太陽のデイジー | ナノ ハルベリオンの少女

 血に濡れた老ドラゴンの身体を魔法で綺麗に清め、開きっぱなしだった眼を閉じさせる。お供え物は持っていた鹿の干し肉と私が作り出した水である。
 私は眠る老ドラゴンの前に跪くと、両手を組んで祈りを捧げた。

「我らをお見守りくださる女神フローラ様、永遠の眠りにつきましたこの者を安楽の地へとお送りくださいませ」

 ドラゴンに人間方式の弔い方が合うかどうかは置いておいて、そのまま解体というわけには行かないので彼の亡骸を置いて一晩弔った。

 子ドラゴンが老ドラゴンのそばで嘆いているその横で私がサクサクと準備していると、子ドラゴンもなにかしたいと言い出したので、綺麗なお花を摘んでくるように頼んだ。
 しかしその体じゃ花を掴みづらいだろうから、そこは私の魔法で人化しておいた。私の魔力を子ドラゴンになじませ、術を掛けると私と同じヒト型に変化した。人間の体になった子ドラゴンは物珍しそうに自分の体を触っていた。ちなみに子ドラゴンは女の子だ。10−11歳くらいの姿に変化した。
 ついでに通心術も施してある。言葉が通じないのって地味に不便なので。

 子ドラゴンは沢山の花を摘んできた。老ドラゴンの顔の側に沢山供えると、顔にぎゅうっとしがみついてはまた泣いてた。
 その間私は密猟者の遺体と戦っていた。見たくないけど、証拠の品を獲っておかなきゃいけないし、ここに寝かせるのは老ドラゴンも嫌だろう。証拠をとった後は適当な場所に埋めておこうと思う。あとは自然へと還るなり、魔獣に掘り返されて喰われるなりしたらいい。


 一晩、老ドラゴンにしがみついて泣いていた子ドラゴンは翌日にはけじめをつけて、老ドラゴンの遺言通りに遺体を私に明け渡す意志を見せた。私はそれを魔法で防腐処理をした後、収納術で保存した。ありがたく使わせていただきます。
 そのあとはこれからどうしようか、という話になる。子ドラゴンを気にかけると言ったって、ここにたまに立ち寄って様子を見たらいいのだろうか……
 子ドラゴンの考えは違った。
 私と共に旅立つというのだ。彼女はひとりぼっちになることを異様に怖がっていた。

 何故だろうと疑問に思った私が理由を聞くと、彼女は悲しみと怒りと寂しさをまぜこぜにした表情で、彼女の生い立ちを話してくれた。
 運命の番を追って妻と子を捨てた父親と、夫に捨てられて狂って死んだ母親、育児放棄されて瀕死状態だった子ドラゴンの話を──

 彼女と老ドラゴンが元は他人ならぬ他ドラゴンだということは遺言の流れで察していたけども、そうだったのか。
 なんだか彼女のことを他人事だとは思えなかった。形は少し違うけど、彼女も親に捨てられた。私と同じだからだ。

「…なら、私と一緒に行こうか……そうだな、私は旅をしているの。あなたの背中に乗せて移動してくれるとすごく助かるな」

 私のお願いに子ドラゴンは嬉しそうに表情をほころばせていた。最初は敵対視されていたのにあっという間に心開いてくれた気がする。
 名を持たないという彼女に私は『ルル』と名付けた。一緒に旅をするのにドラゴン姿のままじゃ不便もあるのと、意思疎通をずっと出来るように私とルルは一心同体になる契約を結んだ。
 この契約は術者の魔力を対象物の体になじませ、いつでも意思疎通を行えるという術だ。ルルの場合、私の魔力でいつでも人間化したりドラゴンの姿に戻れる。私の魔力を共有することで操れる術なのだ。
 逐一術を掛けるよりも魔力の消費量も抑えられるし、おそらくルルもこの方が動きやすいと思われる。相手を縛るような術ではないので彼女にも私にも害を及ぼすものでもない。いつでもこの契約は双方の意思で破れる。共に旅をする中での契約なだけだ。

 ルルが老ドラゴンと共に暮らした谷底に別れを告げた後、私とルルはその地を離れた。隅っこで怯えていたロバはルルを見た瞬間おしっこを漏らしていたが、徐々に慣れていった。
 正直このロバにはこんなところまで連れ回して悪かったと思っている。私もまさか絶滅危惧種のドラゴンに会うとは夢にも思わなかったから。

 国の殿下にはこのことを事前に連絡しておいた。
『ここには残党はいない。証拠になる物証をこれから持ち帰る。一旦旅を中断して国に戻る』と、必要な情報だけを流しておく。
 返事は明日になるかもしれないが、まぁいいだろう。
 旅を一旦中断することにした私達一行は、北上して故郷のあるエスメラルダ辺境まで進んでいく。ロバがいなければドラゴン姿のルルの背に乗ってひとっ飛びできるんだが、致し方ない。地道に進むしかない。
 休憩を挟みながらの旅の間に私とルルは交流を深めた。私はあまりおしゃべりが得意じゃないけど、ルルも同様だった。
 若い娘のようにはしゃぐわけでもない私達は不思議と波長が合って、多く会話をせずとも丁度いい距離感を保てたのだ。




 こうして、最初の地点である森近くの町でロバを返却した後は、ルルの背中に乗って北上していたが、途中で日が暮れたので朝を迎えてから私の村までひとっ飛びしようという話になった。
 町に出て宿を借りても良かったが、ルルが人間に囲まれて寝るのは気配がうるさくて落ち着かないというので、森の中に入ってそこで野宿することにした。
 焚き火を囲んで軽い夕飯を済ませる。テオに渡された例の干し肉が口に合うのか、ルルはぺろりと平らげた。どう頑張っても私には固くて食べられない。途中で出会った狼の子どもも気に入っていたから美味しいんだろうけどね…

