パリピな男子バスケ部員と女子部マネの私。 | ナノ

ホタルガラスとキス


 2月に2年生一行が沖縄へ修学旅行へ行った。女子部では気を遣わぬよう、部員全員へのお土産は2年部員がお金を出し合って1つのお土産を買うだけにすることと取り決めがあり、2年の女子部員一同から紫芋タルトを配られた。

「はいこれ、菜乃ちゃんにお土産」

 なのだが、男子部では特にそういう取り決めはしていないらしい。瑞樹先輩は私に小さな箱を差し出してきたのだ。
 お菓子でもなんでもないその箱にはホタルガラスと天然石のブレスレットがおさめられていた。中央の一つだけが深い深い青色のホタルガラス。
 その美しさに私は目を奪われ、見惚れていた。

「きれいでしょ。菜乃ちゃんこういうの似合いそうだなって思って」

 歯が浮きそうなセリフを平気な顔してのたまうパリピな先輩は優しく微笑みかけていた。
 私はそれが妙にむず痒くて、先輩から目をそらすと熱くなった頬を見られないように俯いた。

「良かったじゃん菜乃花。付けてみなよー」

 女子キャプテンが私の肩を抱いてほっぺたを人差し指でぐりぐりしながら冷やかしてくる。仕方ないので言われるがまま箱からブレスレットを持ち上げると、左手首に装着した。

「似合うじゃん。さすが嶋野、菜乃花のことよくわかってる」
「でしょー」

 私は恥ずかしくなったが、もらったものにケチつける訳にはいかない。……同じ男子部にいる三国さんには他の部員と同じちんすこうのお土産だったみたいなのに、私にはブレスレット。特別扱いされているみたいで…嬉しくてくすぐったい。

 ブレスレットが視界に入ると、胸の中が熱くなってふわふわと幸せな気分になれた。
 私にはこの感情の名前はわからない。どうしてこんな気分になるのかすらよくわからない。
 だけど、私の中でブレスレットは特別なものになっていたのだ。


■□■


「ねぇあんた、女子バスケ部のマネージャーだよね」
「はぁ…そうですが」

 放課後になったので、女子バスケ部が活動している体育館に足を運ぼうとした私を呼び止めてきたのは2年の女子生徒たちだった。3人組でやってきた彼女たちは決して友好的とは言えない態度で私を冷たく見下ろしてきた。

「あんた、なんなの?」

 急に知らない先輩からなんなのと言われても困る。

「そのブレスレット、嶋野くんが修学旅行中に沖縄の店で注文して購入してて、誰に渡すんだろって噂になってたの」

 あ、このブレスレットをわざわざ注文して購入してくれたんだ瑞樹先輩…。

「てっきりこの子に渡すのかと思えば、部活の後輩にあげてるんだもん!」

 この子、というのは中央で悔しそうに顔を歪めた人のことだろうか。今流行の赤リップを唇に乗せたボブカットヘアの女の子……誰だろうか。

「この子、嶋野くんに振られたんだよ?」

 知らんよ。私は1年だから2年の内部事情は知らない。先輩とはどういう間柄なんですか。

「観光もずっと一緒に行動してたの。有名なデートスポットにも一緒に行ったのよ! 告白もうまくいくと思ったのに、嶋野くんに告白したらそういう対象で見たことないって言われたの!」

 そんな事言われましても。
 一介の後輩に八つ当たりしないでくれないか。
 そもそも観光って言ってもグループ行動していただけなんじゃないの…? 先輩、同じバスケ部の先輩と見て回ったって話をしていたし……男たちではしゃいで映ってる写真も見せてもらった。特定の女子と回ったとかそういう事一切聞かされてないぞ。
 ──それを置いておいてだ。振られたことを私のせいにするのは間違ってるぞ。

「私と瑞樹先輩は部活の繋がりがあるだけです」

 それ以上でも以下でもない。
 妹を可愛がっている感じで扱われている気はするけど、そういう色恋な雰囲気はまったくもって皆無である!

「名前呼びとか馴れ馴れしいと思わないの!?」

 なのだが、彼女たちは別の部分に噛み付いてきた。
 えぇぇ…最初に名前呼びしたのあっちからだし、名字で呼んだら不満そうな顔をするから仕方なく名前呼びしているだけだし…

「ブレスレット渡しなさいよ!」

 そう言って2年が腕を伸ばしてきたので私は後ずさって左手首を庇った。

「嫌です! これは私がもらったものです!」

 同じものが欲しいなら本人におねだりすればいいだろう! その場合瑞樹先輩のお小遣いが大変なことになるだろうけど。
 それにこれはお気に入りなんだ。色の深みからして私好みの色なのだ。なんで見ず知らずの女子先輩に奪われねばならんのだ。

