生き抜くのに必死なんです。 | ナノ



働かざるもの食うべからず、でしてよ。

 さつまいもと猪肉、そして秋の間に収穫した秋の味覚は食料として優秀な働きを見せてくれた。
 その上、顔見知りの農家さんがシーズンオフ前に少しだけ野菜を分けてくれた。長期保存のコツとか、加工食品の作り方を教えてもらったので、長いこと日持ちしてくれた。
 
 その冬はとても冷えた。
 いつも自然と戦う農家さんも冬の訪れが早いとボヤいていた。今年は大寒波が来るぞと。スラムの集会場のおじさんたちも同じことをつぶやいていた。
 その年は薪の金額も上がり、薪代を節約する家庭も多かったそうだ。我が家では流木を分解して、お兄ちゃんと手分けしてちまちま持ち帰ったので、寒い日の薪にも困らなかった。
 しかし、スラムの住民の急増、家にすら入れずに野宿する人の問題も浮上し、路上で凍死している人を目撃する回数も多かった。

「父娘で…」
「娘を最後まで守ろうとしたけど寒さに耐えきれなかったんだろうな…」

 人だかりの間に倒れた大小の塊がある。雪を被り、半分凍りかけているそれは元は生きていた人間。眠るように息を引き取っていた。お父さんらしき男性が幼い娘を抱っこしたその体勢で倒れ込んでいたのだ。
 それを観察するように見ていた住民は口々に明日は我が身かもしれないと呟く。
 ……こんな光景、生まれた頃から見てきた。珍しいものじゃない。彼らのことは哀れだとは思う。だけど私は家族を助ける程度の力しかない。手を合わせて冥福を祈ってあげるしか出来なかった。

 凍死だけじゃない。餓死に近い形で身体を壊して亡くなる人も多くいた。医者や薬に払う金などないスラムの住民は病になればただ自然に任せるのみ。
 ゴミとなって捨てられている食料も以前よりも激減して毎回争奪戦となっているらしい。皆困窮していた。

 こんな状況なのに、領主は見向きもしない。
 ちなみにスラムだから見捨てられているってわけではないらしい。中流階級が行き交う大通りもなんだか覇気がない。以前ならもっと人通りも多かったはず。
 それに反して、街娼の数が増えたとかも聞かされる。どこどこのご家庭が娼館に娘を売ったとか、事業に失敗した人間が自死を選んだとかそういう嫌な暗い話も聞かされる。

 皆が危惧していたように、領内の状況はどんどん悪い方へ進んでいた。なんの政策も立てられること無く、苦境にあえぐ平民たちを領主一家は高いところから見下ろしているかのように静観していた。


 ──そんな状況ではあるが、嘆いていても仕方ない。こちとら生まれながらのスラムの人間。ちょっとやそっとじゃ挫けたりしない。
 私は雪をかき分けて森に出向いては、獲物を探す日々を送っていた。日に日に狩りの腕を上げる私を見たお母さんが「女の子に狩りなんて真似させてごめんね…」と涙を流していたが、そんな事嘆いても食料は現れない。
 空腹の前に性別のことなんか関係ない。世の中弱肉強食なのだ。甘ったれたことを言っている場合じゃないのだ。

「リゼット、まだ奥に入るのか…」
「だからヴィックは来なくていいって言ったのに。下手したら遭難するよ?」

 私は山道に慣れてるけど、ヴィックはそうでもないだろう。剣で身体を鍛えているとはいえ、サバイバルとなると話は別だろうし。無理してついてこなくても良かったのにな。
 イノシシを一人で狩ったと話したことから心配したヴィックはお目付け役として付いて来たつもりらしい。狩りに関しては私のほうが腕がいいんだ。心配されるいわれはないのだが、心配だと言われたので同行を許可した。

 雪で覆われた道なき道を木の棒で確かめながら進んでいく。途中落とし穴みたいに道がなくなっている可能性があるからだ。
 手はかじかむし、足先もしもやけになっているかもしれない。寒い通り越して感覚も危うい。
 私は食料を持って必ず家族のもとに帰るのだ。寒さに負けてたまるか。皆がお腹いっぱい食べることが出来て、無事に冬を越せるように頑張るのだ…!

