元同級生と、元いじめっ子。
「結婚は遅めなのに、俺らより先にガキができんのかよー」
「抜け駆けめ」
元悪ガキトリオの獅子獣人と栗鼠獣人から、文句みたいな祝福を受けたテオは顔面が溶けそうなほどだらしない笑顔を浮かべていた。
彼らは私達よりも先に家庭を持ったのだが、まだ子どもはいない。遅れて結婚した私達に子どもができたということを祝福しつつも羨ましそうな様子であった。
ニコニコしているテオの首に腕を回して絞め技をしてじゃれている彼らを眺めていると、比較的静かな反応を示していた象獣人が「医者には安静と言われたんじゃないのか。外に出てもいいのか?」と心配してきた。
…そういえば、こいつは何やら意味深な発言をしていたな。酒を飲むなとか鼻が利くとかなんやら…テオよりも先に私の妊娠を気づいていたのではなかろうか。
「私の匂い、あんたにも区別つくの? 妊娠したのも匂いで気づいていたの?」
私が問いかけると、象獣人はしたり顔をした。
「言ったろ? 俺は鼻がいいんだ」
大きな鼻を指差して得意げに笑う象獣人。
匂いで人を判断しやがって、と言いたくなるが、さりげなく気遣ってくれたのだとわかるから文句は言えない。
妊娠が判明してしばらくは重い悪阻で地獄を見ていた私ではあるが、ここ最近それも落ち着いてきたのでこうして外に出るようになった。
以前にもまして身内が過保護になっているが、ずっと家にいるのも退屈だし、そろそろ仕事を再開したいなと考えていたのだ。お医者さんいわく、安定期に入れば仕事をしても大丈夫と言われたのでそのつもりでいたのだが、私の旦那様はそうは行かなかった。
『出張のある仕事は絶対に駄目! 危ない!』
『町へ売りに行くなら俺が持っていくから!』
『依頼? 客がここに来ればいいだろ!』
これらはテオの口から飛び出してきた文言である。束縛にも似た言葉だが、これらは母子の安全を考えての発言だと私も理解している。無理をして流産とかなってしまったらいろんな人に申し訳ない。なのでテオの意見を少しだけ取り入れつつ、徐々にお仕事再開することにした。
出張は受け付けない。依頼があるなら村にまで出向いてもらうことにする。薬の販売は村と隣の町限定にすること。町へ販売・配達に行く際はテオを同行させること。
いろんなところへ自由に飛んでいた私にしては範囲が狭まってしまったが、お腹の子どものためでもある。この際なので、眷属である狼姉弟・メイとジーンに薬草採取の指示を飛ばして、還らずの森から採ってきてもらうことを覚えてもらおうかなと考えているのだ。
□■□
ヤボ用があったのでテオと一緒に町へ出向くと、テオが雑貨屋に買い物があると言ってそこの店主と何やら話をし始めた。
待っている間、店の商品を眺めていると、背後で「あっ!」と何かを見つけたような声音の男の声が聞こえた。
何だ、うるさいな…と思って私は振り返る。そこには同年代の男が立っていた。男が身にまとうのは魔術師のマント。
……誰?
