バイトの時間なのでお先に失礼します! | ナノ
一度あることは二度あるし、二度あったことは三度あると心せよ。
『今年の文化祭売上ランキング第1位は…2年1組の大正浪漫風カフェです。こちら来場客のアンケートでも好意的なコメントを頂いております。大正風の学生コスプレした給仕さんが人気でした!』
特設の壇上の上で、司会の眼鏡がノリノリでマイクに向かって発表していた。生徒会の仕事ってホント限りがないよね。大変そうだ。
ベスト1に選ばれた我がクラスの生徒達は頑張りが認められたとばかりに拳を握り、歓声を上げていた。今年は去年の台湾風カフェよりも売上記録が良かった。その代わりに鬼のような忙しさではあったが、表彰されたことでみんな感極まっているようである。
『2年1組には表彰状と、クラス全員分の記念品をプレゼントします。おめでとう』
私は店の余り物のみたらし団子をもぐもぐしながら、クラスの文化祭実行委員が表彰される姿を眺めていた。表彰状は別に欲しくないけど、記念品は嬉しいな。なにもらったんだろう。
壇上には生徒会役員と、文化祭実行委員会の代表者が立っているが、桐生さんと眼鏡との間には距離ができている。…まだ仲直りしていないのかなあの2人。
『只今より、ミスコン・ミスターコンを開催致します!』
表彰式が終わると、ミスコン・ミスターコンが開催された。
エントリーナンバー順に登場する人々はここぞとばかりに勝負服を身に着けて壇上に登っていく。その度に歓声が上がっており、盛り上がっている。コンテストに出場するくらいだ。出てくる人全員自信満々な顔をしていた。
「よっ」
ぽんと肩を叩かれて振り返れば、そこには悠木君がいた。
「さっきはうちの親がゴメンな。面白半分で来たみたいでさ」
「うんびっくりした」
まさか悠木君のご両親が抜き打ち来店してくるとは思わなかったよ。しかも美男美女過ぎて驚きがすごかった。退店した後も店内騒然で、噂を聞きつけた裏方&非番のクラスメイトたちが見たかったと羨ましがっていたもの。
『あぁーっ! こんなところにいたぁ!』
突然、マイクがキーンとハウリングを起こした。キンキン音が鼓膜に突き刺さって痛い。私は眉をしかめて耳を塞ぐ。
その音の原因は壇上に立つひとりの美少女である。彼女は私達を指差して憤っている様子であった。着ている勝負服は秋カラーを取り入れたファッションで、短いスカートからほっそりした生足が覗く。お世辞抜きで読者モデルみたいに可愛かった。…いや彼女なら実際に読モやってるかもしれないな。
『夏生先輩、なんで出場しないんですかぁ!』
ザッと周りの人が一斉にこちらへと首を向けた音が聞こえた。マイク越しに文句を言われた悠木君は注目の的となったのだ。
悠木君は不快に感じたのかムスッとして壇上にいる雨宮さんを睨んでいた。
『先輩なら絶対にミスター優勝するし、私と並べばお似合いだって…』
「うるせぇ。俺はお前を引き立てるための人形じゃねぇ」
悠木君に冷たく突き放された雨宮さんはグッと歯噛みして、悠木君の隣にいた私をギッと睨みつけてきた。まるで彼女から責められているようであった。
ふと、私は思った。
──雨宮さんは悠木君をどう思っているんだろう。やっぱり、隣に並べたら見栄えがいいから狙っているのだろうか。
それは、悠木君という人間をちゃんと見ているんだろうか?
これまでに悠木君にまとわりつく女子たちを何度も見てきたが、どれもこれも彼の内面ではなく外見でしか見てなくて、なんだかなぁという気持ちにさせられる。
もちろん、容色を好むのは生き物として当然のことだと思うんだけど、あまりにも中身を無視しすぎていて気になってしまう。
悠木君の心を無視して、力でゴリ押しているように見えるのだ。……悠木君は優越感を満たすための鑑賞人形じゃないのになって。
考え始めたらなんかむかついたので私も雨宮さんを睨み返しておいた。
後夜祭が終わるまでずっと、悠木君は私の隣にいた。壇上はライトアップして明るかったけど、観衆側は明かりがなくて暗くて誰も気付かなかったと思うけど、さりげなく悠木君から手をつながれて、緊張で固まっていた。
私がちらりと横を見上げると悠木君は私を見下ろしていた。
……彼の唇を見ると、昨日のキスを思い出して恥ずかしくなってしまったのでさっと目をそらす。胸がドキドキしてうるさい。
悠木君は私を心臓発作を起こさせる気なのだろうか。
彼の瞳に映ると、心臓がいつも慌ただしく暴れて私は苦しくて仕方ない。それなのに一緒にいるとなんだか嬉しくなる。こんな気持ちになるのは悠木君と一緒にいるときだけ……
『ちょっとそこ、私を無視していちゃつかないでよーっ!!』
更に特大のハウリング音が響き渡り、生徒全員が耳を塞ぐ。無表情の桐生さんが即座にマイクを奪い取っていた。雨宮さんが文句を言おうとしていたが、相手が悪かったのだろう。ブスくれた顔で沈黙していた。
桐生さんが淡々と次の出場者の紹介をしていた。多分時間が押しているんだろう。私もミスミスターコンには興味ないからさくさく終わらせてほしいので、彼女の行動を支持する。
その年のミスは雨宮さんが選ばれた。
一方で出場していないにもかかわらず、投票1位になった悠木君は辞退したため、壇上には上がらなかった。それには司会役の眼鏡もわかってると機転を利かせて、出場者の中から次点優勝のミスターの名前を高らかに挙げた。
雨宮さんは意中の悠木君じゃない男と並んで不満タラタラのようであるが、ミスターに選ばれたその男子も結構なイケメンだと思うんだけどなぁ。
□■□
後夜祭が終わった頃にはとっぷり真っ暗になってしまった。
「自転車だから大丈夫なのに」
「チャリでも変質者は出るんだよ」
私はバイトで夜遅くの帰宅になるのが日常茶飯事なので慣れている。しかも自転車通学なので問題ないのだが、悠木君が危ないから送ると言って聞かなかった。
「まぁそれはただの理由付けなだけで、二人になりたかったとも言う」
「…!?」
何を言っとるんだ君は…!
