運命の相手と言われても、困ります。 | ナノ

まるで姫の危機に助けに来てくれた白馬の王子様そのものに見えました。



 ガキィィンと音を立てて、相手の剣と私が持ち上げている椅子がぶつかり合った。
 重いだけあって頑丈な椅子だ。簡単には壊れないだろうが、その前に私の手がダメになるかもしれない。持ち上げられるが、振り回すほど軽いものじゃないのだ。このままじゃ私の肩が壊れるか、相手からの斬撃に耐え切れず、腕が使い物にならなくなるかも。

 だけどもう後には引けない。私は歯を食いしばって、私を殺そうと襲ってくる刺客目掛けて椅子を振り下ろす。

 私は死ぬためにこの国に来たんじゃない。
 ここで無様に殺されるなんて真っ平御免だ!

「このォ!」
「あっ!」

 私の抵抗に苛立ちを募らせていた刺客は、突く形で剣を私に仕向けてきた。このままでは串刺しになってしまうと察知した私は慌てて後ろに飛び退く。その際につい椅子を手放してしまい、それがドスンと芝生の上に落下した。

「レオーネ様!」

 丸腰になった私の姿を見たヨランダさんが、血相変えて抱き着いてきた。侍女達からももう止めてくださいと半泣きで止められた。周りでは騎士達が格闘中だ。今の時点で誰一人として欠けていない。
 これだけ騒げば王宮内から異変に気づいた誰かが助けに来てくれると思ったのに誰も来ないし!

「いたっ……」
 
 剣で突かれそうになった際、避けた拍子に服に掠って少し破けてしまった。少しぴりっとした痛みがあるけど、大きな怪我ではない。かすり傷だから大丈夫だ。
 ヨランダさんは止めてくれと言うが、戦わねば。
 抵抗しなきゃとは思っているんだけど、重い椅子を振り回したことで、肩に激痛が走る。手も痺れて言うこと聞かなそうだ。
 こうなれば、次は……

「ぐわぁあああ!」

 敵を睨みながら後ずさりをしていると、突然目の前の刺客が絶叫した。
 えっ? 時間差で私の攻撃が効いてきた? と呆気に取られていると、相手は前のめりに倒れて地面に突っ伏してしまった。

 その背後にいた人物を見て理解した。彼が私を守るために刺客を斬ったのだと。

「レオーネ!」

 持っていた剣をぺいっと投げ捨てると、彼は両腕を広げて私を力いっぱい抱きしめてきた。むぎゅうと抱きしめられた私は驚きに目を丸くして固まる。

「加勢するぞ!」
「残党がいないか探せ!」

 遅れて援護の騎士達が駆けつけたようで、昼下がりの暗殺事件は一気に鎮圧されて解決に向かっていた。
 ぎゅうぎゅう抱きしめられていた私の視界は王子によって塞がれているため周りが見えないが、王子が来たならもう大丈夫。安心していいのだとホッと体の力を抜いた。

「怪我は!?」

 危機迫った顔の王子に聞かれて私は「えぇと、肩が」としどろもどろに返した。

「怪我したのかレオーネ! どこが痛い?」
「だ、大丈夫です」

 お医者さんに診てもらいます。だから服を脱がすような真似をしないでください。

「かすり傷…むっ」

 話の途中なのに唇を塞がれた。ちゅっと軽くされたキスの後に、顔全体を啄むようなキスをされて、仕上げにむちゅっと唇に落とされた。
 私はぽかんと固まる。

 唖然と彼の顔を見上げていると、王子が泣きそうな顔をしているように見えた。

「無事でよかった、レオ」

 太陽の下で輝くステファン王子は、まさに物語の王子様よろしく、格好よく私の危機に駆けつけてくれた。
 あれれ、私一体どうしたんだろう。
 王子がキラキラ輝いて見えて、きゅんきゅんと胸がときめくんだけど。王子ってこんなに勇ましい人だったんだ……びっくりした。

 王子は私を腕の中に閉じ込めると、周りの騎士達へ厳しい声で命じた。

「私の花嫁になる女性を害そうとした愚か者は絶対に逃がすな。こやつらを生かして黒幕を吐き出させろ! 王宮に不審者を侵入させるなぞ、あってはならないことだぞ! 警備を見直せ!」

 あぁ、怒っている。敷地内に不審者を侵入させた件は王宮騎士達の職務怠慢として責められるべきだけど、私を守ってくれた護衛騎士達への叱責は勘弁してあげてほしい。
 私は叱られること覚悟の上で彼に懺悔した。

