運命の相手と言われても、困ります。 | ナノ

物欲がないのではなく、十分に与えられているからです。



 名実ともにステファン殿下の婚約者になった私は現在絶賛花嫁修業中だ。お城に滞在して授業を受けているのは今も変わらない。

 少し前まではただの町娘だった私が、今では王子殿下の花嫁として使用人に傅かれ世話をされている。もしも今そのまま実家へ送り返されたら私はなにもできない駄目人間になってしまうんじゃないだろうかと不安になることもある。
 でも彼らの仕事を奪ったら、使用人達が無職になるのだという。だから私はおとなしくお世話されなきゃいけない立場なのだと弁えるしかない。

 フェルベーク公爵家へ養女として入った私は貴族の仲間入りして、これからは上流階級の世界に足を踏み入れていくことになった。
 そう、私は貴族の令嬢になったのだ。
 だけどそれはお伽話のようなキラキラしているだけの世界ではない。表向きは華やかな王侯貴族達だが、腹に一癖も二癖も抱えて、自分の有利になるように動き回るのが彼らだ。私の一挙一動、発言の一つで足を引っ張られることもある。ステフの立場が悪くなることは避けたい。

 いつまでも町娘、平民気分でいてはだめだ。
 当初は運命の相手として選ばれたことに難色を示していた私も、いろいろな経験をして学び、今では自覚と覚悟が生まれはじめていた。


 彼は相変わらず、学業に執務に仕事にと毎日忙しそうだが、私と過ごす時間を必ず作ってくれる。私をなによりも大切にしてくれ、私の顔に穴が開くくらい見つめては、愛を囁いてくる。
 再会した当初からそうしてくれたら私も怖がって避ける真似はしなかったのになぁと思うのはワガママだろうか。

 婚約者内定する前は花嫁の座を狙う人物によって命を狙われていたため、自由に外出なんてできなかった。だけど今は脅威が過ぎ去ったので、近場にデートで連れていってくれるようになった。

 とはいえ、近くに護衛もいるからふたりきりとは行かない。
 気軽に動き回るということは出来なくなったけど、それはもう仕方ない。それぞれ立場ってものがあるから。
 息抜きにこうして連れ出してくれるだけありがたいってものである。
 
 今回は王都の中心街へお忍びデートにやってきた。王族が平民に混じって散策してもいいのかな…と思ったけど、ステフはお忍びでよく市井へ紛れ込むのだそうだ。
 平民達の生活を学ぶために…が目的だそうだが、普通に歩いているだけですごく目立っているのであまり忍んでいないなというのが私の感想である。

 装飾おとなしめのワンピースドレスに身を包んで、ステフと街を歩き回っているとあちこちから視線が飛んで来る。
 やっぱり目立つなぁ。平民用の服を着ているにも関わらず、彼からは王子様オーラがバシバシ出ているもの。特に若い女性の視線は顕著である。絵姿が出回っているから、王子だとバレバレなんじゃないだろうか。

 こっちを見ながらひそひそ話する人の姿もあるが、それでも人が近寄って来ないのは睨みをきかせる護衛さんのおかげかな。
 今日は多くの国民の休日、そして中央広場で大きな催し物が行われるとの事で人通りが多い。人混みに飲まれぬよう、私は彼の腕にしがみつく。

「レオーネ、なにか欲しいものはある?」

 甘やかな瞳を向けられると、私の胸はキュンと高鳴る。あんなに怖かったのは何だったのか。今では目を向けられるだけでときめいてしまう。恋って不思議だ。

「いえ、特には」

 一緒にお出かけしているだけで楽しいから何も要らない。私は甘えるように彼の腕に抱きついた。
 はしたない行動かなと思ったけど、彼と街さんぽするのが楽しくて浮かれる気分が抑えきれないのだ。

「……困ったな」

 ポツリとステフが呟くので、私がちらりと彼を見上げると、彼は熱い瞳で私を見つめてきた。

「ここじゃ君にキスできない」

 ダンスパーティやら私の故郷やらで堂々とキスをしてきた人の発言とは思えない。とはいえ、私にも恥じらいというものがあるので、人前でするのは控えてほしい。
 一応今はお忍びデートだから目立つのは拙いこともあるし。
 熱くなる頬を誤魔化すために、彼の腕を引っ張る。

