運命の相手と言われても、困ります。 | ナノ

鬱憤の先【マージョリー視点】



 他人の結婚お披露目式の最中、わたくしはあの女の動向に目を配らせていた。見ていると苛つくけれど、気になって仕方がなかったのだ。

 今、あの女はハーグリーブスの娘の隣に立つ1人の貴族青年と会話していた。彼は確かカーティス伯爵家の子息……そういえば、あの女が仲を取り持って、交際するようになったとかそんな話を王宮のお茶会でされたような……

「今度、カトリーナと正式に婚約することになりました」

 カーティス伯爵子息の発言に驚いたのはわたくしだけじゃない。あの女も大きな目を更に大きく見開いて驚いていた。

「お早いですね。お付き合いはじめてまだ日が浅いかと」
「両親がカトリーナのような賢いレディを逃すなと急かすものですから」

 その言葉に照れくさそうに話す伯爵子息の隣に寄り添っていたハーグリーブスの娘は面白くなさそうな顔をしていた。

「あら、まるでご両親に言われたから、仕方なくわたくしに求婚したふうに聞こえますわ?」

 言い方が気に入らなかったようで、子どものようにいじけてみせていた。男性の前だからそう見せているのか、どこかあざとらしさを感じさせる。

「可愛いキティ、そんなつもりじゃないよ。私の真心を疑わないでくれ」

 苦笑いを浮かべた恋人から甘やかされるようにこめかみにキスされたハーグリーブスの娘は嬉しそうに微笑んでいた。

「許して差し上げますわ」

 頬を赤らめてうっとりすると、伯爵子息と見つめ合っていた。

 婚約という単語を耳にしたわたくしは眉間にシワを寄せた。
 あの小賢しいハーグリーブス伯爵の娘も婚約? 諦め悪く第3王子に想いを寄せていたかと思っていたのに……

 わたくしは親に売られるように後妻としての人生を送らなきゃいけないのに、あの女は望まれて求婚されたのだ。
 格下の女がわたくしよりもどんどん幸せになる。
 こんなことあってはならないことなのに。

「仔猫ちゃんですって! 愛称で呼び合うほど親密になられたんですね! それに比べて私の婚約者は」
「ぽ、ポリーナ……そんな目で僕を見ないでくれ……」

 そばにいた取り巻きと成り上がり貴族の男が囃し立てるように騒いでいる。
 ……成り上がりのくせに第3王子から目にかけてもらっているというあの男。お兄様が気に入らないといつも漏らしていた。
 図に乗らないようにと牽制しても、すぐに忘れてしまう図々しい男なのだという。

 これだから平民上がりは嫌いなのよ。
 わたくし達の場所に土足で踏み込んで汚していく。先達が築き上げてきた伝統や歴史を壊していく。

 目障りだわ。
 本当に目障り。

 自分の周りにいた取り巻きは離れていったのに、何故あの女の周りには人が集まるの。
 王子の妃にふさわしい器でもないのに、何故あの女が選ばれる。愛されるの…!

 わいわいと騒ぐ一行を眺めていたわたくしはどんどん自分が惨めになってきた。

 本来ならあの輪の中心にいるのはわたくしだったのに。
 誰も、わたくしを見ない。いないもののように扱っている。
 生まれの卑しいあの女ばかり見ている。
 
 あぁ、惨めだわ。


◆◇◆


 今や屋敷は居心地の悪い場所に変わってしまった。父も兄もどこをほっつき歩いているのかわからないが、家に寄り付かなくなっていた。
 屋敷にいると、母がじめじめしていてわたくしまで気鬱になってしまいそうだったので、気分転換に百貨店に出向いた。

 しかしただ見るだけだ。財力がないから買い物ができないのだ。当然ながら後払いもできない。
 前まではちやほやしてきた百貨店の店員は冷たく、誰も声をかけてこなかった。むしろ買い物しないなら帰れ、金のない客は客じゃないと態度で示されたのだ。

 わたくしの鬱屈は蓄積する一方だった。
 気分を変えるためにやってきたのに、不快な思いをさせれるなんて思わなかった。
 こんな店にいても不快なだけ。今後の利用はなしにしよう。

