バイトの時間なのでお先に失礼します! | ナノ
DNAは私達の体を作る設計図である。
文化祭2日目は遅番である私は、激安店で購入したユニフォームのなんちゃって袴と友人たちが施した化粧で大正風女学生もどきに変身した。前髪をすべて後ろに持って行き、ハーフアップにして大きな深紅色のリボンを付けたりして。高校生にもなって大きなリボンをつけるのは恥ずかしいが、友人達には好評である。
お客の入りは上々だ。外部からのお客さんも加わって満席状態だ。このお店では客層の平均年齢が高い気もする。
前もって調理しておいたお団子類も在庫が足りなくなりそうなので急遽調理室で追加作成している。万が一売り切れたときの事を考えてギリギリの数量を生産していたけど、その読みが完全に外れてしまった。中には在庫不足で近くのスーパーへ買い出しに出かけたクラスメイトも居る。
大正浪漫風がコンセプトなのでメニューもそれっぽい。ただし、学校の出し物のためあまり凝ったメニューはない。味が選べるお団子と、からみ餅、蒸し饅頭、アイスクリームなどなど。飲み物は珈琲と紅茶、緑茶である。飲み物のみのお客さんにはお茶請けにお煎餅を添えたりして。
派手ではないが、素朴なメニューが年配の客にウケている気がする。
混雑解消のための時間制限が設けられたとはいえ、教室の外に待ちがどんどん増えてく。退店客を見送った後に机と椅子を大急ぎで片付けてから待っているお客さんを呼ぶが終わりが見えない。
「お次お待ちの番号札31番のお客様、おまたせしましたー!」
教室の外で待っていたお客さんに声をかけると、番号札を持った男性がフッと顔を上げる。その男性はお連れの女性に小さく声をかけてそっと背中を押して促していた。仲睦まじそうな2人である。
周りにいる一般客や生徒はそんな彼らをぼーっと見とれていた。私の両親と同じくらいの年代なんだけど、年齢を超越した魅力があって、品のあるとても素敵なご夫婦だったのだ。
なんだろうこの美形ご夫婦…ただ者じゃないな。モデルとか俳優やってるのかな。このクラスの誰かの両親だったりする? ……うちにこんな美形な顔立ちの親がいそうな人はいなかったはずだけど。
彼らの顔を見て私はなんだか既視感を覚えたが、どこかのバイト先で遭遇したかな? と首を傾げるだけで済ませた。
「番号札お預かりしますね、こちらのお席へどうぞー」
ご夫婦を空いた席にご案内すると、メニュー表をお二方に差し出す。
「当店人気のメニューは味を選択できるお団子セットでございます。ご注文の際はこちらの種類一覧表からお選びください。では、ご注文がお決まりでしたらお呼びくださいませ」
頭を軽く下げると私はさかさかと次の仕事を片付けるためにその場を離れた。現在店内スタッフは、和菓子制作チームに接客担当が数名引き抜かれたため、慢性的な人手不足状態なのである。教室一つの広さなのにこの忙しさは異常である。くそう、これが本当のバイトなら労基に訴えているところだぞ。
去年の台湾風カフェであれば、大きな寸胴鍋に大量な作り置きができたけど、今年のメニューはそうは行かない。残った接客スタッフが2、3人分くらい働かなきゃいけない状況で大変である。
無賃労働なのがおおいに不満だが、文化祭なので出血大サービスで頑張る。私が無料で働くなんて特別珍しいことなんだからね!
