。

 あの時同級生の彼女は、自分の意思で私へ攻撃をしかけた。
 私が苦しむ姿を見て楽しんでいたんだ。もしも私が命を落としていたら彼女は即刻退学処分になっていたことであろう。
 魔法を玩具のように扱った彼女は先生方にみっちり説教を喰らった上に、保護者にも連絡が行ったとかでかなり厳しい処分が下ったとか。

 私は彼女を庇ったりはしないし、彼女のした事を許すこともない。
 今回の事で反省して、二度と人に害を加えないようになってくれたらいいけど、こればっかりはわからない。
 同じクラスだから謹慎明けにまた顔を合わせることになるだろうし。なるべく接触を持たないようにしようとは思うけど……憂鬱である。


「はい、これ。お母さんが友達と食べなさいって持たせてくれたの。ルーカスにもあげるね」

 お母さんに沢山持たせられていたお菓子と紅茶缶を、読書しているルーカスの席に置いた。それと私を見比べた彼は大きな目でぱちくりとまばたきしていた。

「……ありがとう」
「これ隣の国で人気のお菓子なの。おやつにしてね」

 本にしおりを挟んで閉じたルーカスは机の上に乗ったお菓子をまじまじと見つめた。

「へぇ、エスメラルダのお菓子なんだ」
「この辺では流通していないのかしら? 食べたことない?」
「ないね、多分王都の店には売ってないと思う」

 そうなんだ!
 おぼっちゃんなルーカスが知らないお菓子をおすそ分けできたことに私は内心優越感を覚えていた。喜びを隠しきれない私がにやにやしていると、ルーカスが訝しんでいたので慌てて真顔に戻す。

 ルーカスはいつも本読んでるし、自分のことを開けっ広げに話すこともないから、お高く止まっていると誤解されているけど実際にはそんなことない。
 こういう風に彼の新しい一面を知ると、私はますます仲良くなれたような気がして嬉しくなるんだ。

「おいクライネルト、こいつと喋っていたら落ちこぼれがうつるぞ」

 ほのぼのーとしていた空間に邪魔者が割って入ってきた。意地悪な男子である。どこまでも私をこき下ろさなければ気が済まないらしい。
 私は聞こえない振りをして無視しようとしたけど、ルーカスは違った。

「それは違うな。君が知らないだけで、リナリアには他と違う才能がある。そうやって人を見下して慢心していると、いつかは君が見下される立場になってしまうから止めておいた方がいい」

 ルーカスは面と向かって意地悪男子の言葉を否定した。そう返ってくると思ってなかったらしい男子はピキリと固まる。
 それから数秒おいて返された言葉を理解したようで、苛立たしげに顔を歪めた相手は椅子に座っているルーカスを睨みつけていた。

「女の前だからってカッコつけてんのかよ」
「…だったらどうだって言うんだい? 君のやってる事よりは余程格好良いと思うけど?」

 微笑みをたたえて吐き捨てられた言葉に男子は口をモゴモゴさせていた。
 やっと声が出るようになったのかと思えば、「うるせぇ! ガリ勉女男!」と吐き捨て、ドカドカ足音を立てて何処かへと消え去った。

 誰かとやり合うルーカスを見たことがなかった私は目を丸くして唖然としていた。
 そんなことしたらあいつらはルーカスにもイチャモンつけてくるようになるんじゃって不安になった。現に私を庇ってくれるイルゼは意地悪なクラスメイトから嫌味を言われてはバチバチやり合うことも多い。

「大丈夫さ。なにかあっても、僕は実力でねじ伏せてみせるから。君は自分の事だけを心配するといいよ」
「うっ…」

 人の事よりまず自分だろ、と言外に言われて私は唇を噛んだ。
 正論なので何も返せなかった。悔しい。


◆◇◆


「ブルームさん! ちょっと待って!」
「……?」

 薬学の授業を終えた私が魔法薬学室を出ようとしたら、先生に呼び止められた。
 なんだろう、今日の課題である喉薬の出来についてチクリと言われるのだろうか……。と恐恐していると、先生は胸の前で指を組んで女神様にお祈りするポーズをしてみせた。
 なぜ急にお祈り? と困惑していると、彼は懇願するように言った。

「アンチークをもう一度咲かせられないかな?」

 その言葉で私は急速に冷静になる。

「……先生、なかなか手に入らないからってズルは良くないと思います」
「そんなこと言わずに、試しにもう一度だけでいいから!」

 何をどうしてそんなにあの不気味な花を欲しがっているのか。私もこの間煎じたアンチークを飲んだ立場なので、その効き目は体感しているけども、ズルは良くないと思う。

「私に頼まずとも、先生が咲かせてみせたらいいじゃないですか。私よりも上手に咲かせられると思いますよ」

 言っておくけど、私の魔法は安定していないんだ。願ったとして咲かせられる保証はないし、一度聞いたら二度目三度目もあるだろう。こういうのはやっぱり良くないと思う。

「先生は土の元素の要素持ちじゃないから、植物の生成には弱いんだよ。試しにやったけど駄目だった……生えてきたのは雑草さ」

 薬学の先生はがくりと項垂れていた。既に実践済みだったらしい。
 それはそうか。元素たちは何でも屋ではないし、そんなことしたら生態系が乱れるものね。

 先生には、問屋に入荷するのをおとなしく待つべきだと説得してから教室を出る。廊下では女子が数人たむろっていた。
 教室に用でもあるんだろうか。もしかしたら先生に質問しにきたのかもと思った私は邪魔にならぬよう彼女たちの脇を通り抜ける。

「先生に色仕掛けしたの?」
「……は?」

 まさかの呟きを拾った私は耳を疑った。今の、誰に言ったの?
 彼女たちは目を細めてこちらを睨みつけている。まさかの私に対する問いかけのようだ。

「あなた前学期の薬学試験、追試受けて合格していたわよね」
「それは実力で……!」

 まさかの疑惑に私は慌てて否定する。
 ルーカスに作り方を見てもらって練習して、それで追試に合格しただけ。色仕掛けなんてそんな馬鹿な。私13歳だよ?

「顔が綺麗な子は得よね」
「最近はクライネルト君とも親密よね、出来ないふりをして守ってもらっているの? したたかな人ね」
「そんなわけ無いじゃない…」

 彼女たちの口ぶりだと、私は相当な悪女に見えるようだ。こっちは必死なのに何故そんなことを言うんだろう。この間の火だるま事件もだけど、私そんなに目に余ることしてるかな?

 私は色仕掛けなんかしてないし、わざと劣等生のふりをしている訳じゃない! 

 反論したいのに、怒りと屈辱でぐちゃぐちゃになった私は上手く言語化出来なかった。拳を握りしめて黙り込む私を見た彼女たちは溜飲を下げた様子。

「可愛いと思ってそんなワンピース着てるの? 言っとくけど全然似合ってないから」
「子供っぽくてダサいしそういう服着るのやめたら?」

 そんなことない! お父さんもお母さんもイルゼも可愛いって言ってくれたもの!
 なんでこの人たちに着ている服のことまで言われなきゃならないの!


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