生き抜くのに必死なんです。 | ナノ



お腹が空いたのなら、カエルを食べたらいいじゃない。

 食卓に並んだのは明らかに粗末な食事。カビの生えた部分を取り除いたパサパサのパンに、野菜くずの浮いた塩味のスープ。それらを家族皆で囲んで食べる。それが日常であった。
 飽食の時代を生きていた記憶を持つ私には物足りないどころじゃなく、虐待じゃないのかと言いたくなる量だったが、ここでは食事があるだけマシなのが今の現実である。
 家族5人、1人も欠けることなく身を寄せて生きていけるそれだけで十分幸せだった。

 私には前世の記憶がある。
 日本国という東洋の島国で生きていた。そこで私はその辺にいる普通の大学生をしていて……それ以降の記憶が曖昧だ。よくわからないが日本人だった私は何らかの原因で死んだのだろう。
 死んでしまったらもう戻れない。家族や友達ともう二度と会えないのはとてもつらいけど、会えないものは会えない。どうしようもない。私が転生してしまったと自覚した直後はそれに悔し涙を流したが、今では諦めの境地に達している。

 今の私はリゼットという名前がある。私はスラム生まれ、スラム育ちだ。鳶色の髪はパサパサに傷んでおり、いつも煤汚れにまみれた肌、ボロ布のような洋服を身にまとっている。年は11歳。貧しい家庭に生まれた私は一家の末娘として粗末な小屋で暮らしていた。……勘違いしないでほしいけど、こんな格好してるのはシンデレラとかそんなんじゃないから。リアル貧困でこうなってるだけ。家族皆同じような感じだからね。

 スラムはスラムでもその中にも格差がある。私の家はとても貧しいが家族仲がよいのでそこだけはツイていた。
 お金がなければ心に余裕がなくなって、虐待したり、娘を娼館に売り飛ばしたりする家庭も少なくない中、うちの両親兄姉はそれらから私を守ってくれていた。
 貧しくてひもじくってみずぼらしい生活をしていても、家族はあたたかかった。スラムの子供として生まれてしまったけども、家族に恵まれた辺り私はとても運が良かった。
 家族が粗末な食事を食べ始めたその時、私は自分の食事が乗っているお皿をずいっと前に差し出す。

「これ、お父さんとお兄ちゃんが分けて食べて」

 今の私は半人前で無力でなんの役にも立たないお荷物。お腹はめちゃくちゃすくけど、お仕事に行くお父さんとお兄ちゃんが食べるべきだと思うのだ。

「リゼット、でも」
「あのね。お腹が空いてると思考判断能力が鈍るの。だからお仕事する人はちゃんと食べなきゃ駄目なの」

 じゃないと労働事故に巻き込まれたりしちゃうんだから。

「……リゼットはたまによくわからないことを言うな」

 お兄ちゃんが不思議そうに首を傾げているが、私はそれをスルーするなり、ボロボロのワンピースのポケットに忍ばせていたとあるものを見せびらかす。

「私はカエルを食べるから大丈夫!」

 捕まえて解体した後に、焚き火で暖を取っていたおじさんたちに許可とって炙ってきたんだ! 串焼きのカエルである!
 食事がないなら獲ってくればいいじゃない。生きるためだ。衛生面とかとっくの昔におさらばしている。とにかく腹をふくらませるのだ。
 私がこんがり焼き目のついたカエルの串焼きにかぶりつくと、お父さんが目元を抑えて泣いていた。

「ごめんなぁ、リゼット。満足に食べさせてやることも出来なくて…」

 そんな泣かんでも。
 見た目はあれだけど意外と味はいけるよ。この間近所の野良犬も食いついてきたし。
 転生した私は前世で培った知識や常識などはここでは役に立たないと悟った。生きるためにはサバイバルが必要なのだと理解した後は、試行錯誤した。
 最初はそのへんの草を食べたり、残飯を漁ったりしてみたが、鮮度だったり味だったりその辺の問題にぶつかったので、次は獲物を捕獲して食べることにした。
 たまに運良く鳥を捕まえられるけど、普段はそうは行かない。この辺だったらカエルとかネズミが手頃なんだよねぇ。少し離れた場所に森があるから今度野うさぎ捕まえてこようかな。

 むしゃむしゃとカエルを食べる私を家族が悲しそうに見てきた。カエルの足をバリボリ音を立てて噛みながら私はムッとする。
 なんだよ、ほしいならそういえばいいのに。今度皆の分も獲ってきてあげるからさ。



 統一性のない、ごちゃごちゃしたスラムを見渡す。
 自分が生まれた日本よりも何世紀も後退した世界。最初は東南アジアのスラムかと思ったけど、そうではない。電化製品なんて存在しない、医療も文明も後退しているこの世界は私が生まれた世界とは別の場所なのだろう。……普通逆じゃない? 普通なら未来に…例えばドラえもんが生まれた時代に生まれ変わるよね? なんで後退した世界に転生するの? 
 考えてもお腹すくだけだ。無駄なことを考えるの止めた。

 泥だらけになって食べ物を探す。
 それを見た中流階級以上の人には眉をひそめられ、汚いものを見るかのような視線を向けられるが、生きるためだ。もう慣れた。恥だと感じる余裕もない、生きるために食べなくては。
 諦めずに探していたら一部カビたパンを見つけた。この程度ならカビをむしれば全然食べられるぞ。家族が喜ぶ。私はそれを布に包んで家に駆け出す。

 そもそもこんなに苦しくなったのは領主一家の圧政と重税のせいだ。領地のためと言いながら還元された試しがまるでない。貧しくても昔はちゃんと食べられたのに、前の領主様が亡くなってからガラリと変わってしまった。
 生活が苦しいのはスラムだけじゃない。
 中流階級もその中で格差が生まれ、貧しくなった。彼らはスラム住民よりもマシだと口々にいうが、自分たちもスラムに足を踏み込みはじめているのを見て見ぬ振りしているだけ。奥さんや娘が春をひさがなくては今までと同じ水準の生活ができないって家庭も増えているらしい。

 そんな現状で甘い汁をすすっているのは上流階級だけなのである。彼らは下々の苦しむ声なんてどうでもいいみたい。

 ……私は現代日本の記憶を受け継いだまま転生したのだから、それを活かせたらいいのにここじゃなんにも役に立たない。だって私国文学科所属だったもん。バリバリのインドア文系だったさ! 
 いっそ農業とか畜産系の勉強しとけばよかった。自然や生き物相手の厳しい職ではあるけど、一次産業ってこういうとき強い。子どもの頃に面倒臭がらずにガールスカウトとかしときゃよかった。

「リゼット! お姫様が炊き出しに来たらしいよ!」
「貰いに行こうぜ!」

 本日のお食事用に捕まえたカエルをひん剥いて、おじさんたちが囲む焚き火で炙っていると、近所に住んでる幼馴染たちが声をかけてきた。

「…お姫様…炊き出し?」

 その言葉に私は眉間のシワを隠せなかった。
 なんたってこの領地で圧政をとりしきる領主の娘。炊き出しと言っても、それ領民からむしり取った金を使ってるんでしょう……それから施しもらってもねぇ…

「ほらほら行こう!」
「またカエルなんか食べてるの?」

 なんだと。
 カエルは見た目はあれこそ、世界的なB級グルメなんだぞ。日本じゃメジャーではなかったけど。イナゴの佃煮とか蜂の子食べてた民族出身ナメんなよ。
 あんまり行きたくなかったけど、幼馴染らに両手を掴まれて引っ張られたので、足を縺れさせながらついていったのである。


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