「向こうで大道芸が行われているそうですよ、行きましょう」

 彼の意識を逸らすために、催し物が開かれている広場に誘導する。
 広場のあちこちでは大道芸人がとっておきの芸を披露していており、人集りができていた。
 大道芸は子どもの頃に家族で観に行ったことがある。初めて見るものじゃないのに、ワクワクするのは多分隣で目を輝かせて楽しそうにする彼がいるから。

「ほら、レオーネ。飴細工だ」
「すごい、キレイ」
 
 ピエロの格好をした人が変わった道具を使ってお菓子を作っている。熱した飴を整えて、子供が好きそうな動物の形に固める。その動きはまるで魔法でも使っているみたいに見えた。

「そちらの美しいレディ、お花の飴細工はいかがかな?」

 ピエロは私に向けて声を掛けてくると、素早く花びらのような薄い飴を量産して、最後に一つに纏めていた。
 べっ甲色の薔薇の完成である。
 すっと差し出された私は素直に受け取る。ふわりと甘い香りが届いて、よだれが出てきそうになる。綺麗すぎて食べるの勿体ないな。

 そしてハッとする。
 いけない、販売文句につられてつい受け取ってしまった。購入しなきゃいけなくなったぞ。
 私こっちのお金持ってないのに。母国のお金ならあるけど換金してないという。こっちでお金を使う機会がない上に両替商の元に行くこともなかったんだ……
 危うく無銭飲食になりかけたが、ステフが素早くお支払いしてくれた。なんだかすみません……

「あの、両替商に寄っても?」

 お金返さなきゃと思って、寄り道を頼むと、ステフは「返さなくていいよ、私に格好つけさせてくれ」と言われた。

「ただでさえレオーネは物欲がなさ過ぎて、何もおねだりしてくれないんだ。飴細工の1つや2つ、全然負担にはならないよ」
「先日私にドレスや宝石を大量に購入された方の言い分には聞こえませんよ」
「あれは必要経費だ」

 どの口が言うのか。
 この人は個人資産を私に全てつぎ込んでるんじゃないかってくらいお金を使う。いつか底をつきそうで怖いのだけど、彼はどこ吹く風だ。


 人間の的にナイフを投げたり、大きな玉に乗ったまま、火のついたピンを投げてみせる芸を鑑賞した。隣にいるステフは面白いくらいに表情を変えていて、彼を見ている方が私は楽しかった。
 どれも彼には目新しく映るみたいだ。芸から目が離せない様子で、齧りついている。まるで子どもみたいだなと彼を盗み見していた私は小さく笑った。

「すごいな、人間離れした技だ」
「彼らは芸でお金を頂いて生活してますからね」

 生きるために命がけですよ、と私が言うと、彼は「生きるというのは大変なことだな」としみじみ呟いていた。
 
 体が弱かった幼い頃の彼は、外に出ると発作が出るため、城どころか居室からあまり出てこなかったという。そして成長してからも立場もあって自由には出歩けなかったステフは狭い世界だけでなく、外のこともを知ろうとしている。
 それは恐らく、自分のためであり、民のためでもあり、平民出身の私のことを理解するためなのだと私は知っている。

 正直、彼の求婚を受け入れたあとも彼の手をとってもいいのか、果たしてうまくいくのかと不安が付き纏っていた。もしも生まれ育ちの違いから互いの心が離れてしまったらどうしようと。
 だけどそんな不安とは裏腹に、子ども時代のかわいい初恋は更に想いが大きくなって、知らなかった彼のことを知るたびに近づき、更に想いが募っていく。

 私は彼にふさわしい花嫁になりたいと思うようになった。
 彼が恥をかかないように、元平民だって後ろ指をさされなくなる位の貴婦人になりたい。

 私は彼の一番でありたい。
 彼のそばに居続けるのは私でありたい。
 彼のことをもっと知りたい。
 もっともっと愛されたい。

 私はステファンという一人の男性を心から愛しているのだ。


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