全てを持って生まれた【マージョリー視点】
『婚姻後は支援するが、そちらも節制を心がけ、現金化できるものは売却するように。私はあなた方の贅沢を支えるために存在するわけじゃない』
婚約者である子爵から言われた言葉に、両親や兄は陰で悪態をついていた。
『生意気な、子爵風情が!』
そう、身分ではわたくし達の方が上だ。
本来であれば子爵が侯爵位の人間に物申すなどあってはならないこと。
しかし、わたくし達には彼の援助が必要だった。
彼のご機嫌を損ねてそれが取りやめになることだけはなんとしてでも避けたかったのだ。
債権者の取り立ては連日やってきた。
金品を全て巻き上げられたあとは家にあるもので現金化できそうなものを没収された。絵画や美術品の壺からはじまり、家具やカーテン、絨毯にも手が及んだ。
そこには母が嫁入りの際に実家で用意してもらった鏡台や、形見の宝飾品も含まれており、それには母が泣き叫んでいた。人目憚らず、債権者に縋って「それだけは」と懇願しているが、そんなのお構いなしに次々に運び出される。
わたくしの私物も同様だった。しかしわたくしは母のように騒ぐことはしなかった。
みっともないことをしたくない。今の母の姿は哀れで情けない姿に見えるだろう。同じことをして品格を下げるな。自分の誇りを捨てるなと言い聞かせていたのだ。
王都にあるタウンハウスも売り払ったし、領地にある私有地も全て売り払った。しかしそれでも負債は残った。
仕方なくドレスも売ったけど、型落ち品としてしか扱ってもらえなかった。
使用人に対しての給金支払いも停滞しており、使用人がごっそり減った。
手入れされない屋敷はどんどん荒廃していき、あっという間に我が家は没落寸前にまで陥っていたのだ。
そんなわたくしのもとにとある人物から結婚式の招待状が届いた。
……その花婿はわたくしと最初に縁談が進んでた相手だったが、我が家の困窮ぶりにあっさり鞍替えした侯爵位の子息だったので複雑ではあったが、社交として割り切って式に参列したのだが……
「なんだかごめんなさいね、横から略奪したみたいな形になってしまって」
本日の主役である花嫁にそんなことを言われたわたくしは、ピキッとこめかみの血管が引きつったものの表情には出さぬよう努めた。
「巡り合わせというものがありますもの。ただ単にご縁がなかっただけですわ」
わたくしが負けたかのような言い方はよしていただきたいわね。自分が侯爵位の男性に嫁ぐからってわたくしと同じ立場に立ったつもりなのかしら。
「それにしてもあなたにしてはずいぶん古い衣装なのね……よほど資金繰りに困っておられるのかしら?」
「……」
豪華な花嫁衣装に身を包んだ花嫁は、今までの仕返しだと言わんばかりに嫌味を言ってきた。
わたくしは扇子を握りしめて、爆発しないよう抑えた。
流行のものが手に入らないのは否定できない。
我が家にはお金がないのだもの。誰も商品を売ってくれないわ。貸し倒れされるのは目に見えているから。
あれだけおべっかを使っていた外商も来なくて久しい。我が家はもう泥で出来た船に乗っている状況なのだ。
「そうだ…あなたも嫁ぎ先が決まったそうね? 式には呼んで頂戴」
本来であれば今日この場で一番美しいはずのその女は意地の悪そうな顔を隠さずに嘲笑っていた。
わたくしが後妻として格下の子爵に嫁ぐことを知っているから、それがおかしくてたまらないのだろう。
生意気なこの女の顔を張り倒してやりたい衝動に駆られたが、わたくしは自分を律した。
ここで問題を起こせば、状況はますます悪化するだけ。
今を乗り切るのだと自分に言い聞かせて、彼女に笑いかける。
「えぇ。忘れていなければ招待させていただきますわ」
今わたくしが何かを言ってもただの負け惜しみに受け止められるだろう。だから無駄なことを言わずに、彼女から離れた。
あぁ、気分が悪い。
付き合いがあるから仕方なく来たけど、本当は行きたくなかった。