「お前! デイジー・マックだろ!」
「……色々あって名前が変わりましたけど、以前はその名前でした……あなたは?」
見知らぬ男に人差し指をさされて旧姓で呼ばれた私は怪訝な顔で相手を警戒する。何なのだこいつ。
「エイモス・カーターだよ! 魔法魔術学校で同じクラスだっただろ!」
「……飛び級したので同級生のことはあまり憶えてません」
誰だっけ? と思って首をかしげていた私だったが、ひねくれた性格をしてそうな相手の顔を見ていると、ぱっと一人の人物を思い出して「あ」と声を漏らす。
「カンニング濡れ衣着せてきた、スペルミスのカーター…」
1年生の時に起きた嫌がらせの数々を思い出して私はしょっぱい気持ちになった。村の悪ガキ共とは違う、質の悪い悪質な嫌がらせを仕向けてきた嫌なやつじゃないか……なんでこんな場所にいるのだ……
私がげんなりとした態度を隠さずにいたので、相手にもそれが伝わったのか、カーターはムッとした顔をしていた。
「お、お前、貴族の娘だったらしいな! なのに、あっちに馴染めずに放逐されたって噂だぞ!」
「放逐はされてない。私が望んで貴族籍を抜けただけ」
「同じことじゃねーか!」
同じではないが、それは今更どうでもいいことである。
なぜこいつと再会せねばならんのか。おしゃべりするほど親しいわけでもないし、早くどっかに行ってほしい。
「お前、行き場所がないんじゃないのか? 獣人の親の家にも帰れずにフラフラしてるんじゃねーの?」
ニヤニヤ笑う意地悪な顔はあの頃から全く変わらない。
こいつ、1年生の頃からまったく成長してないんじゃ…嘘でしょ、あれから何年経過したと思っているのか。相変わらず性格がひん曲がっている。
「結婚してるんだから、実家を出たに決まってるじゃない」
実家に帰ると必ず旦那が迎えに来るから、お泊りもできないよ。
私が淡々と言いかえすと、目の前のカーターがピシリっと固まったように見えた。
「……は? けっこん…?」
「うん、村の幼馴染とちょっと前に結婚したの。あ…、貴族籍抜けたのは旦那のためじゃなく自分のためだから」
そこのところは重要だ。
村に帰ってくる前までは住居兼店舗を借りて自営業で生きていく覚悟だったからな。
「──そこは、俺のためって言ってくれても良くないか?」
後ろから伸びてきた長くてたくましい腕が優しく私を包み込んだ。その腕の持ち主が誰かわかっていたので私は抵抗しなかった。
「在庫あった?」
「いや、取り寄せになるって言われたから、注文しておいた」
私の視線はカーターから、探しものの在庫がなかったらしいテオに向かった。テオは私の顔中に幾多ものキスを落とすと、ジロリとカーターを睨みつけていた。
狼獣人の鋭い睨みにカーターは目に見えてビビっていた。だが私はカーターを庇うほど奴のことが好きではないので、そのままにしておく。
「誰、こいつ」
男と話しているのに嫉妬したテオが不機嫌そうに問いかけてきた。
「魔法魔術学校1年の時の同級生。言っとくけど、この人は私に嫌がらせしてきた人だから、テオが想像しているような変なことはないからね」
「…嫌がらせ?」
テオの睨みが更に鋭く、重いものに変わった。
「元いじめっ子のテオが言えたことじゃないよ。これは私の過去の問題だからテオは口を挟まないで」
「……」
私が制止をかけると、テオは不満そうに黙り込んでぐるぐる唸っていた。なに唸ってるんだ。私は何も間違ったこと言ってないだろう。
まぁ、あんたは人を殺すような、人を陥れるような嫌がらせをしたことないから、カーターと同類ってわけじゃないけどさ。とりあえず話がややこしくなるから余計なこと言わないでほしい。
「怖いお父さんだって、赤ちゃん怖がっちゃうよぉ、テオ君」
呑気な声に私はまばたきを一つ。そしてテオの獣耳がピクリと動いた。
「やっほーお祝いお届けに来たよぉ」
大きな箱を抱えたくるくる赤毛の丸眼鏡の彼女と、花束を抱えたアプリコットブラウンの髪を持つ彼女が歩いて来ていた。
