太陽のデイジー | ナノ 誇り高きドラゴンとは

 野盗もといハルベリオンの少女・キッカと私達は一晩一緒に過ごした。その間彼女からはハルベリオンの内情を聞かされた。

 ハルベリオンでは外に出ると何もかも奪われる。金も食料も、身体すら。…だから若い娘や女性は身を縮めて生活している。国中ハルベリオン軍の目が光っており、国民の中に密告するものがいるので、いくら隣人でも信用できないのだという。

 流れてきた者の中には、祖国ではそこそこの地位にいた人間もいるとの噂だそうだ。シュバルツの元高等魔術師がそこにいるとかなんとか……。
 元々流刑の地だったハルベリオンには、祖国で犯罪者の烙印を押された者が自ら進んで流れていく。法なんてあってないもの。力がすべてのハルベリオンは犯罪者たちには都合の良い土地なのだそうだ。

 ハルベリオンの話は噂では聞いていたが、実際は更に酷い情勢のようだ。
 キッカのお母さんは拉致をされた後、乱暴され、キッカのお兄さんを孕んだ。父親はハルベリオンの人間で、やるだけやったら後は放置していたそうだ。生活費も何もかも与えず放置。なのに子どもを連れて祖国に逃げようとするキッカのお母さんを捕まえると、暴力を振るうのだそうだ。
 父親は子どもにも容赦なく暴力を振るった。それを庇い続けたお陰でお母さんは身体が不自由になった。キッカたちも学校など通える状況でもなく、その結果キッカとお兄さんは外で盗みを働くしか生きる手段がないのだそうだ。
 逆に返り討ちにあったり、盗めたものを盗まれることもあるという。まっとうな仕事なんてない。奪い奪われるだけの世界。生きるか死ぬかの瀬戸際を生きている。

 国のお母さんが病気で死にかけた今、死ぬ思いで越境して栄養のあるものを探しに森に潜り込んできたキッカは、偶然私とルルの姿を発見した。女2人なら略奪も簡単だろう…と思って強盗を働こうとしたのだそうだ。まぁ未遂に終わったけども。
 渡したドラゴンの妙薬が効けばいいけど……お母さんの病気が治ったらまた、キッカは盗み、奪うだけの人生を繰り返すのだろうか。

 彼女のこの先に不安を抱いていたが、私がどうこう言ってもなんにも責任取れない。それが彼女の国の生き抜き方だからだ。偉そうに綺麗事を言うのはやめておいた。


 翌朝、自分の村までルルの背中に乗ってひとっ飛びする前に寄り道して彼女を家まで送ろうかと提案してみた。
 しかし彼女は「辺境の手前まででいい」と遠慮してきた。

「ハルベリオンは本当に荒んでるから危険だ。あんたみたいな綺麗な若い娘は格好のエサになる」

 キッカは男に襲われないようにわざと見た目を汚くしてるんだと言っていた。

「まぁ、小汚くしていても、襲ってくる節操なしはいるけどね」

 そう言ったキッカは諦めたような、そんな表情を浮かべていた。

 ハルベリオンとの国境沿いまでドラゴン姿のルルの背中に乗って飛んでいくと、あっという間に到着した。
 私はその国境から先を睨みつける。上空から見たハルベリオンの大地は不毛の地そのものだった。枯渇しており緑が圧倒的に少ない。
 流刑で流されてきた犯罪者達が作り上げたハルベリオン。冬は凍死者が続出するこの地は謎に包まれている。中に潜入調査に入ったものは帰ってこないか、衰弱して何も受け答えできないくらいに壊れてしまって帰ってくるのだ。
 あの国は一体何を隠しているのだろう。
 ……力と恐怖で統制を図るハルベリオン。私は彼の国の話題が出ると妙に胸騒ぎを覚えてしまう。

 ゆっくりとルルが地上へ着陸すると、その背中からぴょんとキッカが飛び降りた。
 軽々着地したキッカは胸元にしまい込んだドラゴンの妙薬を抱え込んでこちらを見上げると「ありがとね、じゃあ」と言って小走りで駆けていった。
 あっけない別れ方だが、キッカにとってはこれから数々の難関を突破しなきゃならない状況。別れを惜しむ余裕もないのだろう。

