パリピな男子バスケ部員と女子部マネの私。 | ナノ

余りもの同士のクリスマス


「先輩もお人好しですよね」

 体育館のモップがけをしている相手に呆れ半分な言葉を投げかけると、彼は「ん?」と不思議そうに首を傾げていた。
 部活後の掃除は部員が交代で行うことになっているのだが、今日は当番でもなんでもない瑞樹先輩がひとりで男子の練習スペースのモップがけを行っていた。

「だってこれからデートだからってお願いされたら、代わってあげるしかないでしょ?」

 それがなんでもない日だったら自分も渋るけど、今夜は特別だから。と彼は笑う。

「……キリスト教徒でもなんでもないのに、おめでたい頭ですよ全く」
「菜乃ちゃん、クリスマスになにか恨みでもあるの?」

 ケッとヤサグレ気味に悪態をつくと、瑞樹先輩がネットで仕切られた向こう側から問いかけてきた。
 それもこれも、あの男子部キャプテンのせいである。

 自分の仕事を終えたのでさっさと帰ろうと思っていたら、ゴウンゴウン回る洗濯機の前で半泣きになっている三国さんを発見したのがそもそもの始まり。
 洗濯物を干して帰らなくてはならないのに、洗濯機のボタンを押し忘れたのだという。

『これから先輩とデートの約束をしているのに…』
『あぁ。それはご愁傷さまで…』

 私はそこまでお人好しではないのでドンマイと言葉を投げかけて帰ろうとしたのだが、そこに現れた男子部キャプテンが言ったのだ。

『どうせお前用事ないだろ? お前がやっとけよ』

 はぁあ? である。

『私は女子部のマネージャーであって、男子部のマネージャーではありません。よってこの仕事は』
『持ちつ持たれつって言葉知ってるか?』

 ……お言葉を返すようで悪いが、私はいつも彼女のカバーばかりして、何も返ってきた試しがないんだが。
 しかし恋は盲目状態の男子部キャプテンはとても面倒くさいので、三国さんには翌日の女子部の仕事を肩代わりすることで手を打たせてもらった。
 その際キャプテンに「心狭い」と小言を言われたが、スルーしてやった。私はボランティアでもなんでもないんだぞ。なんで他人のデートのために犠牲にならねばならんのだ。

 思い出すだけで、腹が立つ…!

「クリスマスと言うより…おたくのキャプテンの言動や態度が気に入らないと言うか」
「…なんか、ごめんね」

 瑞樹先輩に当たっても仕方ないのだが、やっぱりムカつく。
 三国さんはあんなののどこがいいんだろう。彼女にはでろ甘でも、その他大勢に対する態度が最低だぞ。
 最後まで三国さんは申し訳無さそうだったが、これから好きな人とのデートということではしゃぎながら彼氏と学校を去っていった。

 彼氏なぁ……彼氏がいたことないからわからんが、そんなに楽しいものなんだろうか。
 私は顔を上げてモップ掃除に精を出す瑞樹先輩の横顔を盗み見する。──整えられた眉、涼しげな目元に通った鼻筋、厚めの唇。目の保養になる顔の良さである。
 これで女っ気がないんだから、世の中どうなっているんだろうか。

「瑞樹先輩ってチャラそうな見た目に反して女っ気ないですよね。そういう欲はないんですか?」

 彼女が欲しいなとか思わないのだろうか。男は特に色んな理由で女を必要とするとよく言うが、先輩はバスケに全力投球しているせいでそういう欲がないタイプなのだろうか。

「菜乃ちゃんは俺のことなんだと思ってるの?」

 チャラいかなぁ? と自分の見た目を気にしはじめた彼は整髪料で整えられた髪先を指で摘んでいた。
 ……見た目だけじゃなくて行動もチャラいのだが、本人は自覚していないようである。

「彼女は欲しいと思っているよ? ただ、まぁ色々とね…」
「ふぅん、意外と硬派なんですね」

 可愛い女の子なら誰でもいいと言いそうなのに、見た目によらずってやつであろうか。そんなに焦ってないのかもしんないな。

「…菜乃ちゃんは? 彼氏欲しいとか思わないの?」

 そう尋ねてきた先輩の顔がなんだか緊張しているように見えたのは気のせいだろうか。

「考えたことがなかったです。あんまり恋愛に興味が持てないタイプだったので」

 そういえば私は恋らしい恋をした経験がないなぁ。
 恋愛して、彼氏ができてしまえば色々制約が出来てしまいそうだ。色々気遣って我慢しなきゃいけない気がする。それ考えたら面倒くさいし、必要ないかなぁと思ったりして。

「そっかぁ、菜乃ちゃんらしいね」

 肩をすくめて笑った瑞樹先輩はがっかりしたようなホッとしているような複雑な表情を浮かべているように見えた。



 モップ掃除を終えて、体育館倉庫にあるロッカー内に掃除道具をしまい込んでいると、瑞樹先輩がぼやくように言った。

「来年はもっといろんなチームと戦ってみたいなぁ。あと菜乃ちゃんともっと仲良くなりたいな」
「何言ってるんですあんた」

 急にどうした。そして後者は大事なことなのか? あんたのそういう言動がチャラいと言っているんだが。
 私の胡乱な視線など物ともしない瑞樹先輩はヘラヘラといつもの笑顔を向けてきた。

「菜乃ちゃんは? 来年の目標とかお願い事ある?」

 改めて聞かれると……自分の中に生まれる望みはやっぱり。

「…やっぱりみんなに大会でいいところまで行ってほしいですね。うちは強豪ではないですが、部活で頑張ってるからには上に登って欲しい」

 他校との練習試合とか、もっと試合の機会が増えたらいいなぁ。そうしたほうが刺激になるし、うちの弱点も見つけやすい。相手のチームプレイを参考にできるし、上達も早い。

「大学のバスケサークルとかどうでしょう。同好会とかなら話に乗ってくれそうじゃないですか?」

 本格的にプロを目指しているサークルとは難しいだろうが、同好会で軽くやっている人たちなら協力してくれそうな気がする。近くに大学があるし、ネットとかSNSで検索したら見つかりそうじゃない?