おかしな話だ。どの貴族にも陰で笑われ、そっぽ向かれてるというのにこの期に及んで付き合いなど考えなくてはならないなんて……
「殿下だ!」
「まぁ、なんて麗しいんでしょう」
憂鬱な気分で壁際に立っていると、ワァッ…! と招待客が賑わった。王族のどなたかが招待を受けて来たのかと視線を送ると、そこには第3王子の姿があった。
「陛下の名代でお祝いに来てくださったそうよ」
「ご覧になって…レオーネ嬢の輝かんばかりのお美しさ。先日目にしたときよりも更に美しさに磨きを掛けて…」
「なんてお似合いなんでしょう。目の保養になりますわね」
王子の隣には付属品のようにあの平民上がりがくっついていた。
流行のドレスに身を包んだあの女は会場内で1番輝いていた。主役の花嫁よりも美しく、視線を独り占めにしていた。
王子は宝物を扱うかのようにあの女を大切にエスコートする。時折目が合えば、言葉もなく微笑み合うふたりの空気は特別で、誰にも入り込めない雰囲気がある。そんなふたりを見ていると、腹の底がジリジリと焼け付くような嫌な気持ちになった。
「結婚おめでとう。陛下の名代でお祝いに来させて貰ったよ」
「ご結婚おめでとうございます」
「あ…はい、こちらこそお越しいただきありがとうございます……」
彼らが本日の花婿と花嫁に結婚のお祝いを述べると、結婚したばかりの主役たちはお互いにゲストに見惚れるという失態を犯している。
間抜けに惚けたその姿は滑稽で、わたくしは離れた場所でそれを見て溜飲を下げた。
ふたりのもとにはたくさんの来場客が挨拶していた。同じゲスト側ではあるが、相手は王族。おこぼれに預かりたい気持ちの貴族が多いのだろう。
挨拶にやって来る人々に社交辞令を交えた挨拶返しをしていた彼らだったが、そこに特別親しい友人たちがやってくると、そこに輪ができて和気あいあいと歓談し始めていた。
「レオーネ様、この間はありがとうございました」
「あ…慣れないことばかりでなにか粗相してたらごめんなさい」
ハーグリーブス伯爵令嬢がなにかのお礼をすると、あの女は申し訳無さそうにしていた。
何の話をしているのだろうと聞き耳を立てていると、最近あの女の取り巻きになった小物が口を挟んだ。
「いいえ、レオーネ様はご立派にホストを務められておりましたよ! ただ、ご隠居様達がダンスパーティーへと勝手に進路変更させただけで」
「まさか招待してない人が来るとは思わなかったんです……しかも踊りだすとか…」
ホスト? ダンスパーティ?
あの女が開催したの? おかしいわね、そんな話は耳にしたことないけど…
「練習で、小規模なお茶会を開催したんですって」
「レオーネ様が主催で、限られた親しい方を招待なさって……」
疑問に思っていると、輪に入れないその辺の令嬢が噂をしていた。
なるほど。限られた人間だけを集めて、おままごとのようなことをしていたらしい。まぁそれも失敗に終わったような口ぶりだったが。
「型破りなお茶会でしたけど、とても楽しかったですわ。王族や公爵家、男爵家の皆様も参加されて、いろんな世代の方と親交を深められました」
「ですけど本当に驚きましたわ。ミカエラ様と同じ世代のおじいさまおばあさま達が再会に盛り上がってダンスし始めて、私達はたじたじだったけれど、昔のお話を伺えて興味深かったですわ」
庇われるように慰められていたあの女はなにやら悔しそうな顔をしていたが、両者の顔を見比べてぐっと拳を握った。
「やり直しで今度はちゃんとしたお茶会を開きます! あの…その時は来てくださいますか?」
仕切り直しをすると発言した後に不安そうに聞き返すあの女。
ハーグリーブスの娘と取り巻き娘はお互い顔を見合わせて小さく笑うと「もちろんですわ」とうなずいていた。
その光景を見ていると、胸の奥がモヤついた。
わたくしは全てを持って生まれてきたはずなの。
あの女に劣っている部分があるとすれば人並み外れたあの美貌くらいなのに。そんな美貌も高貴さには勝てないというのに。
平民の血が混じった下賤のくせに、何故あの女は受け入れられているのだろう。