 くるりと踵を返して退店しようと小物売場を突っ切った。見る気はなくても、視界に商品が入り込んで複雑な気分になる。

 レースの施された日傘や、最新の手袋、丁寧な作りのハンカチ、様々な素材の扇子など婦人用の商品がずらりと並ぶそこ。以前はわたくしも贔屓にしていた。だけど今は手の届かないものになってしまった。
 現在使用しているものは流行から外れて、少しほつれが見えている。それを使っていると、周りから流行遅れだと視線を送られていそうで恥ずかしくなる。
 以前までは流行の最先端に立っていたのに、何なの今の体たらくは。何もかも家のせいだと叫び出したくなった。

「お祖母様はどんなものがお好きだろう」
「坊っちゃまの贈り物ならなんでも喜ばれますよ」

 そんな会話が聞こえたのは偶然か、必然か。
 ちらりと視線を向けるとそこには婚約者の愛人と、前妻の子息がいた。彼らは接客している店員に差し出された日傘を広げて、どれがいいかと悩んでいた。

「セイラはどれが好き?」
「まぁ、坊ちゃま。そんなこと言って私のものまで買おうとなさらないでください。そんなところまでお父様に似なくていいのですよ」
「なんだよ、つまんないの」

 遠目からみたら仲睦まじい親子に見える。
 その女は、愛人という立場であるにも関わらず、上等なドレスで身を包んでいた。上品で楚々としたデザインのそれは一流の職人が作ったドレスだろう。
 子爵は……わたくし達には節制を促すくせに、愛人には高級ドレスを着せているのか。付けている耳飾りや胸元のブローチだってそうだ。いい作りの一級品だとわかる。

 わたくしは型落ちのドレスで我慢しているっていうのになんなの…!

「あ…」

 視線に気づいたのか、子爵の息子がわたくしを認識した。
 彼は警戒するような眼差しでわたくしを見てくる。生意気なその視線を不快に感じていると、愛人もわたくしの存在に気づいたようだった。
 相手が上の者に対する礼をしてきたので、ここで無視するわけにも行くまい。

「ごきげんよう…」

 わたくしが声をかけると、愛人の女はにっこりと愛想よく笑いかけてきた。

「お嬢様もこちらでお買い物ですか? 偶然ですね」

 天気の話でもするように、愛人の女はわたくしに問いかけてきた。
 だけど今のわたくしにその質問は禁句だった。

 蓄積した鬱憤が自分の中で爆発してしまった。そうなればもう抑えられない。目の前にいるのは格下の存在だ。
 耐えきれなくなったわたくしはずかずかと大股で愛人に近づくと、持っていた扇子を振り上げた。
 バシンと打撃音が響いたあとに、女はべしゃりと床へ倒れ込んだ。

「このっ下賤が! わたくしに対して何たる態度を!」

 それは嫌味か! わたくしの家が火の車で、金銭的援助を理由に結婚することを知った上でそのような発言をするのか!
 
「お、お嬢様、あの、私、なにか失礼を?」

 赤くなった頬を手で抑えた愛人は愕然としていた。状況がわかっていないようである。
 この女──…一途で健気な愛人を演じているだけで、実は強かな女なのだろう。
 わたくしの存在を煙たがっていて、どちらが立場が上かをはっきりさせるため、今から生意気な態度を取ろうとしているのだ。

「存在自体が目障りなのよ!」

 気に入らない。何もかも気に入らない!

「いいこと、わたくしが嫁いできた暁にはお前なんか追い出してやるから! 身の程を弁えて怯えて待っているがいいわ!」

 結婚してしまえば、どちらが立場が上かははっきりする。
 顔合わせの際に子爵はあぁ言っていたけれど、だからといって黙って言うとおりにしてあげる筋合いなどない。
 わたくしが子爵家を掌握して、邪魔な愛人は追い出してやるわ…!
 元の生活を取り戻すため。
 わたくしの立ち位置を確かなものにするために…!

