太陽のデイジー | ナノ 雷と水の適性

 世界地図を広げると、海に囲まれた一つの大きな大陸があり、そこには4つの国が書かれている。
 北のハルベリオン、東のシュバルツ、西のエスメラルダ、南のグラナーダ。私の住まうのがエスメラルダ国。ちょうどハルベリオンとシュバルツ両国の国境にほど近い獣人の村で私は拾われて育った。
 お隣に別の国があると、交流が盛んのではないかと思われるが、国を隔てる険しい山々によって簡単に行き来できないようになっている。そして、油断ならない国もあるので、行き来は厳重に管理されていたりするのだ。

 油断ならない国というのは北のハルベリオン。
 北は不毛の土地と呼ばれ、もともと人が住んでいなかった。生き物が住むには過酷な土地柄、そこには重罪人を流刑にするために送られる事が多かった。流刑とはいえど、ある意味死刑扱いだったのだ。
 しかし、その過酷な環境でも生き残る人間が増えてきて、彼らは群れを作り、自治を始め、一つの村から町へと変化していった。隣国から拉致してきた女性を乱暴して子どもを産ませるという暴挙に出て、子孫を増やしていった。

 当初は国境沿いの険しい道では山越えできない、隣国に不法入国できないだろうと考えられていたが、彼らはどのような手段でも利用した。どの国でもスラム街という場所があり、そこから若い女性や少女を連れ去れば誰も気づかなかったのだ。周りの国が気づかない間に人口が増えていき……不毛の地に国ができ、王が誕生したのだ。
 それを皮切りにして彼らはとうとう、大胆な行動に出ることとなった。

 ハルベリオンの王は、およそ十数年前にシュバルツ侵攻を起こした。シュバルツ王国フォルクヴァルツ辺境にて紛争が勃発。死者行方不明者多数で、シュバルツ王国軍も援軍に出向き……なんとか領地を奪還できたが、被害は大きすぎた。ハルベリオン軍は多くの金品食料の略奪、暴行虐殺を繰り返した。シュバルツの砦と呼ばれたフォルクヴァルツは見るも無残な状況になったそうだ。
 それには隣国のエスメラルダも問題視し、ハルベリオンに抗議したが、「内部干渉だ」とあしらわれるだけだった。
 もともと手に負えない凶悪犯を送り続けたハルベリオン。その子孫である彼らは他の3国を狙っている。祖先を追い出したそれらの国を恨んでいる。だから奪って当然だと考えているのであろう。

 エスメラルダは辺境の警備を増強し、ハルベリオンの動向を睨み続けているというわけである。
 

■□■


「では、この水晶の上に手を置いてください」

 魔法魔術省の役人から言われたとおりに透明な水晶の上に手を置いた。別に何もしていなかったが、混じりけのない透明な水に色が落とされたように水晶の色が変わった。
 始めは白銀色、その次に青空を映した水のような色が見えた気がした。

「デイジー・マックさんの適性は【雷】と【水】ですね」

 あの暴れ馬騒動の後すぐに私は村長に連れられて、領内の魔法魔術省へと赴き、魔力測定を受け……私に魔力があることが確定したのだった。
 魔力持ちはこの世にある元素全体を操られるが、その中でも抜きん出て扱いが得意な元素があるらしい。私が得意な部類は【雷と水】であった。なんとまぁ相性の良さそうな二種類である。

「魔法魔術は身につけたくて付けられるものではありません。それはご存知ですか?」

 その問いに私は頷いておく。図書館の本を読んだ程度だから細かいところまでは知らないけど、大まかなことは知っている。こればかりは天賦の才だ。

「この力は神に与えられた特別なものです。それ故に扱いは丁重にせねばなりません」

 まぁそうだよね。魔術師にも力の大小があるけど、最高魔術師となれば、簡単に国を掌握できるほどの膨大な魔力を有しているのだもの。

「魔力を有している子どもは専門の学校に通う必要があります。あなたにはエスメラルダ王立魔法魔術学校への入学をしていただかなくてはなりません。学校は6年制の全寮制になります」

 その言葉に私は目をパチリと瞬きさせた。
 ……うん、そんな気はしていた。
 中級学校ではなく、魔法魔術学校に進路変更か。ちょっと驚いているけど、魔術師のほうが稼げそうだし、将来食いっぱぐれない気がする。

「わかりました」

 それ以前に、こればかりは義務なので拒否はできない。王立魔法魔術学校は義務教育なので学費は無料だ。寮費や食費も王国側が負担してくれる。
 最初の目的とちょっと変わったけど、まぁいい。

「優秀な生徒であれば、飛び級試験を受けられますので、是非とも頑張ってくださいね」

 役人さんは私が中級学校の奨学生試験を受けに行く所だったと聞いていたのか、私にそんな言葉をかけてきた。
 よし頑張ろう。最短期間で魔術師になって就職するのは望んでもないことだ。私はザクザク稼ぎたいのだ。

 そんなわけで私は急遽、王立魔法魔術学校への入学手続きを整え、一旦荷造りをするために村に戻ったのである。



 私の能力の発現に村の人は驚いていた。家族も同じく驚いていたけど、私は彼らと血の繋がりがない。その可能性はあったかもね、といった反応をしていた。

 家の前まで迎えに来た馬車に荷物を積み終え、私は住み慣れた家を見上げた。
 中級学校に進学すると決めてから、こうして家を離れることを覚悟していたが、いざその時になるとすごく寂しい。

