軟派はお断りしておりますの。 額から流れる汗を手の甲で拭う。 久々に力仕事をしたので筋肉痛を覚悟しなくてはならなそうだけど、私はそれ以上の達成感を味わっていた。 「大量だぁ…!」 土の中ですくすく育っていたさつまいもが収穫のシーズンとなり、私は自分の自由時間を使って収穫作業に充てることにした。一人でサクサク終わらせるつもりだったが、私一人に作業させるのが心苦しいのか護衛さんたちが手伝ってくれた。 そして並べられた大量のさつまいもに私はワクワクした。収穫したものを運搬して持ち帰ると、食料庫そばで干させてもらった。そして今日食べる分だけを持ってお城に入っていく。 泥だらけの作業着から着替えた私は早速お城の台所に顔を出し、そこのデザート担当のお菓子職人さんに声を掛けた。水場で泥を流したさつまいもを差し出すと、私は彼にお願いする。 「私が作ったさつまいもでお菓子を作ってほしくて。ヴィックに食べさせたいんです」 「さつまいも、ですか…初めて見るもんで少しばかりお時間いただきたいのですが…」 職人さんはさつまいもをみて困ったような顔をしていた。やはりこっちの大陸ではさつまいもは知名度がない。むしろ私くらいしか生産してないんじゃなかろうか。だが職人さんに無茶振りするつもりはない。私のおぼろげな記憶だが、多分大丈夫だ! 「レシピは大丈夫です! 熱したそれを潰してもらった後に…」 それにバターとか塩砂糖とか牛乳入れて混ぜて形を整えたものをオーブンで焼けばいいんでしょ! 多分工程が一部抜けてるけどいいのだ。それらしいものができたらそれでいい。お城には蒸し器があるのでそこでさつまいもを蒸してもらい、私が横でやいやい注文をつけると職人さんはなんとなく私が作りたい形を作ってくれた。 味見として渡されたできたてのお菓子に私はふにゃりと表情を緩めた。おいしいおいしい。冷えたほうが美味しいかもしれないけど、熱くても十分美味しい。 高いお皿にちょこんと乗せられたスイートポテトと飾りの葉っぱ。数時間前まで土の中で眠っていたお芋ちゃんが高そうなお菓子に変身したよ! 「ありがとうございます! ではヴィックに差し入れに行ってきます!」 私はお盆に乗せたそれを持って急ぎ足で彼の執務室に出向いた。 書類とにらめっこして少し疲れた顔をしていた彼は私の訪問に喜び、私の差し入れを美味しいと全部食べてくれた。お菓子を作ったのは職人さんだけど、さつまいもの生産者は私なので、私も胸を張っていいはずである。 「この間イハーブさんが持ってきてくれた苗は冬の間に成長するものなんだって。育ったらまた食べさせてあげるね」 「…リゼットはどこに向かってるのかな?」 ヴィックとしては私が畑に没頭しすぎるのは反対なのだろうか。 いいじゃないか、自給自足できる公妃ってかっこよくない? 「でもそんなところもリゼットらしいよ」 苦笑いしつつ、私のおでこにキスを落とすヴィックは相変わらず私に甘々である。 ヴィックは私においしい食べ物を食べさせたり、キレイな服を着せると自分のことのように楽しそうにするでしょ? 私もそれと同じなんだよ。私が汗水垂らして作ったものを食べてほしいの。それで喜んでくれたらそれだけで幸せなんだ。 「それとね、今度城下町の労働者向けに焼き芋販売しようと思うんだけど」 「う、うーん…それはー…」 「だめかな?」 私は彼の肩にしなだれかかると上目遣いで彼を見上げた。我ながらあざといなとは思ったが、これは城下町で頑張るみんなへのねぎらいの意味もある。おやつ代わりに手頃な価格で販売できたらなと考えているのだ。 私のおねだりに数秒息を忘れたヴィックはがばりと私に抱きついてソファの上に押し倒してきた。 「ヴィクトル様。休憩はおしまいですよ」 しかし側近さんの冷静な声にヴィックの動きは止まる。彼が小さく舌打ちしたのを私は聞き逃さなかった。 最近監視が厳しくなったため、私とヴィックの周りには誰かしら人がいる。