太陽のデイジー | ナノ ウザ絡みな彼女の来訪

 私がドラゴンと交流を持っていることに驚いていた辺境伯一家だったが、ルルの事情とハルベリオン勢から保護しているのだと説明すれば好意的に受け止めてくれた。

「お嬢様がドラゴンをけしかけたのです! 高等魔術師の資格を持つだかなんだか知りませんが、このまま甘やかしては大変なことになりますよ!」

 ギルダは辺境伯へ告げ口みたいなことをしていたが、相手はドラゴンである。逆に辺境伯はギルダに「こちらがお邪魔している立場なのだから大人しくするように。ドラゴンに人間の常識は通用しないんだぞ」と注意していた。
 甘やかして大変なことになっているのはギルダ並びにメイドじゃなかろうか。
 これまでの所業、雇い主の娘に対する態度とは思えないぞ。

 人間社会の複雑ななにかに気づいたルルはヒト化して私の側に付いてくれるようになった。いつもは自由気ままに動き回るというのに、私を気遣い、時には牙を剥いて相手を威嚇してくれるのだ。
 彼女のお陰で心にゆとりが生まれたのか少しずつ食事の味がわかるようになった。私は相変わらず村で異物扱いだったが、ルルのおかげで孤独は和らいでいた。


 ──とはいえ、周りの私に対する反応はすっかり変わってしまった。あんなに話しかけてきたお隣のおばさんも、ボードゲームに興じるおじさんたちも私を見ても何も言わない。
 ……多分、貴族相手じゃ立場が弱いから下手なことが言えないからだろうな。私の周りには必ず口うるさいお目付け役やその手先のメイドがいる。関わりたくないのだろう。私だって同じ立場ならそう思うに違いない。
 ……理由がわかるので村の人を責める気にもなれず、私も諦めていた。

「ねぇテオ、今度のお祭り、私と参加しない?」
「私と踊ってよ」
「他の村から沢山お客さん来るんだよね、準備頑張らなきゃね」

 あのテオも未だに私に話しかけてこない。
 ギルダたちメイドが私の周りに張り付いて睨みを効かせているってのもあるが、テオは至るところで女の子に囲まれて捕まっているようだったのだ。
 元々モテ男だったので、この姿が正しいのだろう。今まで私にかまってきていたのがおかしいだけで……

「今年はどのくらい番が生まれるのかなー。ねぇテオってば、聞いてるの?」

 今度この村では数年に一度の【祭り】が行われる。この祭りは他の村や町からも獣人が訪れ参加する。参加者は年若い未婚の男女のみ。
 …言うなれば婚活パーティのようなものである。彼らはそれに参加するのだろう。結婚適齢期もいいところのテオだ。きっと祭り中もモテモテに間違いない。もしかしたら当日中に番の誓いを済ませて結婚するかもしれない。

 ──女の子の項に噛み付いて、番の誓いをするんだ。どこの誰かはわからないが、よりどりみどりなテオのことであろう。きっときれいな獣人の女の子と番うのだろうな……
 それを想像した私の胸がきゅうと痛んだのは何故なのだろうか。

 わかっている。私は今も昔もこの村の異物だ。今度の祭りは私には一切関係ない祭り。身分も種族も異なるテオが他の女の子と結婚するのも私には何も関係ない。
 ──なのに、何故こんなに胸がしくしく痛むのだろう。

 他人行儀になってしまったテオの態度に少なからずも悲しさを感じつつ、私はその場から立ち去った。
 私が視線をそらしたその瞬間、アイツがこっちを見た気がするけど、きっと気のせいだ。



 祭りの会場となる広場では今まさに設営が行われている。
 祭りは日暮れから始まり、松明明かりの元、未婚の男女が集まり、音楽が流れる中でダンスをしたりおしゃべりをしたりするのだ。そこには既婚者や子どもは参加できない決まりだ。
 今年は何組の番が誕生するのであろう。

 私はそれからも目をそらすと、メイドたちの監視にさらされながら静かに立ち去ったのであった。


■□■


「主、私は森で食事をしてくる」

 なにかにピクリと反応したルルは突然、ドラゴン姿に戻ると、還らずの森方面へと飛んでいった。ずっと私の側に付いていたのに急な宣言であった。
 ドラゴンのままだと食料をすべて消費してしまいそうだったから魔獣でお腹を満たしに行ったのかな? と考えていると、入れ違いで来客があった。

「デイジー!! 会いたかったよぉぉぉ! なんか痩せたぁ?」

 学校の長期休暇に入ったカンナが遊びに来たのだ。
 …ていうか来ることを忘れていた。前から長期休暇に合わせて遊びに来るねって約束をしていたことを。ちょうどここに帰省できた時期に被って良かった。
 何故このタイミングかと言うと、村で数年に一度の祭りが行われるので、それが見たいというカンナの希望だったのだ。各地の獣人村から未婚の獣人が集まってくる婚活祭りなので、人間であるカンナには関係ない祭りなのだが、面白そうだから参加したいのだという。

