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町一番の自惚れ美女【?視点】

 私は町一番の美女と呼ばれた。生まれたときから目鼻立ちが整っており、両親にそれはそれは可愛がられた。当然男の子にもちやほやされてきた。いつだって地味な幼馴染を引き立て役にしてきた。
 2つ年上だからとお姉さんぶっている幼馴染は私を妹か何かと勘違いしているみたいだったが、私は地味な彼女を内心で見下していた。美しいとは言えない幼馴染は仕事に夢中で、色っぽい話が一つもない女として魅力がない人間だった。

 年頃になると私はたくさんの求婚を受けたが、美しい私にふさわしい男はいなかった。中にはお金持ちの男もいたが、顔が好みじゃなかったり年齢が父と同じくらいだったりと条件が悪かったから断った。
 私はこんな町でくすぶっているような存在じゃない。外に出たら私にふさわしい結婚相手が見つかるはずである。両親には若いうちに早々に決めておいたほうがいいと言われたが、私は妥協したくなかった。


 ──ある日、地味な幼馴染が『働いていたところで認められて、所属していたメイド協会のお墨付きをもらって紹介状を書いてもらったのだ』と報告してきた。来月には紹介先に行くのだと挨拶に来た。
 引き立て役がいなくなるのかと思いつつ、どのお屋敷に行くのかと尋ねると、彼女の口から飛び出してきたエーゲシュトランド公国という単語。
 それは数年前に略奪殺戮されて一度は亡国となったが、生き残りの公子が取り戻して大公になり復興させたという国。──公子が敵国へ潜伏期間中に知り合ったスラムの娘を妃にするために一緒につれてきたという話だ。
 …面白くない。スラムの娘が貴族の妻になるですって?
 私は顔も見たことのないスラムの娘に嫉妬した。今までずっと私が一番だと思ってきたのに、なんだか負けたような気分になって悔しかった。

 出発前夜、幼馴染のハンナにささやかな送別会を開いてあげると家に押しかけ、私は「パパとっておきの果実酒よ」とお酒を振る舞った。ハンナは明日出発だからと少ししか飲まなかったけど、それでも構わなかった。
 ──ハンナのグラスには睡眠薬をしっかり仕込んでおいたから。

 机に突っ伏して深く入眠しているハンナを放置すると、まとめられているハンナのトランクを開いて漁った。
 メイド協会からの推薦紹介状と、ハンナの身分証明書、それとあちら側から送られたという移動用の船のチケットを取り出すと、私は眠るハンナを見下ろして鼻を鳴らす。

「…ハンナのくせに生意気なのよ」

 地味な幼馴染は地味に暮らしていればいいものを。
 商家のメイドならまだしも、よりによって貴族のお城に就職するなんて。私よりも上になるのは許さない。


□■□


 私はハンナ・コールとしてお城入りした。
 きっとエーゲシュトランド大公様は私の姿をひと目見ただけで気に入るはずよ。だっていつもそうだったもの。男は若くて美しいものが好き。ましてや権力者ならなおさらのこと。……美しい私を欲しがるに違いない。

 この城の主である大公・ヴィクトル様へ挨拶に出向き、第一印象から落とそうと思った私は柄にもなく動揺してしまった。……それはそれはとんでもなく美しい青年だったのだ。なんかそばに身体が小さくて細い娘がいたけど、そっちは興味ない。

 私は決めた。絶対にこの男を落としてみせると。

 ……なのだけど、この人…婚約者のスラムの娘にベタぼれで私には全く興味を示さない。どうにか意識してもらおうと彼の視界に入ろうとするが、使用人は家具であると言わんばかりに無視だ。そうこうしている間に口うるさいメイド長に捕まって叱責された。
 私はめげなかった。なんとか接点を作ろうと持ち場でもないのにヴィクトル様の寝室に立ち入って寝具を整えたり、衣装室からその日の衣装を準備したり整えたりした。働き者で健気な女に男は惹かれるっていうじゃない。

「それは私の侍従がするから君はしなくていいよ」

 だけどヴィクトル様の反応は芳しくなかった。

「いいんです! 私がして差し上げたいんです!」

 出された衣装にヴィクトル様の侍従がげんなりとした様子で重いため息を吐き出していた。それぞれ数を数えて管理するのも仕事らしく、それをまたいちいち数え直して所定の位置へ戻すのが大変なのだ。だから手を出してくれるなと言われたが、私は無視した。
 知らないわよ、そんなの。効率の悪い仕事の仕方をしているそっちが悪いんでしょう。


■□■


「あなたの部屋からこんなものが見つかりました。これはヴィクトル様のものですね?」

 メイド長の手には男性もののハンカチとカフスボタンがあった。
 人の部屋の荷物を勝手に漁るなんて最低! と言ったら、メイド長は「あなたのしていることも最低なんですよ!」と返してきた。
 いいじゃない一つくらい貰っても! 沢山似たものが並んでいたんだから困らないでしょ!?