みんな意地悪をしているわけじゃなく、私達のためを思ってしてくれていることなのでそれを拒絶できない。──だけどヴィックとしては我慢の連続でたまにこうしてタガが外れそうになっている。 大丈夫かな、いつの日か爆発してしまわないだろうか。 むっすりしたヴィックの顔を見た私は小さく笑うと彼の口の端に軽くキスを落とした。それに目を丸くしたヴィックに私は「お仕事頑張ってね」と言い残すと、空になったお皿や茶器をお盆に乗せて執務室を後にしたのであった。 □■□ 「はい、これあげる」 城下町で個人経営の手作りアクセショップをはじめたお姉ちゃんに渡されたのは華やかな飾りのヘアアクセ。中央の石は私の瞳の色に合わせた宝石。石自体は手ごろな価格で入手できたらしい。光に当てると宝石の色が変わって綺麗だ。変化した色がなんとなくヴィックの髪の色に似ていて気に入った。 「お貴族様が使うには安物っぽいかもだけど…」 「そんなことないよ! こんなきれいな髪飾り作れるなんて初めて知った! それに私は貴族じゃないし、十分な代物だよ」 こっちでは仕事を選ぶ余裕が生まれた元スラム出身者は新たに仕事をはじめていた。手先が器用なお母さんは繕いものを取り扱って収入を得ている。お父さんやお兄ちゃんはヴィックの推薦でエーゲシュトランドで元々行っていた事業先へ就職した。幼馴染たちも八百屋やら肉屋やらなにかしらのお店を始めるために奔走していると。 私も怠けていられない。よし、頑張って売るぞ! と首掛けばんじゅうを構えると、お姉ちゃんが引きつった顔をしていた。まるで嫌な予感がする…とでも言いたそうな顔である。 「まさかリゼット…ここでも焼き芋売るの?」 「売るよ?」 「嘘でしょ…」 あんた馬鹿じゃないの、もうあくせく働く必要ないのに…と呆れ半分で言われたが、そんなこと私もちゃんと理解しているのだ。 「贅沢に甘やかされていたら自分がダメ人間になりそうだから、たまには労働しなきゃって」 それに美味しい焼き芋を安価で売り歩けばみんなのお腹が満たされ、得た収入をお城に献上できる。私も満足する。いいことづくめだと思うのだ。ヴィックは最後まで「使用人に任せたら…」と渋っていたが、彼の言葉をスルーして私は動きやすいワンピース姿で焼き芋販売を開始した。 「いしやきぃーいもぉー焼き芋ー」 私が歌いながら城下町を練り歩いていると、初見の人は変な人を見るように私を見てきて、スラム出身の人は「またやってる」と言いたそうな目で見ていた。 少し離れた場所で護衛さんが私を見守ってくれているので怖いことは何もない。私はひたすら焼き芋を売るだけだ。顔見知りが呆れつつも焼き芋を購入してくれたので受け渡しをしながら軽く話をした。 「公妃さまになるってのに相変わらずね」 「えへへ、たまには労働しないと感覚忘れちゃうそうなので…」 世間で私は羨望の対象らしい。スラム出身の娘が一国の公子に見初められたってそれなんてロマンス小説、ってことで。 私達の出会いはそんなにロマンチックなものではなく、サバイバル風味の馴れ初めなんだが、周りからしてみたら夢のある設定みたいである。だから今では苦労せずに贅沢できる立場なのになんで市井で労働してるんだろうと奇異の目で見られていたりする。 私は贅沢に甘えて労働の大変さを忘れたくないのだ。だから働く。とは言え、公妃教育もあるので趣味程度にしか働けないけども。 焼き芋が半分以上売れ、次のエリアに売りに行こうと踵を返した私だったが、2人組の若い男に通せんぼされて足止めを食らった。彼らは私を見下ろしてヘラヘラ笑っていた。 「君、この辺の子? あまり見かけないね」 「俺らとおしゃべりしようよ」 まさかこの世界でナンパというものに出会うとは夢にも思わなかった。テンプレな誘い文句で声を掛けられた私はいろんな意味で混乱して固まる。