 イノシシは冬眠しないらしいが、そう簡単に会えるとは思っていない。
 まずは手頃な野うさぎから狙って狩っていこう。雪が降っているお陰で、彼らの足跡を辿ればすぐに見つけられた。落ちていた木の実に夢中でかじりつくそれ。気配を消した私は武器を手に取って構える。
 ──ビシュッ…!
 私のスリングショットが火を吹き、野うさぎの後頭部に石がぶつかる。頭をぶつけて気絶した野うさぎがぽてりと雪の上に倒れ込んだので、素早く駆け寄って息の根を止めた。

「…相変わらず見事な腕だな」
「ふっ、野ウサギ殺しのリゼットの名も伊達じゃないでしょ?」
「…そんな二つ名出来たのか」

 …自分でつけたんだよ。マジ顔で聞き返さないでよ恥ずかしい。
 私はその後も時間と体力の許す限り狩りを続けた。ヴィックもただ呑気に付いてきたわけじゃなく、自分と厄介になっているおいちゃんの分の食料確保のために狩っていた。

 ──バサバサバサッ
「あぁ…」
「あはは、逃げられちゃったね」

 以前は私の狩りについてくることの多かったヴィックだが、ここ最近は個人的な用事があるとかでついてくることは減った。そのため腕が鈍ってしまったようで、相次いで獲物を逃していた。

「そういえば今日は例の用事、大丈夫だったの?」

 鴨を逃してしまって肩を落とすヴィックに問うと、彼は苦笑いを浮かべていた。

「…こうも寒くてはなかなか動けないからね」
「…?」

 まぁ寒いのは確かだけど……聞いたことなかったけどヴィックの用事とはなんなのだろうか。仕事ってわけじゃないらしいけど、色々謎が多い。
 彼の存在自体が謎なので私もなるべくやぶ蛇を突かないようにしているんだけど、謎が謎を呼んでミステリーになっている。頭痛が痛いみたいな。


 猟を終えて、麻縄で足を縛った野うさぎたちを肩に担いで持ち帰っていく。
 びゅおっと北風が頬を撫でてきた。さっきまで山の中を駆け回っていたので寒さを忘れていたけど、やっぱり寒いな。

「…今夜も冷えるだろうな」

 灰色の曇り空を見上げたヴィックが白い息を吐き出しながら目を細めた。

「早く暖かくなってほしいね。…せめて暖かければ、凍死する人なんていないのに」

 私達の目の先には、軒下で身を寄せ合って寒さに震える路上生活者たちがいた。

「…いこう」
「……」

 私にとって当たり前の日常だ。私もあちら側の人間だから哀れみはすれど、同情したりはしない。同情なんかしても彼らは救われない。私には何も出来ない。
 非情だと言われてもそれが現実なのだ。
 
 だけどヴィックには心が痛い光景だったのだろう。やっとの思いで狩った鴨肉を渡そうか否かと視線をさまよわせていた。
 私に救いを求めるようにヴィックが目を合わせてきた。

 そのお肉を路上生活者に渡したら、飢えに喘ぐのは自分たちなのだがそれはわかっているのだろうか。
 ヴィックがしたいなら施せばいい。だけど私は何もしないぞ。家族に食べさせるために命かけて狩りをしてるんだから。 

 情けは人の為ならずって言葉があったが、それは人に手を差し伸べる余裕のある人間に限ると思うのだ。
 今回分け与えたとして、次回どうするんだ? お人好しも大概にしないと、自滅するだけだぞ。
 お腹が空いたのなら、まずは仕事を見つける。それが難しいなら残飯を漁る、自分で狩る、自分の手で育てる。
 誰かに救いを求める前に自分で行動するのが何よりも大事だと思うのだ。
 
「…私は家族を食べさせなきゃいけないから、なにもできないよ」

 私の淡々とした返答に、ヴィックの薄い水色の瞳が揺れた。今ではスラムに馴染んだヴィックにはわかるだろう。今の状況を。

 私が最初ヴィックを助けられたのは、たまたま貰い物の食べ物があったから。暖かい時期だったから。残飯を確保できたから。今よりも余裕があったから彼を介抱できたのだ。
 だけど今は違う。極寒で、食糧不足で色んなものが高くなって、皆貧困にあえいでいる。誰かを救う余力がないのだ。

 ぎゅ、と眉間にシワを寄せた彼は泣きそうな顔をしていた。
 非情なことを言ってしまったが、彼の行動は制限していない。自分の手にある夕飯予定の鴨肉を与えたいなら彼らに渡せばいい。

 …それが出来ないのなら、これ以上何も言うな、考えるなってことである。


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