太陽のデイジー | ナノ 私がデイジーで、デイジーが私で。前編【カンナ視点】

 私にはすごい友達がいる。
 何にも染まらない漆黒の髪に大きな紫の瞳、きれいに通った鼻筋、おしゃべりを好まない唇は厚くもなければ薄くもない丁度いい形。肌は雪のように白く透き通っており、顔立ちは精巧な人形のように整っていた。
 初めて彼女を見た時、まるで絵画の中に描かれていそうな貴族のお姫様だと思った。その不思議な雰囲気は彼女の魅力の1つで、みんな近寄りがたそうに遠巻きにしてみていた。

 冷静で、あまり眉を動かさない表情の薄い子かと思ったけれど、教科書や授業を目の前にすると楽しそうにその瞳は輝く。
 ツンケンしていて性格がきつそうだと言う人もいたけど、そんなことはない。彼女は単純に勉強にしか興味ないだけだ。それにいいところも優しいところもたくさんある。私はそんな彼女に興味を持った。

 捨て子とか獣人に育てられた得体のしれない娘だとか、彼女に関する口さがない噂が飛び交っていたが、そんな噂など潰す勢いで彼女は実力を発揮させた。
 その才能に嫉妬して嫌がらせをしてくる輩もいたが、彼女は最後までその志を折らずに立ち向かった。その姿は気高く美しくて、私の目にはとてもかっこよく映った。

 彼女は賢く努力家でとても優秀だった。6年の学校をあっという間に3年で卒業し、魔法庁のスカウトを断り独立。その1年後には高等魔術師の試験に合格してしまうくらいの才女。
 彼女の名はデイジー・マックという。
 私はずっと彼女のことを訳あり貴族の落し胤だと思っていた。だからデイジーの生い立ちの真実を知った時は驚いたけど、妙に納得してすぐに受け入れられた。
 彼女は貴族のお姫様。そして私は平凡な町娘。だけど変わらない。デイジーは私の大事なお友達のままだ。デイジーもそれを受け入れてくれているもの。


 ところで、私には気になることがある。
 デイジーは血縁と再会できたのに、捨て子じゃなく迷い子だと判明したのに……貴族のお姫様になれたのに全く嬉しそうじゃないのだ。暫く見ない間に彼女は病的にやせ細り、心配になるほど顔色が悪くなっていた。
 私と挨拶してくれた彼女の血縁者は優しそうな両親とお兄さんだった。貴族特有の高慢さはあるが、悪い人たちには見えなかった。
 なのにデイジーは彼らを受け入れられないでいるみたいだ。むしろ怯えている姿が気になる…。

 私がよく知っているデイジーはもっと自信満々で気が強かったはずなのに…
 今のデイジーは表情を暗くして、口は重く、なにかに耐えているようで……時折泣きそうな表情を浮かべる。

 まぁ、その原因はそう時間を置かずに見つかったけども。


■□■


「ほら、ちゃんと目を離さないでかき混ぜる」
「勉強したくないよぉ、薬作りなんて以ての外ぁ」

 感動の再会をした時に学校での愚痴を話したら、デイジーから「次の学期で作るから予習しよう」とか言われて薬作りを強制された。
 いやだ、私はデイジーに会いに来たんだよ、薬を作りに来たんじゃないのに。

 べそべそ泣き言を言う私にもデイジーは無慈悲だった。的確に説明して行く。先生よりも教えるのが上手なのは相変わらずである……あ、これ違う薬草だ。デイジーにはバレてないな…大丈夫か。

 ずらりと並べられたデイジーコレクションである薬草達に囲まれ、村の外れの丘の上で薬を作る。私は何しにこの村へ…

「…うん、匂いもおかしくないし、多分大丈夫でしょ」

 さっきから湿布薬、睡眠薬と復習を兼ねて作らされたが、見るも無惨な出来になってしまった。しかし、ここへ来てようやくまともな薬ができた。

「気付け薬なんてどこで使うの…お酒飲めない子どもはどうするの…」
「そんな事言っても履修範囲だからね」

 デイジーはためらわずに私が作った薬を呷った。あっ飲んじゃうんだ……。
 私はその姿を見て、自分も飲まなきゃという焦りが生まれた。そして薬を飲んで…それで……

 くらりと、頭が回った。






「ん……」

 気を失っていたのはどのくらいだろうか。私は身体を起こして頭を押さえる。ちょっとくらくらするけど、大丈夫そうだ。

「で、デイジー……」

 側にいたデイジーに声をかけようとしたが、側に倒れている人物の姿を見て違和感を覚えた。喉元に手をやって、そこで更に違和感……
 手のひらで頬やら髪やらを撫で擦る。視線を下ろせば、庶民が手出しするには高級なドレス……