「…あいつら、どうしてもドラゴンの薬が必要なんだと言っていた」

 焚き火の炎を利用して、老ドラゴンの亡骸の一部を使って薬を煎じていると、それを黙って見ていたルルがボソッと呟いた。出来上がった薬を空いたカラ瓶に移し替えると、私はルルと向き直った。

「世の中にはどうしても治らない病がある。…人間は強欲だから、こうして手段を選ばないで行動を起こすんだよね。……人間の私欲に巻き込んでごめんね」
「主が悪いわけじゃない。別に責めてない」

 彼女は焚き火に木の枝をくべながら、燃える火をじっと見つめていた。その目は遠くを見ており、金色の瞳が憎しみに燃えているようにも見えた。

「アイツらのことを主は知っているのか?」

 その問いに私は首をかしげる。
 知らない人だけど、どこの国の出身かはわかっている。

「ここから北にハルベリオンっていう国があるの。…その国の出身の人間だよ。あの場でその証拠品も拾ってきた」

 ペンダントの他に武器に使ったものとか、衣類とか色々ね。帰国した際に証拠として提示できるかなと思って。

「ハルベリオン…」

 ルルはそう呟いた後、沈黙してしまった。いや、一人考え事をしているみたいだ。
 私は彼女の思考の邪魔にならぬよう静かに道具の片付けをした。試しにドラゴンの妙薬を作ってみたが、私は別に怪我もしてないし、病気一つしていないので試しようがない。身内に重病人がいるわけでもない。
 どうやって効果を確認すべきか…

 ──ガサガサガサッ
 葉の擦れ合う音に私もルルもビクリと肩を揺らして反応した。
 獣だろうか。また狼の子どもだったりして…と私がそこを注視していると、ズボッとそこから小柄な影が飛び出してきた。
 それはルルに飛びつき、彼女の首元に錆びた小刀を突きつける。

「こいつを怪我させたくなければ、金目の物をよこしな!」
「…いや、むしろ逆に怪我したくなかったらその子から離れたほうがいい…」
「はぁん!? あんたあたしのこと馬鹿にしてんの!?」

 返り討ちに遭うよ、と教えてあげたけど、普通の人間には人間化したルルの正体がドラゴンだとは思えないよね。
 私の言っている言葉の意味が分からなかったのだろう。野盗(?)は苛ついた様子でこちらを睨みつけてきた。

 その子は恐らく、私よりもいくつか年下の女の子だ。人間化したルルと同じくらいの背丈。だけどその腕は骨と皮だけじゃないかってくらい細くて、身につけているボロ布は娘が着るような代物ではない。男物の古着を着用しているようだ。火に照らされたその顔は薄汚れていた。……その薄い顔立ちはどこか遠くの異国の血が流れているように思えた。

「金目当てなら…このドラゴンの妙薬あげるよ…」
「…ドラゴンの妙薬…!?」

 彼女は目をかっ開いてその瓶を凝視していた。瓶に穴が開いてしまいそうである。貴重で希少なドラゴンの妙薬は、どんなに金を積んでも手に入れられないって代物だ。

「どっかで売ればそこそこ金額つくでしょ。だけどちゃんと正規の薬局とかで売らなきゃ駄目だよ。足元見られちゃうから」

 私は少女に瓶を差し出す。すると彼女はルルから手を離し、その瓶を持って瞳をうるませていた。

「…これを、どこで?」
「その子…ルルの育てのおじいさんの老ドラゴンのもの。襲われて瀕死状態だった彼から許可もらったものだよ」

 老ドラゴンのお肉は硬すぎて食用には向かないから薬にするしかないんだよね。牙とか爪とか皮とか加工できそうなものも有効活用させてもらおうと思ってる。
 野盗の少女はその瓶を大切そうに懐に収めると「ありがとう」とお礼を言ってきた。野盗にお礼を言われるとはどういうことなのだろう、と私は微妙な顔をしていた。

「…母さんが病気なんだ。うち、お金ないし、医者はろくなのいないから……うちに帰って母さんに飲ませる」

 少女の言う“母さん”という単語にルルの肩がビクリと震えたように感じた。

「…あんた、名前は?」
「え? …デイジー・マック。エスメラルダ王国の上級魔術師だよ」
「そうなんだ、あたしとそんなに年が変わらなそうなのにあんたすごいんだね。あたしの名前はキッカ」
「キッカ」

 変わった名前だな。

「あたしの名は母さんの故郷の花の名前なんだ。母さんは遠い故郷から海を渡って、グラナーダで踊り子をしていたんだ。…だけど拉致された……あの最低クソ親父に」
「拉致…?」

 なんとも不穏な……遠い海の向こうからグラナーダに渡って、そこから拉致されたって…

「母さんはあの国から何度も逃げようとした。あたしや兄貴を連れてね。だけどクソ親父に見つかっていつも失敗して…あたしたちを庇って殴られ続けて、足を悪くしちまった…可哀想な人なんだ」

 その不穏な話に私はゾワッとした。
 もしかして、彼女は。

「風邪をこじらせて今寝込んでるんだ。苦しそうで…あたしは何にもできなくて…! このままじゃ母さんが死んじまう。早くこれを飲ませなきゃ」

 目尻にたまった涙をぐいっと拭うと、キッカは希望を残したその瞳で決意を露わにした。
 
「いつか、きっといつか母さんを連れてあんな国出ていってやる。…でも今は、まだ無理そうだ」

 キッカは言った。
 「あたしはハルベリオン出身なんだ」って。

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