「さてはあんた…興味ありませんって面しつつ、嶋野くんのこと狙っているんでしょう!」

 指摘された私の心臓がドッと暴れたのは気のせいだろうか。

「別に好きじゃありませんよ! イケメンでパリピな男なんて、絶対に弄んで捨てられますもん!」

 図星を突かれたような、そうじゃないような焦りが私を襲う。
 ちがう、そんなことない。私はバスケ一筋。その辺の女子高生みたいに恋愛脳じゃないのだ。

「じゃあなんでブレスレット手放さないのよ! 好きじゃないなら渡せるでしょ!」
「それとこれとはっ」

 違う、と否定しようとしたが、後ろに体を引っ張られて次の言葉を発することが出来なかった。

「それでも俺は菜乃ちゃんが好きだよー」

 後ろからギューッと抱きしめられた私は固まる。振り返らずともわかる。……今の話を、先輩に聞かれてしまっていたのだ。
 彼は私を腕の中に囲い込んだまま、片方の手で私の頭をワシャワシャしてくる。

「あのさ、余計な真似しないでくれる? …お前が何を勘違いしたのか知らないけど、グループ行動をデートと思うのはちょっと思い込みが激しすぎるよ?」

 瑞樹先輩の顔は見えないけど、声が明らかに怒っているのだけはわかった。怒鳴り散らすわけじゃないけど、その低い声には確かな怒りが含まれていた。

「ひどいっ」
「あっリナ!」

 中央にいた女子が涙を浮かべて走り去ると、他の2人も慌てて追いかけていった。
 その場に残されたのは瑞樹先輩と、先輩に捕獲された私だ。問題解決したのにその腕はそのまま私を抱き込んでいる。長くてたくましい腕に、広い胸、大きな背丈。私が欲しくても手に入らないそれを持った先輩の身体に少しばかり嫉妬しながら、私は暴れることなく俯いた。

 ……分からない。
 先輩を狙う女子に色々言われる前までは勘違いしないように自分に言い聞かせてきたけど、ここに来て先輩の行動がわからなくなってしまった。

「…お礼できないのになんでくれるんですか? 私は同じ部活の後輩でしょ?」

 思えばそうだ。
 私にちょっかいを掛けてくると思えば、困ったときに庇ってフォローしてくれるし、クリスマスにも古着とはいえ服をプレゼントしてくれた。バスケに誘ってくるし、いつも先輩は……

「菜乃ちゃんは特別だから」

 耳元で囁かれた言葉に私は体中の血液が全部顔へ集まってきたかのように発熱を起こした。

「い、妹枠で、ですよね」

 だめだ、先輩はいつも私のことからかうから、そういう罠があるかもしれない。私はしかめっ面で口を尖らせながら再確認すると、私を捕らえていた腕の力が緩んだ。

「違うよ、ひとりの女の子として」

 陽の光が遮られ、目の前が彼の顔でいっぱいになる。私は何が起きたのかわからず呆然としていた。
 ふわりと軽く重ねられたそれは私の唇を包むようにくっついた。

 ……!?

 ズバシーンといい音が響く。
 私が先輩のほっぺたをパーでぶん殴ったのだ。

「いってぇ!」
「ファーストキスなのに! このパリピめ! 女の敵!」

 油断も隙もない! いきなり何すんだこのパリピ! イケメンなら何してもいいと思うなよ!

「まって、俺は純粋な気持ちで可愛いなと思って!」
「可愛かったらキスするんですか? 最低ですよあんた!」
「だからね、俺は菜乃ちゃんのことが…」

 私は踵を返してずんずんと歩を進めると慌てて追いかけてくる瑞樹先輩。
 私は彼の言い訳を無視して部室に移動していたのだが、先回りした先輩に捕獲されて、腕の中に捕まった状態で彼の言い訳を聞かされていた。

「菜乃ちゃんのことが好きだよ。俺の彼女になって」

 先輩の口から飛び出してきた告白に私の体温上昇が止められないのは致し方ないことだろう。
 だがしかしだ。それとこれとは別である。

「順番おかしいですよね、一からやり直してください」
「手厳しい!」

 先輩は私がキス1つで落ちる頭軽い女だと思ってるのか! 失礼だぞいくらなんでも!
 先輩の腕の中で暴れて彼の腹をどこどこ殴っていたが、私を捕らえている腕の力は緩まない。

「こらーいちゃつくな! 部活はじまるよー」
「あー熱い熱い。全く目に毒だよー」

 まーたやってるよーと女子部員たちが生暖かい視線を向けながら私達を冷やかしてきた。

「イチャついてません!」

 瑞樹先輩の胸板を押し返して先へ急ぐ。

「待ってよ、菜乃ちゃん」

 後ろから左手を掴まれた。私と違って大きな手。バスケをしている人特有の手をしている。その手に触れられると私はむず痒くて、だけど幸せな気持ちになれるのだ。ギュッと指を絡められると、振り払うのも惜しくなった。
 私と先輩はそのまま手をつないで体育館まで歩いて行ったのである。
  
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