太陽のデイジー番外編 | ナノ
Day‘s Eye 咲き誇るデイジー
お仕事前の大切な儀式


 兄上の結婚式も無事に終わり、村に戻ってきた私はいつも通りの日常を送っていた。平凡でのどかで、どこか退屈な獣人村の暮らしは素朴そのものだ。変化はそれほどないけれど、私にとっては一番安心できる場所なのだ。
 ところで、先程仕事に出かけたテオがとんぼ返りしてきた。

「ヒューゴがついてるって言われて振り返ったら、俺の尻尾に噛み付いてた」

 家を出る前にベビーベッドでまどろむ双子の顔を眺めて仕事に出かけたはいいが、いつの間にかくっついていたという。
 尻尾がなんだか重いなぁとは思っていたテオだが、同じ白銀色のヒューゴは保護色となってテオが見下ろした位置からはわからなかったらしい。そんなことってあるんだ。
 テオからヒューゴを受け取った私は、彼をベビーベッドに戻し、結界を張った。……魔法はこんなことに使うものじゃないのになぁ…なんだか情けないや……
 
 脱走するあんたたちが悪いのよ。頼むからおとなしく寝ててくれと念じながら子どもたちを眺めていると、背後からぱたぱたぱたと尻尾が揺れる音が聞こえてきた。

「なに? はやく仕事に行きなよ。遅刻したらまた親方にどやされるよ」

 音の原因はテオである。何やら期待の眼差しでこちらを見ながらしっぽを振っていた。
 まだいたのか、仕事にいけと促すと、テオは両腕を広げた。

「だから、ん」
「…さっきやったでしょ」
「もう一回」

 期待に胸を膨らませるテオ。
 この野郎……と私が悪態つくのは仕方ないと思う。テオが求めているのは、私からの【いってらっしゃいのキス】なのだ。

 別に最初はこんな事していなかった。
 だけど兄上の結婚式から帰宅した日以降、私と離れるのを嫌がるテオをなだめすかして仕事に行かせるために、私からキスをして送り出したのだ。その日からテオは毎回私にキスをねだるようになった。それがいつの間にか行ってくる前の儀式に変わってしまったのだ。
 ちなみに今日の分のキスは先程した。それなのにこいつはおかわりを求めてきたのだ。私はため息を吐き出すと、テオの両頬を引き寄せてほっぺたにキスをした。

「そこじゃねぇだろ」
「うるさい。口にしたらあんた止まらないでしょうが。早く仕事に行ってきなさい」

 どん、とテオの胸板を押し出したが、びくともしない。

「だぁめ、やり直し」

 やり直しとか言いながらテオからキスしてきた。ただキスしたいだけじゃないのかあんたは。
 むっちゅむっちゅとテオからのしつこいキス攻撃を受けた私は、ペカーっと表情を輝かせたテオが仕事に出かけるのを見送った。

 ──最近のテオは以前にもまして重い。
 ……先日の里帰りで私が巻き込まれた何かが原因なのはわかっている。この間実兄の結婚式で起きた不可解なことだ。
 兄の学友であるシモン・サンタクルスが関係しているのはなんとなく察していた。だってあれ以降彼の姿も話題も出てこなかったもの。みんな頑なにサンタクルス氏の話題を避けていたから絶対に何か関係している。

 何故か私は兄の友人である彼に初対面時から妙に気に入られてて、2回程度しか会っていないのにやたら国に招待された。お誘いはもちろん断ったけど。
 虫人はこの辺では見ないのでやっぱり怖い。クラウディア様から簡単に話を聞かせてもらっていたが、未だ解明していない虫人種族もいて、即効性の毒を生成できるものもいるそうなので申し訳ないけど、あまり近寄りたくない存在。
 それに…私の記憶が薄れる直前、彼は私の子どもたちに敵意を向けていた。…目を離したらその拍子に子どもたちを殺されてしまいそうな気がして怖かった。
 ──兄上には悪いが、彼とはもう会いたくないなぁ……

 村に帰ってきてからはテオがいつも以上にベタベタしてきて少し鬱陶しいけど、私がテオを不安にさせる何かをしたんだろうな、間違いなく。だから私も拒絶できなかった。
 今のテオは獣人の執着とは違う、恐怖みたいな感情を抱いているみたいなんだ。

 …だけどさぁ、深夜まで盛るのはどうにかならないかな。
 もう蜜月って期間じゃないのに逆戻りになっている気がする……腰が痛い…気怠い…あいつは私以上に体力消耗して睡眠不足なはずなのになんであんなに元気なんだろう。体力お化けか。
 こんな事誰かに話したら「惚気か」と突っ込まれるが、私は本気で疲れている。愛されて辛いとロマンス小説のヒロインみたいに言ったところで、それとは意味合いが少し違うし。

「…滋養強壮剤でも作ろうかな……」

 私は隣接している作業小屋に入ると、薬棚に手を伸ばした。そして壁にピンで刺した注文書の数々を見て再びため息を吐く。

「……薬よりも美容クリームのほうが需要があるってどういうことなんだろう」

 最近美容クリームばかり売れて、魔術師としての自信を失いかけている。いや、いい収入源ですよ。薬が必要ないくらい皆元気ってことだもんね……
 ……。後で薬草摘みに行かなきゃ。

「アステリア・デイジー・タルコットさんにお手紙だよー」
「はーい」

 玄関から聞こえてきた声に私は返事をしながら向かう。
 手紙か。誰からだろう。
 顔見知りの配達員から手渡された手紙は封筒に繊細な花の絵が描かれていた。
 それはレイラさんからのお手紙だった。


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