彼女たちが午後からお祝いに来てくれるって約束だったから、午前中のうちに町でお茶菓子を買うつもりだったが、彼女たちの到着のほうが早かったようである。
「…なに入ってるんすか、これ」
「開けてからのお楽しみだよぉ」
重そうにしていたからか、マーシアさんの腕に乗っかっている箱をテオが代わりに持ってあげていた。箱の中でゴトゴト音がするんだけど、何が入っているんだろう…
「カーター君、私達とテオ君が落ち着いている間に立ち去ってくれないかな?」
カンナが私を守るように前に立つと、元同級生と対峙していた。
「デイジーにカンニングの濡れ衣着せたこと、デイジーに火の魔法を掛けて火だるまにしかけたこと……デイジーが許しても、私はまだ許してないんだよ?」
性格の悪いこの男相手にしてカンナは大丈夫だろうかと心配になったけど、カンナは平気そうだった。カーターとは6年間同じクラスだったから慣れてしまったのだろうか。
カンナの圧に負けたのか、怯んだカーターは足を縺れさせながら逃げていった。久々に再会しても動きが小物だな、あいつ。
普段ヘラヘラしているカンナが怒ると怖いから気持ちは少しわかるけど。
いつまでも立ち話はなんなので、彼女たちを連れて町のお菓子屋さんで好きなお菓子を選んでもらうとそれを購入した。そして2人を連れて村に戻ったのである。
□■□
「じゃーん!」
「私とカンナ連名の贈り物は乳母車だよぉ」
大きな箱の正体は乳母車の部品だったらしい。一から組み立てないといけない奴だが、こういうのはテオが得意なので彼におまかせしよう。
「ありがとう。何から買えばいいのか迷っていたから助かるよ」
「みんなから色々贈られそうなのに意外だね」
カンナが首を傾げる。
あー、うん。周りの人はみんななにか贈ってくれようとはしているんだけど、お腹の子が人間寄りか獣人寄りかがわからないから買い揃えられないと言うか。獣人寄りであればベビー服とか靴は必要ない。人間寄りなら動き回る獣人の赤子逃亡防止柵は必要ない。
どっちがどっちかわからない状況なので、今の時点での贈り物は辞退しているのだ。現在私達が用意してるのは、オムツ布とかベビーベッドとかおもちゃとか最低限のものだけである。
だが乳母車ならどっちの場合でも必要になるだろうから、とてもありがたい。
「ねぇねぇデイジーお腹なでてもいい?」
目を輝かせたカンナにおねだりされたが、私はまだそこまで膨らんでいないお腹を見て首を傾げた。
「いいけど、全然動いたりしないよ?」
「いいのいいの」
果たして、ぺったんこのお腹を触って楽しいのだろうか。カンナは私のお腹に向けて「聞こえますかー?」と話しかけている。カンナが楽しそうで何よりだ。
「ほんとデイジーは忙しいねぇ。この間まで貴族令嬢していたのに、流れるように平民に戻って結婚して、今じゃお母さんだもん」
頬杖をついたマーシアさんがおかしそうに笑う。そんなこと言われても、なるようになっただけなので仕方ないと思う。
「うーん、私も最初に思い描いた未来は魔術師としていろんな場所を旅していたはずなんだよ。結婚なんて後回しでさ」
貴族令嬢と判明しなければ、ハルベリオンとの戦いがなければ、今の私はいなかったのかもしれない。
それを言ってしまえば、シュバルツ侵攻の晩に私は他の領民ともども死んでいたかもしれない。
「本当こればかりは巡り合わせだよね」
いろんなことを思い出していた私はフッと笑った。
「表情が柔らかくなったよねぇ。安心できる居場所ができたからかなぁ?」
「いいなぁデイジー。私も自分だけを愛してくれる旦那様候補早く見つけなきゃ」
冷やかすように言われた言葉に私は少し気恥ずかしくなったが、否定はしない。
「…約束したからね。たくさんテオの子どもを産んで、毎日にぎやかな家庭にするって」
テオとの約束を口に出すと、カンナとマーシアさんが目をまんまるにしてこっちを凝視していた。
……はて、私は変な発言をしたであろうか。
← →
[ 35/53 ]
しおりを挟む
[back]