「ところでそのドレスどうしたの? よく似合ってるけど」

 私の格好を見て不思議そうに首を傾げていたカンナに簡単に事情説明すると、彼女はこう言った。

「えぇーそぉなのぉ!? でもデイジー、学校でも際立って美人さんだったし、そうかもって思ってた! 自分の生まれのルーツが見つかってよかったねぇ!」

 相変わらずのカンナ節である。カンナの反応に周りにいた人たちは圧倒されていた。
 どうだ、これがウザ絡みのカンナだぞ。
 ……期待を裏切らない反応で私は逆に安心してしまった。その上、私が行方不明になった貴族の娘と知っても態度を一切変えずに、私にくっついてウザ絡みするという厚かましさを見せつけてきた。さすがカンナである。
 私の家族も、辺境伯一家も、村人たちもびっくりした様子でカンナを見ているではないか。昔なら彼女のそれがうざいなぁと思っていただろうに、今では現金にも嬉しく感じていた。

 彼女にとって私が貴族とか捨て子とかそういった事実はあまり関係ないらしい。すぐに興味をなくすと、半泣き顔へガラリと変わり、私に縋り付いてきた。

「そうだ、聞いてよぉ! この間の試験最悪だったの! デイジーいないから私留年しちゃう!」

 私の卒業前にもそんなこと言ってたな。カンナは変わらないな。

「でも進級はできてるんでしょう? 大丈夫だよ」
「無理ィィ無理ィィ!」

 ベェべェとロバみたいな謎の泣き声を上げながら縋り付くカンナは、自分の成績を嘆いている。今の彼女の成績は存じ上げないが、嘆くほど悪くなってしまったのであろうか…あれだけ勉強する癖をつけろと言ってきたのに…

「留年しちゃったら学費どうなるんだろぉ。自費とか無理ぃ、私魔法魔術学校中退とかになったりして」
「落ち着いてカンナ、まだ時間はあるでしょ。これから取り戻していけば大丈夫だから」

 カンナの通常運転に私は肩の力が抜けた気がする。あぁ、カンナだなって謎の安心感が……
 何かを思い出したらしいカンナはプンプンと肩を怒らせ、一人憤慨していた。

「それとね、聞いてよ! 薬学のカレド先生ったらひどいのよ。『サンドエッジさんはダークマターでも作っているのですか?』って言われたのよ! ちゃんと先生の言うとおりに火傷薬作ったのに!」

 なんで薬が黒くなるの? と尋ねられても工程を見ていないからなんともいえない。

「わかった、今から作り方教えてあげるから、一緒に火傷薬作ってみよう」
「やだぁ、休みの日まで勉強したくなぁい!」

 材料も道具も本も収納術で所持してある。わがままカンナを薬作りスポットである丘に案内しようとすると、彼女は私の腰回りに抱きついて嫌がっていた。
 上手になりたいんじゃないのか。いいのか、このままじゃこれからずっとダークマターを生成することになるぞ。
 『折角会えたんだから沢山おしゃべりしたぁい』と騒ぐカンナは目立っていた。色んな人に見られていた。恥ずかしい。

「まぁ…庶民が貴族の令嬢になんて馴れ馴れしい…身の程を知りなさい」

 来るかなーと思っていたらやって来たギルダ。
 友人が来ているので2人で散歩してくると言ったのに追いかけてきたらしい。友人といるときくらい離れていてほしいのだが。
 さすがのカンナもギルダ相手じゃ勝てないかな…と思って私がカンナの防壁になろうとしたら、横から腕が回ってきてギュムッと抱きつかれた。

「デイジーと私は親友なんです! 身分の壁なんて関係ないのです!」

 その言葉に私だけでなくギルダも目を丸くして固まっていた。

「後出しで貴族のお嬢様と言われても今更態度変えられません! 私は魔法魔術学校で3年間、デイジーとは同じ寮の部屋で過ごしました! 一緒に過ごした期間は私のほうが長いですよ!」

 『たったひと月程度の付き合いの人に横から口出しされたくありませんね! 私とデイジーの絆は誰にも引き裂けませんよ!』と鼻息荒く偉そうに自慢顔をするカンナ。
 ……無茶苦茶なことを言っている。身分の壁なんて存在しないとまで言ってのけて。
 だけどカンナらしい。
 私は笑いそうになった。

「ここはエスメラルダだから、罰則とかないよね? よね?」

 私達の反応が思ったのと違ったようで、カンナは不安そうな顔をして罰則はないかと私に尋ねてきた。

 情けないカンナの顔を見て、私は笑いたかったのに、目からは涙が出てきてしまった。
 情けない泣き顔を見られたくなくてカンナをハグすると、彼女の耳元で小さくつぶやく。

「ありがとうカンナ」

 私の腕の中でカンナはビクリと身体を揺らしていた。そしてすぐに私の背中に腕を回すと、歓喜の声を上げた。

「デイジーからハグしたー!」

 その喜びようよ。喜び過ぎじゃなかろうか。カンナの反応を見てると可笑しくなってしまって小さく笑い声を漏らしてしまった。
 道のど真ん中でギュウギュウ抱き合う私達の姿は異様だっただろう。

 だけど私はこの友人の存在に安心していた。態度を変えずにいてくれた。それは世間的には褒められたことではないのだろうが、私は嬉しいのだ。
 自分はひとりじゃないんだって密かに勇気づけられていたのであった。

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