『主、もう行ってもいいか』
「…うん」

 ドラゴンのルルにはこの辺の人間のいざこざは理解できないのだろう。あっさりと先へ進むと言われて拍子抜けしたが、この場合ここでボーッとしているよりも先へ急いだほうがいい。
 ──ハルベリオンは今も他国に侵入して奪い続けている。ドラゴンの肉を狙っている彼らがルルを見たら喜んで捕まえに来るだろう。
 ならば長居する理由はない。

 ばさぁ、とルルの翼が広がり、強い風が吹き付けた。勢いよく空へと上昇していくと、そこからキッカの姿らしき豆粒のような姿が見えた。彼女は脇目もふらずに駆けていた。

 ……敵国に住む彼女とは、多分もう会えないだろう。
 彼女は人道に反した生き方をしているが、いつかそれから手を洗い、まっとうに生きられるようになったらいいのに。
 怯えることも、飢えることもなく、普通の女性として平穏に生きられる日が訪れますようにと私はただ願うしか出来なかった。


■□■


 空を飛ぶ飛行術という魔法も存在するが、ドラゴンの背中に乗って、空を駆けるような速度は出ない。
 ここから見る空はとても美しいが、太陽が近すぎて眩しくて暑くて目が開けられない。仕方なく地上を見下ろすと、そこは町の玩具屋でみたドールハウスのように見えた。自分よりも巨大であろうそれらが小さなおもちゃに見えて、手を伸ばせば掴んで持ち上げられそうに見えた。

 空には鳥がいる。
 彼らはドラゴンのルルと並行するように飛んでは、どこかへと方向転換するのだ。自由だ。まるで私も鳥になったような気分になった。
 このままどこまでも空のお散歩を楽しめそうなそんな気分だった。


「──どっ、ドラゴンだっ!!」

 その悲鳴に私は現実に返った。
 飛行が楽しくて、ついつい現実を忘れていた。私は遊びに行くために里帰りしたんじゃないぞ。

 集会や催し物を開く時に使用される村の広場へ着陸するように指示すると、ルルはゆっくりとそこに降り立った。

「で、デイジー…? お、お前さん、それは一体…」

 あわあわしながら声を掛けてきたのは、この村のご長寿おばあさんだ。
 まだまだ獣人差別が根強かった時代を生き抜いた御方である。表立って人間である私に口出すことはなかったけど、あまり良くは思われていないであろう。

「すみません、旅先で色々あって、旅を一時中断して戻ってきました。このドラゴンは私と契約を結んでいるので、何もしなければ害さないでしょう」

 あんまり不安にさせたくないので、旅の最中に起きたことの詳細は話したくない。王太子殿下と魔法庁関係の人、この村の村長、副村長あたりには話しておくべきとは考えているけども。
 シュバルツ侵攻のとき、この村も少なからずとも影響を受けた。それから回復してようやく平穏を取り戻したのにまたハルベリオンが水面下で暴れていると聞かされたら気が気じゃないだろう。
 まだ確定したわけでもないし、いたずらに不安にさせないほうがいい。

「そんな事言ったって、なんだって…」
「誇り高きドラゴンが、人間に従うなど…! あってはならないことだ!!」

 ご長寿おばあさんが話しているのを遮るかのように横から鋭い言葉が飛んできた。
 それは村の外れに住む、気難しくて有名な竜人である。名前の通りドラゴンと人間が混ざりあって生まれた種族なのだが、その性質ゆえ、獣人ともどこか馬が合わずに距離をおいてひっそり暮らしている人である。

 私は彼からいないモノ扱いされていたので、今までに話したことが一度もない。
 彼は自分のルーツでもあるドラゴンが、憎い人間に従えられていると誤解をしているのだろう。私とルルを見て、わなわな怒りに震えていた。

「ギデオンさん、お言葉ですが……私は彼女のおじいさんに頼まれたんです。ルルの意志を確認した上で公平な契約を結んでるので、ルルは自由に私の元から去ることが出来ます。…その気になれば私を殺せますよ」

