太陽のデイジー | ナノ エスメラルダ王国立魔法魔術学校

 学校は立派だった。
 いや、学校だけじゃない。王都全体が立派だった。馬車で移動していたからなんともなかったが、お上りさんな私があの中心に立ったら間違いなく浮くであろう。……決して私の住んでいた村がみすぼらしいわけではないが……王都と田舎の違いをまざまざと見せつけられた気がした。

『新入生の諸君ら、入学おめでとう』

 ちょうど新学期前に能力発現した私は魔法魔術学校に滑り込むように入学が決まった。魔力の発現には個人差があるので、人によって入学時期が遅れるそうなのだが、私は運が良かった。
 だって入学が遅れると、勉強にも遅れるじゃないの。家に魔力持ちがいる家庭であればなんとでもなるだろうが、私みたいに辺境に住んでいた村娘にはスタートが何よりも大事なのだ。

『我がエスメラルダ王立魔法魔術学校は太古の昔から……』
「殿下…」
「素敵ね…」

 私が新たに始まった生活に気合を入れ直していると、周りの生徒…特に女子がうっとりした声を漏らしていた。その注目の先にいたのは壇上で挨拶をする男子生徒だ。何やらキラキラしい王子様みたいな人は正真正銘の王子様だ。私は本物を今日初めてお目にしたけども、絵に描いたような殿下である。…周りに体格のいい獣人ばかりがいた生活を送っていた私には少しばかり華奢に見えた。

 この学校は魔法魔術学校。魔力を持つ子どもが集う場所だ。なので魔力を持たない人間は誰一人としていない。
 魔力を持つ子どもは二通りいる。魔法家系に生まれた子ども。そして、突然魔力が発現した子ども。
 あの王子の場合前者である。基本的に魔力持ちは王族、貴族に多いのだ。太古の昔、戦いの前線にいたのはいつも魔術師であった。戦果を上げたものに貴族位と領地を与えられ、国を興隆させた。そして歴史を紡いでいき、今の子孫である彼らが生まれたというわけだ。
 もちろん、その中にも残念ながら魔力を持たずに生まれる子どももいる。その場合この学校には入学できない。

 そんでもってこの学校には王族や貴族の他に、町人や私のような田舎から出てきた村人もいる。いくら学校、学友といえど、階級による区別は必要ということで、王族・貴族の皆様方とは別校舎での授業になる。授業はもちろんのこと、寮も食堂も別だ。私達庶民は基本的に彼らと関わることはない。
 私としてもそのほうがいいと思う。彼らと同じ校舎にしてもいいことはあまりなさそうだし。自分の目標は優秀な成績を納めて、立派な魔術師となり、高給な職につくこと。それだけである。

 とりあえず配られる予定の教科書に早く目を通したいから、挨拶を早く終わらせてほしいな。


■□■


「ねぇあなたって、獣人の村から来たって本当?」

 学校の寮は2人部屋だった。私が荷解きをしていると、同室の子にそう問いかけられた。私が手を止めて顔を上げると、アプリコットブラウンの髪を持った少女が興味津々な眼差しでこちらを見ていた。
 その質問に私は少しばかり警戒した。
 今では獣人に対する差別は減ったが、未だに人間至上主義な人がいる。獣人と一緒に暮らしていることをバカにしてくる人がいるのを私は知っている。

「…それがどうかした…?」
「わぁ、本当なんだ! ねぇ、獣人って本当に番と添い遂げるの? 番の誓いって破ったらどうなるの!?」

 目をキラキラさせて尋ねてくる彼女の勢いに私は背をのけぞらせた。彼女の目的が本当に興味なのか、それとも私や村の人をバカにすることかは今の時点では判断できないが……

「憧れなのよね、獣人のその習性! 裏切らないってことじゃない!」
「……番と言ったって、裏切る個体もいるよ……破ったら信用を失う。その辺人間と同じだよ」

 確かに獣人には番というものがある。いわゆる結婚制度だが、人間同士の結婚とそう変わらない。獣人は執着心が強く、番相手を束縛する事が多い。それでできたのが番の誓い…なんだけど。

