太陽のデイジー番外編 | ナノ
Day‘s Eye 咲き誇るデイジー
わちゃわちゃタルコット家からのおたより 【三人称視点】


 ──拝啓、レイラ様
 
 いかがお過ごしでしょうか。

 我が家は毎朝忙しいです。おむつ拒否の双子が家を飛び出し、捕まえるのに魔法駆使しております。私の魔力は我が子を捕獲するためにあったのだろうかと自問自答する日々を送ってます。

 長男はテオに似て、赤子ながら女の子によくモテます。
 この間も町で女の子に餌付けされていました。その日の晩はお腹を下して大変なことになりました。この子の将来が心配です。
 行く先で女の子に拾われて飼われそうになるので、いっそ首輪を付けたほうがいいのかと考えております。脱走常連者その1です。

 次男は私に似てとても好奇心旺盛です。
 彼には不思議な能力が備わっているようで、病気の人の悪い部位を嗅ぎ分けることができるようなのです。
 私のように勉強好きに成長するかもしれません。脱走常連者その2です。

 実家の両親が手配して設置してくれた柵も彼らの牙によって破壊され、もうぼろぼろです。テオが手の空いた時に修理してくれますが、直したそばから脱走常連者たちが破壊するのでもう諦めました。歯がかゆいんでしょうか。
 ふたりとも獣人寄りの子なので魔術師の才能には恵まれないでしょうが、子どもたちにはできる限りの教育を受けさせたいと考えてます。
 
 テオも元気です。
 私達は共働きなので、私の負担にならぬよう彼は率先して家事をしてくれます。
 子守りも慣れたもので、私は彼がこんなに子ども好きだとは思いませんでした。今では子どもたちをおむつマンに仕立てるのがとても上手になりました。
 子どもが一気に2人生まれて毎日大忙しですが、私達は元気にやっています。


 レイラ様もお身体お大事になさってください。悪阻止めの薬を同送します。ご活用いただければと思います。
 元気な赤ちゃんが生まれるよう、遠い地で祈っております。
 それでは。

デイジーより


◆◇◆


「脱走常連者…」

 彼女は便箋に顔を伏せてフルフル震えていた。
 文章からはちゃめちゃ一家の情景が思い浮かんだのであろう。おそらく彼女が想像する以上に手紙の送り主はてんやわんやしているだろうが。
 送り主のデイジーと受け取り主のレイラは、当初微妙な関係で、最悪の結末を迎えた間柄ではあったが、今は手紙を通じて交流を図っていた。

 一時は運命の番に拒絶されて廃人状態になったレイラだったが、別の町に住んでいた狼獣人の男性から熱烈な求婚をされ、それを受け入れた。その後は彼のすすめで故郷を離れ、西の港町に居着いた。
 彼女がいたのは獣人で固まった村。見知った顔の彼らはレイラがどんな状態に陥ってどんなことをしでかしたかを知っているため、彼女のことを誰も知らない人達のいる場所で暮らしたほうがいいと思った夫の判断である。
 そこで夫との新婚生活を送りながら、レイラは少し前までの自分のことを俯瞰するようになった。

 あの時、レイラは確かにテオに惹かれた。心の奥底から身体が彼を欲していた。
 ──だけど今思えばそれは、性欲が反応する、自分の体の相性とぴったりな相手だったからあんなにも惹かれたのかもしれないと思うようになった。
 当時のレイラは文字通り狂っていた。テオの心を射止めた彼女を憎いと思っていた。想い合う彼らを引き裂こうとしたのは自分なのに、レイラは自分が選ばれる立場なんだと謎の自信を抱いていた。
 だけど結局、テオはレイラを拒絶した。
 それはそうだ、テオに薬を盛って既成事実を作ろうとした上に、彼の好きな人をレイラは殺そうとした。いくら運命の番を欲するがゆえの衝動とは言え、レイラはやってはいけないことに足を踏み入れてしまったのだ。
 レイラが自ら、運命の番との運命を断ち切ってしまったのだ。


 手紙を送ってデイジーに謝罪したのは自分のためだった。自己満足の身勝手な行動。ただ懺悔してスッキリしたかっただけ。だから小包付きで返事が来た時は驚いた。彼女の薬は評判で、遠いこの港町にもあちらの村に足を運んで購入している人がいるくらいだ。それをお試しとはいえこんなにもらっていいのかと困惑したくらいである。

 運命の番に溺れて凶行に走ったレイラをデイジーは許してくれた。その時やっと、彼女は運命の番の呪いから解き放たれたのだ。

 彼女たちの今の関係性を周りはあまり良くは思わないかもしれないだろうが、彼女たちは定期的な手紙のやり取りをしている。

「なにかおもしろいことが書いてあるの?」

 にゅっと後ろから伸びてきたたくましい腕がレイラを優しく包み込む。レイラはその腕に身を任せ、甘えるように相手の首元に頭を擦り付けた。

「私達の子も脱走常連者になるかもしれないわ」
「…そうだね」

 くすくす笑うレイラの額に軽く口づけした男性はふとあることに気づいた。

「身体が冷えているじゃないか。ほら冷やさないで」

 妊婦に冷えは禁物だ。初の妊娠ということで神経質になっている男性はショールを引っ張ってきてレイラの肩にそっとかけてあげていた。

「大事にしなきゃいけないよ。君はもう一人の身体じゃないんだから」

 レイラは夫となった男性に甘えるようにしなだれかかると、目をつぶり幸せそうに微笑んだ。

 運命の番という呪縛に縛られ、狂った彼女は今、運命の相手じゃないが彼女を愛し大切にしてくれる伴侶と出会い、幸せに暮らしていた。


 
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