「森宮ー5番さんに運んでー」
「ただいまー」
先程ご案内した美形ご夫婦の注文商品が用意されたので、お盆に乗ったそれを5番へ運ぶと、そのご夫婦から微笑ましそうに見られた。
高校生が配膳している姿が微笑ましいのだろうか…? 謎の微笑みに少しビビりつつも、注文の緑茶とお団子セットを配膳する。
「お待たせいたしました、緑茶とお団子セットです。こちら側から、あんこ、みたらし、うぐいす、草、きなことなっております」
お団子セットの味の説明を済ませて、そのまま下がろうとしたのだが、それを止めるかのように、ご婦人に腕を掴まれた。
「あなたが森宮美玖さん?」
いきなりフルネームで呼ばれて、私は少なからずとも驚いた。
校内ならまだしも、外部のお客さんにまで名前を知られているほど有名になった覚えはなかったからだ。
「はい……どこかでお会いしましたっけ?」
バイト先のお客さんなら……こんなに目立つ人、絶対に憶えているはずだしな。
まじまじ私を見てくるご婦人。居心地が悪い。私が困惑しながら問いかけると、彼女はふふふ、と小さく笑って首を横に振った。
「驚かせてしまってごめんなさいね、私は──…」
「はぁ!? なんでここにいんの!? 来るとか聞いてないぞ!」
ご婦人が何かを言いかけた時に口を挟んだのは悠木君であった。彼は店の出入り口でパッカリ口をあけてこちらをガン見している。
「あら、夏生」
目の前のご婦人がころころと笑ったことで、私は新たな可能性に気づいた。……既視感があったのは、この人が悠木君に似ているからだ。そしてお連れの男性は、さや香さんに似ているんだ…!
「……悠木君のご両親…?」
なんで気づかなかったんだろう。こんなにも面影があるのに……と一人でショックを受けていると、私とご婦人の間に悠木君が割って入ってきた。
「母さん、なに言ったんだよ! 森宮が驚いているじゃねーか!」
「夏生にもとうとう好きな子ができたんだって、さや香に聞かされたからお忍びで来ちゃった」
「はぁ!?」
悪気なく言われた言葉に私は驚いてしまったばかりじゃなく、顔から火が吹き出しそうになった。
ちょっと、それ悠木家公認になってるの…!? ていうか他にも人がいる場所で言うことじゃないんですけど…!
「だからって…」
「夏生が高校に上がってから会う機会も減ったからな。父さん達も夏生の好きな女の子と会ってみたかったんだよ。さや香だけずるいじゃないか」
悠木君が文句を言いたそうにしていると察したのか、お父さんが宥めていた。つまり息子のことを心配していたと。私が息子に近づく危険な女じゃないか見極めに来たってことだろうか。
両親の口から飛び出してきた発言に悠木君は整えていた髪の毛をわしゃわしゃ掻いて何か言いたそうに唸っていた。
「あのさぁ…」
「まぁまぁ立ち話もなんだし一緒にお茶しましょう。森宮さん、この子のお茶も追加でお願い……あ、そうだわ、森宮さんも一緒に」
「こらこら、森宮さんはお仕事中なんだよ。邪魔してはいけない」
「あらそうね……残念だけど、また今度機会があったらお茶しましょ!」
ご夫婦は悠木君の腕を引っ張って空いている席に着かせると、追加で注文していた。久々の親子でのお茶タイムにすることにしたようだ。
「……すぐに追加のお茶をお持ちしますね」
私は注文を受けてその場を離れた。私に会うことを名目にしている風だったが、実は息子の様子を見に来ただけなんだろうなぁ。
自分にはお仕事があるのでなんのお構いもできなかったが、仕事をしながら5番テーブルをこっそり盗み見した。ご両親と一緒にお茶をする悠木君は照れくさそうにしつつも、悪い雰囲気ではなかった。私も両親が文化祭に来たなら同じ反応するかもしれないので、悠木君の気持ちはわからんでもない。
美形一家のテーブルは目立っており、めちゃくちゃ視線が集中していた。すごいなぁ、ただの高校の文化祭なのに、あそこの空間だけ高級ホテルのラウンジに見える不思議。私は今どこで働いているんだっけ? と錯覚してしまいそうになった。
「森宮さん、気持ちのいい接客だったよ」
彼らが退店する際に、悠木君のお父さんからそっと声をかけられた。
「我が息子ながらお買い得だと思うの。夏生のことよろしくね」
極めつけにお母さんからギュッと手を握られて念押しされてしまった。
まだ付き合っているわけじゃないんです、私が告白の返事保留してまして…とか言える空気じゃないな……罪悪感がチクチクと心を苛む気持ちである。
にこにこと微笑む悠木夫妻は爽やか麗しかった。……美男美女な夫婦である。流石悠木君のご両親。DNAは裏切らない…
私はDNAの神秘についてしばし考える羽目となったのである。
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