「すみません、応戦するのに紅茶ポットと椅子を破壊してしまいました」

 お城の調度品だもの。きっと高いよね。
 本当にごめんなさい。
 でもソーサーとティーカップは私じゃないんですよ。刺客がやりました。

「それはどうでもいい。何故こんな無茶をしたんだ」

 王子は私がいろいろ破壊したことを叱るつもりはないようだ。だけど、やっぱり敵に立ち向かったことについては黙っていられないようだ。

「黙って殺されてやるわけにはいきませんからね。……それに私のせいで人が傷つくのが嫌なんです」

 私のせいで怪我をした毒味役がいるのだ。
 その前には馬車を襲撃されて、戦って怪我をした騎士達もいる。
 私はどこまで行っても庶民。貴族様のように守られている立場ではないから、その辺を切り捨てて考えられないのだ。

 私の弁解になっていない言い訳を聞いていた王子はため息を吐き出した。
 流石に怒られちゃうか……やだなぁと凹んでいると、彼の口から飛び出してきたのは思わぬ言葉だった。

「成長して大人しくなったのかと思ったけど、お転婆なところは相変わらずなんだね」
「……え?」

 なんか意味深なこと言われた? 私が彼を見上げると、王子は苦笑いを浮かべながら私を見下ろしていた。

「それは……きゃっ!」

 どういう意味ですかと問う前に、私の身体は宙に浮いていた。
 いや、王子によってお姫様抱っこされていたのだ。

「あ、あの! 怪我といっても大したことないので!」
「ダメだよ、私が心配なんだ。おとなしくして」

 恐れ多いから下ろしてくれと訴えたが、王子は聞いてくれずそのまま部屋まで送られた。

「これから医師が来るから痛いところはすべて言うんだよ」
「はい……」

 ご丁寧にベッドに下ろされ、私はすっかりおとなしくなっていた。お姫様抱っこ運び…これはある意味罰なんだろうか。いろんな人に抱っこされてる姿見られたんですけど……

「レオーネ」

 名前を呼ばれて顔をあげると、再び唇を奪われた。

「んっ…!」

 しかも次はバードキスなんて可愛いものじゃない。王子の舌が口の中に入ってきて私のそれと絡め合わさってきた。──あのパーティの夜にされたキスと同じことをされたのだ。
 彼の熱い吐息と混ざり合うと、身体まで熱くなってきた。蠢く舌に翻弄された身体から力が抜けていくのを感じている。
  
「……私が付けた侍女や護衛から決して離れるな、彼らは信頼できる人間だから安心して頼るといい」

 唇を離した王子は、至近距離から私の瞳を覗き込みながら警告した。

「おそらくあいつらは何者かに手引きされて侵入してきた。警備の厳しい王宮内にあの人数で入るとなれば、容易いことではないからな」

 そしてまた私の唇に噛み付く。
 私の返事は要らないみたいだ。私は王子によってベッドに押し倒されると、激しくキスをされて気をどこかへやってしまいそうになった。
 飲み込めない唾液が口の端から伝うと、それを舐め取るように熱い舌が皮膚をなぞる。変な感じがしてびくびく体が震えた。

「で、んか」

 震える手で彼の胸元を握ると、王子は私の両頬を撫でながらギラリと睨みつけてきた。

「……名前で呼ぶんだ」
「…? ステフ……ステファン様?」

 言われるがままに彼の名を呼ぶと、王子はどこか泣きそうで苦しそうな顔をしていた。
 どうしてそんな顔するんだろうとぼんやり考えていると、再び唇を塞がれて考えることを止められた。──不思議なことに私は一切抵抗しなかった。彼からされるキスを嫌だとは微塵も思わなかったのだ。

 お医者さんを連れて戻ってきたヨランダさんに止められるまで、私は王子とキスを繰り返していた。


 診断の結果、剣による軽い切り傷と、重いものをぶん回した結果の関節炎だと下された。よって私はしばらく安静にするように命じられた。
 命は助かったとは言え、重い代償を支払う羽目になった。

 私、ここに来てから生傷絶えないんですが、無事生きて出られるのでしょうか。


◇◆◇


 私を狙って侵入してきた刺客は全員で4名。そのうち1人は王子によって成敗され、更にもう1人も騎士との格闘の結果、命を落とした。
 生き残りの2人は尋問にかけるために生かされていた。
 絶対に黒幕の名を吐き出させろとのステファン王子の命令によって、王宮地下の牢にいれられていた。
 彼らは関係者以外は立ち寄れない深部に閉じ込められていた。逃亡ができない場所で、厳重に。


 ──それは見張りが交代するために間が空く数10分の間の出来事だった。

 刺客が2人揃って死んでいるとの一報が入ってきたのはその日の深夜だった。
 検視の結果、毒を含んで亡くなっているとの見立てだった。遺体には嘔吐と下痢の痕跡があり、最終的に心臓麻痺で絶命したのが死因であると確認された。

 なお、刺客達が飲んだ毒の出所やどんな種類を飲んだのかは不明である。牢へ投獄する前に隅々まで身体検査をして危険なものを取り払った後だった上に、食事として与えておいた食器類はすでに回収洗浄されており、毒の痕跡を見つけられなかった。

 結局、私に向けて刺客を放った犯人の名はわからず、迷宮入りとなってしまったのだ。


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