「ヴィクトル様がくださったんです!」
「そんなわけ無いでしょう! なぜヴィクトル様があなたに自分の物をあげる必要があるんです!」

 メイド長は私のことを目の敵にしていたので私の言い訳を信じなかった。これが男なら泣き落としでごまかせそうだけど、女相手じゃ無駄に終わりそう…

「罰として賃金から罰則金を引き抜いておきます!」
「そんな!」
「黙りなさい! 本来なら解雇のところを今回は大目に見て差し上げているのです! …今度はありませんからね…!」

 私は歯噛みした。
 どうにもうまく行かない。もっと簡単だと思っていたのに、なぜヴィクトル様は私に興味を持たないのだろうか。この方法じゃ駄目なのか。
 そしたら噂を作ってやろうと早朝にヴィクトル様の部屋に忍び込んだ。…しかし、寝室に彼の姿はなかった。彼は隣の執務室のソファの上で寝落ちしていたのだ。
 今回のところは噂を作るだけで十分だったので、使用人たちが動きはじめる一日の始まりの時間帯を狙って部屋から出てきた。寝乱れた髪を整えるようにそそくさと出ていけば誰かが目撃してあらぬことを想像するだろうと思っていた。

 しかし予想に反して、ヴィクトル様付きの侍従や執事頭、メイド長の監視が厳しくなった。私が部屋を出てきたのをスラムの娘が目撃したようで、メイド長たちに告げ口したらしい。
 どうせならあらぬ誤解をしてヴィクトル様との仲がこじれたらいいのに。本当目障りな女だ。

 私はメイド長の采配により、洗濯場担当にされた。
 理由はこれまでのことに加えて、私がいるとヴィクトル様の気分が害されるからなのだそうだ。
 ──私はただ、気に入ってもらおうとヴィクトル様に喋りかけていただけなのだが、それが邪魔なんだという。
 メイド長からは、ヴィクトル様はリゼットというスラム出身の娘のことを命よりも大切にし、他の女など眼中にないくらい愛されている。そこに割って入れると思うなと言われた。

 なんであの女が…!
 それを思い出した私は苛立ちに任せて洗濯物を叩きつける。ばしゃりと水が跳ね返ってきてエプロンに水が染み込んだ。屈辱である。私はこんな裏方のような地味な仕事をする女じゃないってのに……!
 あくせく働いていると、洗濯物が風に乗って飛んでいった。それを追いかけていると、整えられた庭に出てきてしまった。私はそこで薔薇が見事なローズガーデンでお茶をする彼らの姿を目撃した。
 サンドイッチやスコーン、クッキーにケーキが乗せられたスタンドに、ミルクたっぷりの紅茶。

「ほらリゼット、口を開けて」
「じ、自分で食べられるから」
「だーめ」

 ヴィクトル様はフォークにケーキを乗せてそれをスラムの娘の口に運んであげていた。その瞳は甘く、私には向けられたことのないものだ。
 ……私は洗濯物と格闘していたってのに、優雅にお茶会してるの…?

 沢山の男に求婚された美しい私の手は水仕事でガサガサになっていた。讃えられた美貌も慣れない労働で疲労の色が見え始めている。
 一方でスラム生まれのくせに美しく着飾り、極上の男に愛されているあの女。なぜこうもちがう。…なぜあんな娘が愛されるのか。私が愛されるべきなのに。

 嫌がらせも兼ねて、人のいない隙にスラムの娘に割り振られた部屋に忍び込む。この城で2番目に豪華な部屋ってことで圧倒されそうになった。だけど目的を忘れたりはしない。まずは何をしてやろうかと部屋の周りを見渡して……化粧台の上に置かれた立派な宝石箱が目についた。
 どうせ沢山持っているんでしょ。一つくらいなくても気づかないはずだと私は宝石箱の蓋を開けた。
 そこにはキラキラ輝く髪飾りがあった。若葉色の石は光に透かすと反射して金色にも見えた。他にも高そうな宝石があったけど、私はその髪飾りが気に入った。だからそれをポケットに入れて部屋からずらかった。

 結果的に言えば、髪飾りをちょろまかしたことをスラムの娘に勘付かれた。
 気に入っていたのでそれを付けて仕事をしていた私も迂闊だったけど、まずいことになった。どんどん追い詰められていく私は苛立っていた。だから返すふりをして踏み潰してやった。階段から落としたときだって許してくださったでしょ。だからこの髪飾りだって許すに違いない。この娘の手に戻るくらいなら壊れたほうがマシだ。そんな思いで壊してやったのに。

 ──スラムの娘は泣いていた。
 馬鹿じゃないの。たくさん高そうな宝石持っているくせに。
 ヴィクトル様はスラムの娘を抱きしめて慰めていた。そんな子のどこがいいの。やせっぽちでまだまだ子どもみたいじゃない。私のほうが美人なのになんで。

「聞いているのですか、ハンナ・コール!」

 メイド長には辞表を出せと言われた。その際にあの娘に頭を下げてから出て行けとも。なんで私がスラムの娘なんかに頭を下げなきゃいけないのよ、冗談じゃないわ。
 あぁもう、ままならない。もっとうまく事は運ぶと思っていたのに、どうにもうまく行かない。

 そうだ。既成事実を作ろう。
 ヴィクトル様も若い男だもの。私が迫ればクラリとするはずよ。
 ただで引いてたまるものですか。悪くても妾の座に落ち着いてやるんだから!


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