「何をするんだ!」

 ばっと黒い影が間に入り込んだと思ったら、子爵の息子だった。
 まだ少年の域である彼はわたくしよりも小柄だ。睨まれても全然怖くない。生意気な義理息子は早い内に寄宿学校に入れてしまえばいいでしょう。…この子、反抗的で邪魔になりそうだし。
 ギロリと睨み返すと、まだまだ親の庇護を必要とする子息は怯えた表情を見せた。

「怖っ」

 そんなつぶやきが聞こえたのはどこからであろう。

「あれってモートン侯爵家の……」
「火の車で……」

 …噂されている。皆、わたくしの家の窮状を知っていて、陰でコソコソ噂しているんだわ。
 愛人を殴ったことで少しはスッキリしたはずなのに、また新たに怒りが湧いてくる。

「何事だ!」

 見世物状態になっているこの場に飛んできたのは子爵だった。
 彼はわたくしをみて怪訝な表情を浮かべ、未だに床に座った愛人を庇う息子を見て血相を変えていた。

「セイラ、エーミール、何があったんだ」
「父上! この女が突然セイラを殴ったのです!」
「……マージョリー嬢、どういうことなんだ」

 子爵の問いにわたくしは口を閉ざした。
 もうやけくそだったのだ。
 もともと親が決めた契約結婚。望んで婚姻するわけじゃない。
 最初から子爵に従うつもりはなかった。

 だから相手の叱責を受け止める気もなかった。

「…別に? 彼女の頬にハエがたかっていたから払ってあげただけですわ?」

 ハッと鼻を鳴らして笑うと、子爵は不快そうな顔をしていた。
 子爵は勘違いしている。わたくしは選ばれし貴族で、愛人は労働階級の平民なのだ。その前提を無視するからこのような状況に陥るのだ。
 どちらが特別であるか区別するべきなのにそれを破ってわたくしを蔑ろにしようとするそちらが悪い。

「セイラはただ、お買い物に来たのか、偶然ですねと声をかけただけなのに!」
「……そうか」

 はぁ、と諦めたようにため息を吐き出した子爵はじろりとわたくしを睨みつけると、低い声で威嚇するように吐き捨てた。

「……後で正式に抗議させてもらう」

 その言葉に私が動揺しなかったかといえば嘘になる。
 だけど、すこしホッとしたのも事実だ。

「さぁこのままじゃ痕が残ってしまう、宿に戻って顔を冷やそう」

 子爵が愛人の手を取って立ち上がらせると、愛人はふらついていた。

「ですが、今日は奥様のお母様宛の贈り物を」
「日にちがずれ込んでもあのお方は怒ったりしないさ。エーミール、馬車を入り口に回すように従者に指示してきてくれ」
「はい!」

 彼らは負傷した愛人の手当を優先することにしたらしい。
 切り替えたら早かった。わたくしの存在を消し去ったかのように足早にその場から立ち去っていく。

 その場に残されたわたくしは、一部始終を見ていた人間に好奇の視線を送られていた。その視線があまりにも不躾で腹が立ったので睨み返すと、慌てて視線をそらされた。


 自分で整えるようになって不格好になった爪をぎりりと噛みしめる。苛つくたびに噛みつくクセが付いてしまって、爪はもうぼろぼろだ。
 わたくしがみすぼらしくなっていくにつれて、“あの女”はどんどん輝きを増す。何故こうも対照的なの。
 わたくしの居場所を奪ったあの女が憎い。排除したい。──光り輝くあの場所がほしい。

 こうなったらどんな手段を使ったとしても、わたくしにふさわしい相手との縁を結ばなくては。
 ……気に入らないあの女を蹴落とさなければ。

 これまでに何度か仕組んだけれどどれも失敗に終わった。もう人を使う余裕もあまりない。
 わたくし自らがトドメを刺すしかないようね。
 そうだ。事故死を装って、あの女を始末してしまおう。

 ベラトリクスが失敗した手段を避けて、事故死だと思われやすい方法で、あの女を亡きものにすれば第3王子の婚約者の座は空白になる。
 そしてわたくしがその場に収まれば全ては丸く収まるのよ。


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