「それいいかもね、年上のプレイヤーと戦うのはいい刺激になりそう」

 先輩もそう思うか。いい案だと思うから今度うちの女子キャプテンに話持ちかけてみよう。
 私が女子バスケ部の支えになれているかはわからないけど、来年もサポート頑張りたいなぁ。

「お願い事がバスケ部のことだけとか……菜乃ちゃんらしいね」

 そう言って先輩は私の頭をワシャワシャーとしてきた。

「ちょ、やめてくださいよ!」

 髪の毛がぐちゃぐちゃになるのを防ぐべく、先輩の腕を振り払おうとした私は足元が疎かになっていた。ただでさえ薄暗い体育館倉庫の中。私は運動用のマットに足を引っ掛けてずっこけたのである。

「うぉっ」
「あぶな…」

 私一人がずっこける体勢だったのに、私を見捨てきれない先輩が腕を伸ばして力強く引っ張ってきた。
 長くて逞しい腕に身体を包み込まれ、ドスンと倒れ込んだが、全然痛くない。そりゃそうだろう、瑞樹先輩が庇ったんだからな。

「いてて、菜乃ちゃん大丈夫?」
「先輩…怪我したらどうするんですか」

 庇ってくれたのはありがとう。だけど私がひとりでドジしただけだから見捨ててくれたらいいのに。
 顔を持ち上げて彼の顔を覗き込もうとした私はしばし沈黙した。

 私は先輩を下敷きにする形で倒れ込んでいた。そして思ったよりも顔の距離が近く、私達はお互いに見つめ合い、沈黙が走った。

「……菜乃ちゃん」

 掠れたようなその声。瑞樹先輩の周りをまとう空気がいつもと変わったように感じた。それがちょっと怖くなり、私は慌てて飛び退いた。

「すいません! 重かったですよね! お怪我はありませんか!?」

 ひとりでアワアワして離れると、マットの上に寝転がったままの瑞樹先輩は「ふふっ」と笑いを漏らしていた。

「菜乃ちゃんに押し倒されたー! 嫌だわ、俺お婿に行けなーい」

 いつもの調子で、また人をからかう。

「馬鹿なこと言わないでください! ちょっと下敷きにしただけでしょうが!」

 私はケラケラ笑う瑞樹先輩に怒ってみせたが、相手は「菜乃ちゃん、責任とってお婿に貰ってね?」と可愛子ぶりっ子している。
 図体のでかい男がしても滑稽なだけだが、その時の私はホッとしていた。

 沈黙の一瞬、瑞樹先輩の目が怖かったから。

 多分場所が悪かっただけだ。
 きっと見間違い。先輩はいつもどおりじゃないか、不安に思うことはなにもない。


■□■


「菜乃ちゃん、コンビニでチキン食べる?」

 戸締まりをしてさぁ帰ろうとなったときに、瑞樹先輩からチキンのお誘いをされた。
 お腹空いているし、おごってくれるならとホイホイついていくと、「菜乃ちゃん、他の男に奢ってもらえるって聞いてもついていったら駄目だよ?」と注意された。
 なんだよ、あんたが奢るって言うからついてきたのに、何故ここで説教されなきゃならんのだ。

 近くのコンビニ前では外にテントを設置してそこでクリスマス向けのチキンを販売していた。チキンを2個購入するとそれを食べ歩きしながら帰宅することにした。
 私と瑞樹先輩の家は逆方向だ。なので送る必要ないと言っているのだが、先輩は私を送ってくれるという。
 掃除とかなんやらしていたらとっぷり暗くなってしまったので心配なんだろうなとは思ったが、いつも暗い中帰宅しても何も起きてないから心配することないんだけどな。

「あ。そうだ忘れてた」

 家の前に到着したときに先輩が何かを思い出したかのように、部活用の鞄に手を突っ込んで何かを探しはじめた。
 なんだろうと待っていると、彼はどこぞのショップ袋に入った何かを取り出した。

「これあげる。俺には小さくなった古着なんだけど」

 古着。
 何故私に。
 差し出されたものを受け取ると、キレイに洗濯されたまだまだ新品同様のパーカーが入っていた。……本当に古着?

「いつも着てるから好きなのかなって」

 好きというか楽だから、家にあったから着ているだけで……まぁ、ありがたく頂戴するけども。


 翌日の部活で貰ったパーカーを早速着用していたら、なんだか瑞樹先輩が嬉しそうにニコニコしていた。
 今思えば、クリスマスプレゼントのつもりだったのだろうか。私は何もあげてないのに。果たしてそれでいいのだろうか。
  
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