そもそも私の顔はそこそこ城下町で広がっているつもりだったけど私のことを知らない人がいるのか…あ、今の格好のせいか。 「怖いことしないから行こうよ」 「売ってるもの全部俺らが買ってあげるからさ」 私の肩を抱いて引き寄せてきた片割れが耳元で囁いてくる。 だが私は怯えも叫びもしなかった。 「──その手を離せ」 「この方に手を出せば、お前ら二度と表を歩けなくなるぞ」 剣を抜いた護衛さんがナンパ男たちに突きつけたからである。ある意味彼らは間が悪かった。紛らわしい私が悪かったね、ごめんね。 ナンパしたら剣を突きつけられて脅されるという経験をした彼らは飛び上がって逃げていった。そして私はより厳重に警備されながら焼き芋販売を続行したのである。 大変だったのは城に戻ってから護衛さんからの報告を聞いたヴィックが目の色変えたことである。だから言わんこっちゃないとヴィックは、私の身になんともないことを確認すると、懇願するように私の両手を握った。 「ね? わかっただろう。君はもう只人じゃない。立場が難しい存在なんだ。危険に身を晒しながら労働なんかしなくてもいいんだよ。畑程度なら趣味としてまだ多目に見れるけどね?」 「今回のは間が悪かったと言うか…心配と迷惑を掛けたのはわかってるけど…」 いずれは市井に混じって労働できる立場じゃなくなる。それまではせめて働く大変さを実感していたかったんだけどな…… 私がしょんぼりと落ち込むと、私の両頬を彼の手が優しく包み込む。 「リゼットは可愛い女の子だから、もうちょっと警戒心を養ってね」 私を溺愛するヴィックの言葉に私は苦笑いする。 そんなのヴィック視点だからそう見えるだけじゃないの? 「だってここはスラムよりも安全で平和じゃない。大丈夫だよ。私を可愛いって言ってくれるのはヴィックだけだし」 私がヴィックの婚約者だと知って堂々と狙ってくる男性がいたらものすごい勇者だ。そんな心配するほどのことじゃないと思うのだ。 だけど彼にとっては安心できる材料にはならなかったみたいである。唇を塞がれ、私の舌を吸い尽くすような口づけをされて体中の力が抜けた。その間、ワンピースの上から胸を触られたり、腰を撫で擦られたりしたけども私は抵抗せずに受け入れていた。 「ほら、リゼットは無防備だ」 「だって、ヴィックだから嫌じゃないもの」 ヴィックは私の嫌がることはしないもん。だから抵抗する必要はないのだ。私の胸の上に置いたままのヴィックの手を取ってキスをすると、ヴィックは私をソファに押し倒した。 彼は私の胸元に顔をうずめながらワンピースの裾を持ち上げて太ももを撫で擦った。感触を楽しむように下から上へするすると撫でる指の感触に私はゾクゾクした。 「君に声を掛けてきた男は君とこういうことをしようと考えていたんだ。……こんなこと他の男にさせたら駄目だよ?」 「させない、ヴィックだけ」 ヴィックの隠さない嫉妬に私は嬉しくなってしまって彼の頭を両手で抱きかかえた。私の奥まで暴いていいのはヴィックだけ。私が受け入れるのは彼だけなのだ。ヴィックになら何をされても構わないんだよ。 ヴィックは火が点いたように私の胸を揉みしだきながら首筋に舌を這わせた。 「んぅ」 ちりりと皮膚に痛みが走る。キスマークを残されたのだ。 いつも私ばかりキスマークをつけられる。なんだかずるい。私は対抗するようにきっちり服で身を固めたヴィックの襟元に手を伸ばして、首筋に吸い付いた。 「リゼット…」 「…うまくつけられない」 ちゅうちゅうと真似してみるけどうまく鬱血痕を残せないな。白い肌だから簡単に付きそうなのに。場所を変えて反対側を同じように吸ってみたがほのかに赤くなるだけ。私の肌みたいにはっきりしたキス痕が残らない。 ヴィックは私を静かに見守っていた。あまりガン見されると恥ずかしいんだけどな… しばらく頑張って吸っていたけど、途中でメイドさんが乱入してきていつものように私達は引き剥がされたのである。 |