運命の相手と言われても、困ります。 | ナノ

もうひとりの獅子・前編【三人称視点】



 その娘は、自分こそがステファン王子の妃に相応しいと考えていた。
 年の頃も丁度良く、しかも王子本人からドレスを贈ってもらったこともある。間違いなく、他のどの娘よりも自分が彼に気にかけてもらっていると自信があった。
 当然周りへの牽制は忘れない。他にでしゃばるような娘がいたら、秘密裏に足を引っ張って二度と社交の場に出られないようにしてやった。

 いずれ公爵になるステファンの隣には公爵夫人となった自分が立つ。そう信じて疑わなかった。他の女が候補に上がれば潰せばいい、彼女にとってはそれだけの事だった。

 運命の相手を決めるという占いの場にヘーゼルダイン伯爵家の娘・ベラトリクスは着飾って参加した。
 そこで自分が指名されて、王子の隣に並んで立つものだと思っていた彼女は誰よりも自信に満ちていた。

『第3王子ステファン殿下の運命の相手は──髪は栗色、瞳は赤茶色、水の月の16日に生まれた獅子の名を持つ、貴族の血を受け継ぎし齢17の娘!』

 それなのに、一つ条件が当て嵌まらなかった。誕生日が該当しなかったのだ。
 すべて条件が当てはまった娘が注目の的となり、王子の視線もその娘に集中していた。ステファンの運命の相手は、男爵家の血を引く平民の娘・レオーネだったのだ。

 ベラトリクスは声を荒げた。平民が王子の妃なんてありえない、この占いは無効だと。そして実家の力を使って無理矢理花嫁候補になり、お城入りしたのである。


 どんな手を使ってでもふたりを結ばせない──ベラトリクスは自分の手を汚さないように裏で操作していた。
 自分の息がかかったメイドがレオーネの世話役になるように工作し、レオーネが城の中で孤立するようにさせた。

 世話は最低限にさせ、王子との接点がないように徹底的にすれ違わせて、外からの連絡を一切断ち切る。
 扱いがひどければひどいほど、レオーネが苦しんで城を出たがるものだと考えていた。

 ただ、ベラトリクスは一つ思い違いをしていた。
 平民育ちのレオーネは自分のことは自分で出来る人間であり、世話をされたり傅かれることに慣れていない。使用人の食事を提供されても彼女にとってそれが普通のため、嫌がらせにもなっていないことを。


 花嫁候補入りしてお城へ入った当日の晩、ベラトリクスはステファンと夕食をとった。
 レオーネのために用意していた席にはベラトリクスが座った。

 食堂に来ないレオーネを心配したステファンが、レオーネ付きのメイドに「なぜ食事に来ないのか、彼女に何があったのか」を尋ねるも「レオーネ様はお一人で召し上がりたいとのことです」と頭を下げるのみ。
 ベラトリクスはほくそ笑んだ。そのメイドは彼女の息がかかっている。本来レオーネに夕食への誘いがあったのに、メイドはベラトリクスへその情報を流した。手引きされてベラトリクスはこの席を手に入れたのだ。

 話によれば、レオーネも【運命の相手】候補になることに乗り気じゃなく、早く国に帰りたいとぼやいているらしい。
 それならば願い通りに国に返してあげよう。私が王子の妃として内定したらすぐにでも……邪魔者の他の候補者たちもいるが、敵にはならないと彼女は勝ちを確信していた。
 ベラトリクスはこのままステファンとレオーネを没交渉にさせて、一切の交流をさせないように誘導するつもりだったが、彼女の思い通りに行ったのはここまでだった。

 レオーネと会話できずに時間が過ぎていくことに焦れたステファンが我慢できずに行動に出た。
 それに加えて、ベラトリクスの息がかかっていない使用人が不審に思い報告したことで、レオーネの待遇が公に知られることとなり、子飼いのメイドは解雇された。

 王族の花嫁候補に対する扱い方ではないとステファンの逆鱗に触れたのだ。
 王城を解雇されたとなると、この国でメイドとして働くのは絶望的になるだろう。元レオーネ付きのメイドだった女は、解雇されて路頭に迷う事となり、影の雇い主だったベラトリクスに救いを求めて縋ったが、彼女はそれをあっさり斬り捨てた。

「お前など知りません」

 ベラトリクスは伸ばされた手を扇子ではたき落とし、汚らわしいものを見下ろすかのように顔をしかめていた。これまで言われた通りに仕事をしていたのに、無慈悲に切り捨てたベラトリクス。
 女はそれで自分が替えの効く捨て駒なのだと知った。でも今更遅かった。
 彼女は荷物をまとめて誰に知られることなく、ひっそりと王城を去ったのである。