「運命の番って知ってる? 獣人にはそれが本能でわかるらしいんだけど、既に番がいても運命の番が他にいたら、番を捨てて運命のもとに駆けていくこともあるんだよ」

 とはいえ、運命の番と会える確率はめちゃくちゃ低い。一生のうちに会えたらとても幸運なくらいに、会えないらしい。

「いいじゃない…素敵…!」
「…獣人の嫉妬深さを見てないからそんなこと言えるんだよ…。懐も深いし、情に厚いけど、配偶者への執着心はそれ以上だよ?」

 村で生まれ育っても、アレには慣れなかったな。獣人の村に長いこと住んでも、私は人間でしかないってことを実感したわ。

「そうなの? でも憧れるわ。私もそのくらい愛されてみたい…」

 両頬に手を当てて夢見るようにうっとりする同室者。少し警戒していたが、ただの興味本位だったみたいだ。私はホッとした。同室者と仲良くしたいというか、学校生活に影がさすのだけは嫌だったのだ。勉強に支障が出る。
 実は私には友達らしい友達はいない。
 村では同じ年の女の子と私は話が合わなかった。仲間はずれを受けるわけでもないけど、おしゃべりするほど仲良くなかった。それに合わせて、いじめっ子に追いかけ回されていたので、いつも静かなところを見つけてひとりで本を読んでいた。なので私のあだ名はガリ勉だったらしい。間違っていないので否定できない。
 そんなわけでこの学校でも勉強に集中するつもりだった。友達とかは二の次。私には目的があるのだ。そんなの後回しにしようと考えていた。

「質問は以上? 私片付けするから」
「えっ、そんなぁ、もっとおしゃべりしましょうよ」

 片付けが終わらないといつまでも勉強できないじゃないか。私は勉強がしたいんだよ。
 彼女が構わず話しかけてくるのに生返事を返しながら、なんとか片付けを終えた。村にも一方的に話しかけてくる女の子いたけど、彼女もそのタイプかな。彼女は眠りに落ちるその前まで喋り続けていた。もしかしたらこの学校への入学に興奮しているのかもしれないな。
 私は構わず先に寝たから話を全く聞いてなかったけど。



 入学翌日から早速学校生活が始まった。
 初日は詳しい学校説明、この学校で学ぶ教科について、学校での諸注意など細々とした話だけで、授業は明日から始まるようである。

「ここまでが一般塔だ。ここから先が特別塔になるので入らないように」

 一般階級と上流階級で分けられた塔の説明を受けながら広い庭をぼんやり眺めていると、その向こうの特別塔の渡り通路を歩く集団を見つけた。私達1年生よりも身体が大きいので上級生であろう。移動教室かなにかだろうか。

「あれって殿下じゃない?」

 その声に女子たちがさざめく。

「やだっここで会えるなんてツイてる!」
「殿下ー!」
「静かにしなさい、不敬だぞ」

 同じ1年の女子たちがキャアキャアはしゃいでいる。すかさず先生が注意すると、彼女たちは口を抑えていた。この距離であれが殿下だとよくわかったな。私には全然わからなかった。

「ねぇ、デイジーはどんな人が好み?」

 横からズズイと詰め寄ってきたのは同室者のカンナだ。彼女はどうも押しが強く、私が引いていることに気づいていないようである。

「…身体が大きくて懐が広い人」

 なんとなく自分の家族を思い浮かべて適当に返すと、彼女は素敵ねっと笑ってきた。

「私はやっぱり私だけを愛してくれる人かなぁ。あ、もちろん家族を養える程度の収入はあって、私よりも背は高くて、顔は……」
「先に行くね」

 カンナは自分の理想を熱く語っているが、みんな先へ移動している。なので私は彼女に声を掛けて先を急いだ。後ろで「えっ!? 待ってよ置いていかないでよ!」とカンナが騒いでいる。彼女は朝から元気だな。

 この学校では中等学校で学ぶ範囲の授業に加えて、魔術師としての基本と応用の座学と実技を学ぶ。ここの卒業生全員が全員魔術師として就職するわけではなく、人それぞれ異なる進路に進むらしい。
 私は今の所、魔術師として就職を目指しているが、もしかしたらまた方向転換するかもしれない。

 しかし、この学校で学べば就職の幅も収入の幅も広がるのは間違いなしである。
 教師の話を聞きながら私はにんまりと笑った。将来の自分がバリバリ働き、家族に恩返ししている姿を思い浮かべると心が弾んで楽しくなって来たのだ。

「デイジーどうしたの、なにかおもしろい話あった?」

 カンナに聞かれたが、口には出さない。
 私はこの学校で学べるものすべて吸収するつもりなのだ。同級生だけでなく全学年の生徒がライバルと言っても過言ではない。

 私は絶対に高収入の職につくのだ。この学校のライバルたちを押しのけて、成り上がってやる…!
 負けないぞ、という意思を込めてカンナに視線を向けると、彼女からは「え、なぁに怖い…」と怯えられてしまったのであった。

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