「…まさか、私、デイジーになっちゃった?」

 どうやら薬は失敗に終わったようである。
 ということは、側に倒れている私の身体に、デイジーの意識が入っているということ……彼女は酔っ払っている様子でうんうんと苦しそうに唸っている。
 仕方ない、運ぼう。
 私は周りに散らばった薬の材料や道具をササッと片付けると、魔法を使って自分の体に入っているであろうデイジーを浮かした。
 そして住宅の集う場所まで駆けていき、一軒の家に飛び込むとデイジー育てのママに事情を話した。貴族の方のママは町の宿に滞在中のため、現在ここにはいなかったのだ。

「私とデイジー入れ替わっちゃったみたいなの! ごめんなさい、私が作った薬が失敗したみたい!」

 デイジーの姿かたちをした私がきゃあきゃあ慌てているもんだから、熊ママは目を丸くして固まっていた。頭の上でピコピコ動く丸いお耳が可愛い。
 我に返った熊ママはすぐに私の姿をしたデイジーを介抱してくれたが、悪酔いして意識が混濁している為、寝かせるしか無いと言われてしまった。死に関わるようなひどい状態じゃないから大丈夫と言われたものの、私はがくりと落ち込んだ。


 自分の失敗にしょんぼりしながら、村をトボトボ散歩していた。折角デイジーに会いに来たのに、デイジーの身体乗っとって、デイジーの意識混濁させて……私は一体何をしに来たんだろう……
 下を見て歩いていた私は地面がキラリと光ったことに気がついた。昨日まで雨が降っていたのだろう。地面に残ったままの水たまりが太陽の光に反射して光ったのである。

 水鏡に今の姿を映す。
 今の私はデイジーの身体に入っている。そんなわけで映るのはデイジーである。貴族のお姫様の格好したデイジーはとても美人さんだ。女の私からしてみても惚れ惚れする。
 しゃがみこんで水鏡に映るデイジーの姿を観察した。角度を変えて、細かく結いこまれた髪型とか、上品な耳飾りとか、デイジーの整った顔とか!

「はぁ…どこからどう見ても美人さん…ほんと綺麗……」

 頬を両手で包み込み、感嘆のため息を漏らす。
 そう、今の私はデイジー。デイジーは貴族のお姫様なのだ。そして今の瞬間、私はデイジーとなってお姫様になっているのだ!

「あはっ!」

 そう考えるとなんだか楽しくなってきた。裾が地面につくくらい長いドレスはふわふわしていて、なんだかワクワクしてきた。私がくるりと回ると、風に揺れてドレスはふわりと浮いた。
 デイジーには申し訳ないけど、今だけお姫様気分を味あわせていただこう。ルンルン気分で、私はスキップし始めた。

「えへへっ」

 浮かれている私を、お仕事中の青年が呆然と見ていた。彼は背後にある大きな工場の従業員だろうか。もふもふした白銀の耳と尻尾を持つとてもかっこいい人だが彼は…犬獣人だろうか? いや、狼獣人かもしれないな。
 彼は口を大きく開け、信じられないものを見るかのようにこちらを見ている。──さてはデイジーの美しさに恐れおののいているのだな?

 そうよね! デイジーは美人さんよね! 分かる!

「ごきげんようっ!」

 私は手をひらひら振ってご機嫌に挨拶してあげた。
 お貴族様の娘だもの。デイジーが恥かかないようにお上品に挨拶しなきゃね!
 彼はポカーンと私を見送っている。
 あはは、うふふと笑顔を振りまきながら、私は先をゆく。かっこいい人と出会えたし、なんかいい事と出会えそうだ!

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