◆◇◆


 それからもベラトリクスはあの手この手で妨害した。
 王子に連れられて食堂へやって来たレオーネに対してわかりやすく嫌味を言ったり、わざと会話に入れなかったりした。
 萎縮して食事をするレオーネを見たときは溜飲が下がった。あんな娘、顔がいいだけで大した存在ではないとベラトリクスは余裕だった。

 ──しかしそれが裏目に出てしまい、それ以降ステファンが食事の席に現れることがなくなってしまった。
 レオーネとステファンが別室でふたりきりで食事をしているという噂が出てきてヤキモキしていたベラトリクスは、レオーネと遭遇した際に圧力をかけることにしたが、そこにステファンの乳母であるヨランダが介入してきたことにより、不味い流れになってきたと悟った。

 しかもステファンがレオーネに沢山のドレスや宝飾品を買い与えたと聞かされたベラトリクスは平常心では居られなかった。
 彼は自分の瞳の色に似た宝石をたくさんレオーネへ贈っていたとか、一式だけでなくたくさん買い与えていたとか、流行最先端のドレスを買い揃えていたという報告を受けた彼女は苛立ちに任せて物を投げつけ、破壊した。

「お嬢様、落ち着かれてください!」
「おだまりっ! わたくしに口答えするんじゃなくてよ!」

 栗色の髪を掻きむしりながらヒステリックに怒鳴り付け、苛立ちを周りへ当たり散らしていた。
 それによって世話係が負傷したが、そんなのどうでも良かった。使用人は家具だ。壊れても替えがきく存在。
 彼女にとってこの世界は思い通りに、自分が一番でなければ意味がなかったのだ。


 負けじとベラトリクスからステファン宛てに贈り物を送ったり、お茶のお誘いをしてみたりしたが、彼は丁寧な手紙でお断りしてきた。贈ったものもそっくりそのまま返送された。

 彼はつれなかった。
 体の弱い第3王子。期待されない、スペアにもならない王子と侮られて、貴族たちにいないモノ扱いされていた彼は知らぬ間に力をつけて、王家を出たとしても渡り合える力を付けていた。
 王侯貴族の男児が通う名門寄宿学校へ進学した後、才覚を現し急成長を遂げた。独自の人脈を作り、事業を立ち上げ、個人の財産を築きあげた彼は無視できない存在に変わっていたのだ。
 将来は臣下に降りて公爵になることが確定しているステファンの恵まれた容姿も注目の的となることになり、一気に理想の結婚相手に変わったのだ。
 
 今の彼が利用できる人間であることは確かだ。だからベラトリクスはなんとしてでもステファンの妻にならねばならなかった。全ては輝かしい称号と打算の為に。
  美しい彼の隣にいてもいいのは、生まれも育ちも貴族育ちの自分。今最も勢いのあるヘーゼルダイン伯爵家の娘である私なのだと目を血走らせながら、レオーネを呪う言葉を吐き出した。

「運命なんて認めない……」

 城入りしてから、レオーネは大変貌を遂げた。垢抜けたその姿をみて誰が平民の娘だと思うだろうか。
 むしろこちらが正しい姿なのだと言わんばかりに美しくなった。

 そしてステファンもレオーネへ視線を向けていた。熱く焦がれているその瞳。明らかに彼は彼女に恋をしている。

 その目はベラトリクスには向かない。
 あの女がいるからだ。どうにかして消さなくてはとベラトリクスは焦った。
 彼女が新たな妨害策を仕掛けたのはすぐだった。


 なんとステファンが公務に向かうのにレオーネを連れ出して、継承予定の公爵領へ向かったというのだ。しかも泊まりがけで滞在予定だという。
 ベラトリクスには一切なんの誘いもなかった。それは他の候補者も同様なのだが、それは彼女のプライドをひどく傷つけたようである。
 自分が蔑ろにされた気分に陥ったのだ。

「レオーネ・クアドラを殺しなさい」

 ベラトリクスの箍が外れた瞬間だった。
 彼女は家から連れてきた侍女へそう命じたのだ。

 刺客を放ち、待ち伏せさせて襲撃して、レオーネを殺せ。ステファン王子以外は殺して構わないと命令した。

 しかし、彼女の目論見は虚しく、レオーネは無事生きて帰ってきた。
 意識をなくした彼女をステファンが大事そうに横抱きにして連れ帰って来たのを目撃したベラトリクスは扇子を両手で折って破壊した。

「流石は雑草ね。簡単には死なない」

 ゴミとなった扇子を捨てると、彼女はそれを踏み付け、苛立ちと共にその場を後にしたのであった。


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