私は言葉を失い、沈黙した。急にそういう事言うのやめてほしい。そんな事言われたら意識するしか無いだろう。こんな時に限って悠木くんも一緒に沈黙しちゃうし。なにか話題を振ってくれたらいいものを、余計に緊張してしまうでしょうが…!
近くを通る車のライトが道を照らす。沈黙の中に自転車を押す音がカラカラと響いた。
いつも自転車で通る道を並んで歩いて行く。いつもは最短距離の近道を通行するのだ。
だが今日に限ってはその手前で曲がった。悠木君は疑うことなく私についていった。
──まさか、高架下でぶっちゅうしているカップルと遭遇するとは思わないじゃないか。
悠木君は気づいただろうか。外灯の下で、高架にもたれかかっていちゃつくカップルの存在に…! 気まずい…!
昨日の社会科準備室でのキスを思い出した私は冷静さを欠いていた。普段は通らない道へと進むと、なぜかどんどん怪しい場所へ足を踏み入れてしまった。
全体的にピンクなネオンがちらつく夜の街が目の前に広がった時、私はこのまま気絶したい気持ちになった。
あ、こっちに行くと夜の街に出てくるんですか、そうですか……
「…誘ってんの? 俺は大歓迎だけど…」
悠木君の言葉に私は全身沸騰してそのまま蒸発しそうになった。
まるで私がセクハラしているみたいじゃないか…!
「ちがうんだよ! 障害物を避けようとして! いたでしょ!? 高架下でいちゃつくカップルがさ!」
あの人達がいなければちゃんと決まったルートで帰れたのに! そもそも一人でチャリに乗っていればそのままスルーしていたはずなんだよ! 悠木君が隣にいるから妙に意識しちゃうっていうかさ!
「あははは! お前がこんなに慌てる姿なかなか見れないよな!」
私の反応を見た悠木君が大笑いした。
ひどい、私は真面目なのに。私の反応を予想した上でからかうこと言ったんじゃないのか…?
私達は一旦引き返して、いつものルートで帰宅することにした。さっきの地点に戻るとやっぱりまだカップルがいちゃついていたけど、悠木君が気にせずさっさと歩いていたので、私も彼のペースに合わせて通過した。…最初からこうすればよかったのだろうか……
「…やっぱり悠木君は、ジゴロだから平然としていられるの?」
「やめろ事実無根だ」
仕返しとばかりに言い返してやったら、悠木君の手が伸びてきてほっぺをむにっと引っ張られた。
ちょっとくらい狼狽えてくれてもいいのにさ。私ばかり焦っているみたいじゃないのよ。
がちゃんと自転車のスタンドを立てかけると、私は彼を見上げた。
「家まで送ってくれてありがとう。帰り、大丈夫?」
「大丈夫。地下鉄の駅が近いし」
ご丁寧にうちの前まで送ってくれた悠木君。この後は地下鉄で帰宅するそうだ。私がチャリなばかりに二度手間になって申し訳ないな…。
せめて彼があの電信柱を通過するまではお見送りしようと彼を見上げるが、悠木君は動こうとしない。どうしたんだろうと首を傾げてみせる。
「キスしたい」
「ふぁっ!?」
藪から棒に何を言うんだ!?
悠木君を注意しようとしたのだが、両頬を包む彼の手に顔を持ち上げられて、唇を塞がれた。
一軒家の並ぶうちの近所は、外灯の他に各家から漏れる明かりがかろうじて道を照らしている。その明かりが悠木君の身体に阻害されて目の前が真っ暗になった。2度目のキスに驚いて目をカッと見開いた私は固まる。
軽く触れた唇が一旦離れて、もう一度重なる。
柔らかくてあたたかい感触がダイレクトに伝わった。昨日のキスよりも強く口付けられているみたい。ふわふわしていて心地いい。うっとりしていると、ちゅっとリップ音を立てて離れた。
「じゃあな!」
…えっ、もう終わり?
悠木君が照れくさそうに笑って立ち去る姿を私は呆然と眺める。
…1度ならずとも、2度も奪われた。なんか最後ぺろって唇舐められたし…!
カッと全身が熱くなって、私は声なく悶えた。
もぉぉぉ……! 私の気も知らないでそういうことする!
「あれぇ? 美玖、家に入らないの?」
玄関から顔を出したお姉ちゃんが声をかけてくれるまで、私はわなわな震えながらその場で佇んでいた。
その日の晩はなかなか寝付けなかったので、翌日は眠気でフラフラしながら早朝バイトに臨むはめになったのである。
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