 彼女は私のことを主と呼ぶが、従えているのではない。
 そもそも隷属の呪文は禁術だ。私と彼女を結ぶものは一心同体の術。いわゆる共同経営者のようなものである。…何も経営していないけど。

「馬鹿なっ! お前がその訳のわからない力を使って操っているのだろう! 皆を騙せても俺は騙されないぞ!」
「隷属の呪文は禁術ですから使いませんよ」
「どうだか」
「絶滅危惧種の保護は義務です。法を犯すことはいたしません」

 私は弁解したけども、相手には鼻で笑われてしまった。
 うーん。信用がないな。いや信頼関係を結ぶような交流をしたことないから仕方ないけどさぁ。そもそも私は認めてもらうために帰省したんじゃない。緊急事態が起きたから一時帰宅しただけだ。

「…なんだこの失礼な男は」

 横にいた大きな存在感が消え去ったと思ったら、私の肩の位置に11歳位の少女の頭が。ルルが人化したのだ。彼女は不快そうに眉をひそめ、竜人の彼を睨めつけていた。
 少女の姿とはいえ、100年以上生きたドラゴンだ。彼女が本気になれば目の前の彼はひとたまりもないだろう。

「ルルはまだ幼体で…ひとりではまだ生きられないだろうって心配したおじいさんにお願いされたんです。本当に私は彼女を利用しているわけじゃないです」

 あの谷でおじいさんと穏やかに暮らしてきたルルは外の世界を知らない。たとえ命を狙われる状況に追いやられても、彼女はドラゴンだから簡単には殺られないだろうが、絶対とは言い切れない。

「…今は私の魔力と同化してるから、意思疎通や人化出来ていますけど、術を断ち切ればドラゴンに戻ります。あくまで私は、彼女が独り立ちできるよう、旅をしながら世の中を学んでもらおうと考えているんです」

 こうして私と一緒に旅をしていく中で世界を見て、学んで、そのうち彼女が独り立ち、もしくは仲間を見つけて手元から離れるまでを面倒見れたらと考えているんだ。
 私にはその程度しかできないが、ルルが望む限り、寿命が許す限り、そばにいてあげようと思っているのだ。あくまで平等な立場関係として。

「ルルが望むなら契約を解きますよ、もちろん。いつでも契約が切れるようにしていますから」
「人間の小娘ごときに何を…」
「アホか。私は自分の意志で主とともにいる。私自身の意志で決めたことだ。竜人ごときが偉そうに指図するな」

 竜人の彼が更になにか言おうとしたのをルルが止めた。当人たちの問題だから部外者が口を出すなと。

「私は主と旅をすると自分で決めた。それを他所から文句つけるんじゃない」

 ルルと私は出会ったばかりだ。
 だけど私は妙に彼女の境遇を自分の境遇と重ね合わせてしまっていて、他人事に思えなくなっていた。
 違う種族同士で、私もルルも口下手で、どうなるかなと思っていたが、ここまで衝突も不満もなにもなかった。彼女と私はどこか波長が合って一緒にいると居心地がいいと感じるのだ。
 それはきっと、ちょっとずつだけど信頼関係が生まれているのだと……

「私は人間にひれ伏したわけじゃないぞ。よく覚えておけ、私はいつだってお前を咬み殺せるんだからな……? お前のその言葉が命取りになることを各々忘れるな」

 ニヤリと笑うルル。その顔は凶悪に歪んだ。肉食獣のそれを超越した圧力を感じる。その圧にたじろいだ竜人の彼は殺気を感じて後ずさっていた。
 見た目は気の強そうな少女なだけなのに、言っていることが物騒すぎてもう…

「殺傷沙汰はやめて、ルル」
「あの男が気に入らん。一匹くらい殺していいだろう」
「駄目です」

 つまらなそうに口を曲げてもダメなものはダメだ。
 ルルには人間や獣人間のルールが適用されないので、その辺は私が気にかけなくてはいけなさそうである。

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