「ご飯はちゃんと食べること。勉強に夢中になって睡眠時間を削るんじゃないよ」
「長期休暇には帰ってくるんだぞ、手紙待ってるからな」
「これ、馬車の中でお腹すいたら食べな」

 母さん、父さん、カール兄さんが心配そうにしながらも、私を気遣って声を掛けてくれる。彼らにハグされながら別れを惜しんだ。そして最後にリック兄さんの番になると、彼は懐かしそうな、寂しそうな瞳で私を優しく見つめていた。

「……お前を拾った晩、すごい嵐だったって話したことがあったよな」
「…? うん、激しい雷雨だったって」

 急にどうした。寂しくなっちゃったか。
 赤子の頃のことは記憶に残ってないが……雷雨がすごかったと聞いた。

「お前はもしかしたら、赤子の時点でもう既に、自分を守るために魔力を発現させていたのかもな」
「…うーん」

 そう言われても記憶にないんだよなぁ…。私が困った顔で首をかしげていると、リック兄さんはニカッといつもの明るい笑顔で笑い、私の頭をポンポンと撫でてきた。私は彼の胸に飛び込んで抱きつく。

「見ていてね兄さん、私は立派な魔術師になってみせるから」
「おう、デイジーならきっとすごい魔術師になれるぞ。いってこい。いつでも帰ってきていいからな」

 ジンと、鼻がしびれた。泣きそうになったがここでは笑顔で別れたかったので、私は精一杯笑顔を作った。

「おい」

 馬車に乗り込もうと足を持ち上げると、後ろからぶっきらぼうな声。
 私はげんなりした。ついこの間暴れ馬から助けられたとはいえ、長年の恨みつらみが降り積もって苦手意識がなくならない相手なのだ。

 振り返れば案の定、テオがいた。奴はむっすーとした顔で私を見下ろしている。私はなにかされるんじゃないかと身構える。
 テオがずいっと拳を突き出してきたので、腕でガードすると、ピタリとあいつの手は止まった。

「ん」
「……なに?」

 顎をしゃくって何かを示している。拳の中に何かが入っているのか? 何かをあげようとしているみたいだが、こいつのことだ。どうせ虫とかゴミとかを渡すのだろう。

「なによ、餞別にそのへんで拾った黄金の虫でもくれるの? いらない」
「ちげーよ。ほら、受け取れって」

 私は受取拒否をしたのだが、テオは無理やり私の手のひらに乗せてきた。いらんと言っているのに。
 ころん、と手のひらで転がったのは硬く鋭い……

「……犬歯?」
「それ持ってろ」

 ……歯? ってはぁ?
 なんで私に抜けた歯を渡すんだよ。そんなん親に報告すればいいだろうが。バカかこいつは。

「いらない! なんで私があんたの抜けた乳歯なんかもらわなきゃならないのよ!」
「魔除けだよ知らねぇの!?」
「知らんわ!」

 聞いたことないわ、獣人間の迷信か何か?
 いらないと突き返そうとするが、テオの奴は私の手を握りしめて、持って行けと押し付ける。
 最後の最後で何たる嫌がらせなんだ。今では貴重なドラゴンの歯とかならまだしも、そのへんにいる悪ガキの抜けた乳歯もらってもしょうがないだろうが!

「男避けになるんだって! いいから身につけておけって!」
「はぁぁ!? あのねぇ、私は学校に勉強しに行くのよ? 男を漁りに行くわけじゃないの!」

 全くもうこいつは人のこと何だと思ってんだ!
 いらん! 持っていけ! と不毛なやり取りをしていると、馬車の馭者が「あのーマックさん、そろそろ…」と言いにくそうに声を掛けてきた。
 いかんいかん。アホ犬の相手していないでそろそろ出発しなきゃ。

「じゃあ、行ってくるね!」

 私は急いで馬車に乗り込むと、最後に挨拶して扉を締めた。本当はもっとゆとり持って出発したかったけど、仕方ない。長期休暇にはまた会えるのだからその日を楽しみに待とう。

「おいテオ、家族に挨拶もなしにいい度胸だな…?」
「別にいいだろ! リックは過保護すぎ、グェッ」

 外でリック兄さんがテオに詰め寄って威圧しているのが見えたけど、どうしたんだろうか。首に腕を回されてテオが締められている。
 ……ていうか弾みでアホ犬の歯持ってきちゃったよ…どうしたらいいんだこれ。
 手のひらで転がる犬歯を見て私はため息を吐いた。仕方ないので次帰ってきたときに返そう。とりあえず今はハンカチに包んでおこう。

 馬車の窓から流れる村の風景。生まれ育った村がどんどん遠ざかっていく。
 父さんに連れられて街に出かけた時にも見た風景なのに、今日ばかりは感傷的になってしまって、視界が歪んで見えた。

 獣人の村に、人間は私一人。
 いじめっ子もいるし、認めてくれない村民もいたけど、それも含めて私の故郷なのだ。

 外の学校でも学びたいと夢見てきたけど、村を離れるのはやっぱり少しさみしい。
 これからは私の知らない場所で私は一人ぼっちで暮らすのだと思うと、寂しくて、村に帰りたいと思ってしまったのであった。

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