太陽のデイジー | ナノ 届かぬ太陽・前編【テオ視点】

 あいつから手をかざされたとき、記憶を消されるのではないかと恐怖を抱いた。
 デイジーに掛けられた魔法によって強制的に眠りへ落とされた俺は、とても幸せな夢を見ていた気がする。

 ──デイジーは窓辺で子守唄を歌っていた。その腕にはまだ人化していない子狼の姿。あいつは俺の姿に気づくと、「注文の薬作るから子守よろしくね」と言って俺の腕に小さな命を乗せるんだ。
 好きな女と一緒になって、小さくて壊れそうな守るべき命を育む。そんな何気ない幸せを俺は望んでいた。贅沢は言わない。ただそばにいてほしいだけなのに。
 
 夢から覚めたとき、頭はスッキリしていた。だけど現実に引き戻された俺は愕然とした。
 あいつが戦地へと出向いた後だったから。

『…あんたは運命の番と沢山子ども作って、孫に囲まれてせいぜい大往生したらいいのよ』

 そんな残酷なこと、お前が言うなよ。
 俺が心の底から求めているのはお前なのに、他の女と番えなんて冗談でも聞きたくない。
 運命の番という呪縛は俺の精神まで蝕もうとしている。


 デイジーが旅立って7日くらい経過しただろうか。今まであいつが不在だったことは多かった。
 しかし今回は今までとは違う。
 最後に見たあいつは、死ぬことすら怖くないと覚悟を決めた目をしていた。

 それが恐ろしくて引き留めようとしたが、あいつはその手を振り払った。残酷な言葉を残して去ってしまった。
 ……俺は生きる希望を失った気がした。
 ただ淡々と生きる毎日。食欲が失せ、眠れない日々を送っていた。

 周りはデイジーを忘れろ、運命の番がいるじゃないかと慰めてくるけど、そういう問題じゃない。好きな女が命をかけて戦いに行っているのに、俺だけのうのうと生きていられるわけがないのに。
 あいつと同じく魔力持ちの人間であれば共に戦えた。あいつを守れたのに。自分の無力さ加減に嫌気が差す。

 日に日に元気をなくす俺の姿を見た幼馴染たちは「まるで半身を失ったようだ」と心配した。
 俺にもどうしようもなかった。
 苦しくて苦しくて、でもその苦しさを癒す方法は見当たらなくて。ただただ飼い主の帰りを待ち続ける犬みたいに、あいつの無事を願い、帰還を待っていた。



 レイラの度重なる訪問にも俺が拒絶の意を示し続けていたため、運命の番とその両親が焦れて直談判に来た。
 彼らに囲まれて運命の番を拒否するのかと圧力をかけてきても、俺は首を横に振って拒絶した。

「テオ、お前も男なら覚悟を決めたらどうなんだ」

 両親もすっかりレイラを俺の嫁にするつもりでいて、家の中でも圧力をかけるようになった。
 頭ではわかっている。デイジーに振られたような形になった俺が元気をなくしているのを心配しているんだ。

 俺が選ぼうとしている道はきっと獣人としては間違った道なのだろう。めったに出会えないと言われる【運命の番】を拒絶するなんて、運命を夢を見てる奴からしたら愚かな選択に思われることであろう。

 周りから説得され、責めるような視線を向けられても、俺は頭を下げ続けた。

「…それでも、俺には心に決めた人がいる。…すみません…本当に申し訳ない」

 他にない甘ったるい匂いで惹きつけてくるレイラの項に、自分の中の獣が噛みつこうと暴れているが、俺は手の甲をつねって正気を保っていた。
 レイラはプライドを傷つけられたようでわなわな震えながら涙を浮かべていた。それを直視した俺の心にチクチク罪悪感が突き刺さる。
 レイラの両親は不快そうに顔をしかめてため息を吐くと、ジト目でこっちを睨んできた。

「君の好きな人というのは、貴族の娘なのだろう。一緒になれるとでも思っているのか?」

 その言葉に俺はピクリと反応した。

「運命の番を退けるなんて…お互い不幸になるだけよ?」

 そんなの、色んな奴に言われた。
 わかってる、だけどどうしても無理だ。レイラには申し訳ないと思ってる。手の届かない想い人を諦めきれずにズルズル引きずってる女々しい男を見て呆れているだろう。

 だけど俺は昔からそうなんだ。
 あいつを追いかけて、あいつを見つめ続けてきたんだ。


■□■


 休日の日曜。
 家にいても、親からまた説教混じりの小言を言われると思った俺は早朝から家を飛び出して、あいつがよく薬作りをしていた丘の上でぼうっとしていた。
 今頃あいつはなにをしているんだろうか。
 ハルベリオン陥落作戦っていうくらいだから、王を撃ち落とすんだよな…それとあのフェアラートっていう魔術師も。恐らく短期集中で決着をつけるのだと思う。

 ……俺は、デイジーが魔術師として弱いとは思わないけど、彼女は戦闘向きではないと思う。デイジーは静かに読書して、薬作りして、旅をして、自由に平和に過ごすのを好むような女なのだ。
 デイジーの友人だという、丸メガネの女魔術師とは決定的に素養が違うように感じた。丸メガネの女は根っからの戦闘狂で、本能で動くタイプだ。隙がなく、敵に情け容赦ないのに対し、デイジーは既のところで判断が遅れる傾向がある。頭で考えている間に隙が生まれるんだ。
 ……それが命取りにならなければいいが。

「おい」

 国を守るために敵を傷つけて、あいつが気に病んだりしなければいい。一番は怪我せずに無事に帰国してくれたら……

「おい、お前がテオ・タルコットか」

 考え事をして気がそぞろになっていた。
 いつの間にかぬんっと目の前に知らない奴が立ちはだかっており、俺は眉間にシワを寄せて睨みあげた。
 色が黒くて、筋肉質の体を持った顔がいかつい男。鼻の穴が大きめでそこに目が行く……誰だ? うちの村の住民じゃないな。

「…誰だお前」
「俺か? 俺はブルーノ。レイラの幼馴染だ」

 …レイラの幼馴染……?
 パッと見では人間に見えた。しかし、それにしては体格が良すぎる。シャツのサイズが合っていない上半身は今にもボタンが弾け飛びそうにパツパツしている。

「…俺はれっきとした獣人だぞ。 大猩々 おおしょうじょう 獣人だ」

 俺の疑問が伝わったのか、相手は自己紹介してきた。どうやら猿系の獣人らしいが、人間と比べて耳が少し大きめなだけで、見た目は人間とそう変わらない。

「レイラは優しい子だ。…俺は周りに獣人じゃないと昔から仲間外れにされていた。耳なしと差別しなかったのはあの子くらいだった」

 そんな告白をされた俺は、幼い頃にあいつの気を引きたくて「よそ者」「人間は出てけ」と意地悪を言っていたことを思い出してひとりで勝手に自己嫌悪していた。
 そんな俺の前で、ブルーノは何やらレイラの素晴らしさをペラペラ語ってくれている。美人で性格良くて料理が上手で気立ての良い彼女を好いている男はたくさんいるのだとツバが飛ばされるくらいの勢いで語られた。

「レイラの何が不満だ! 何故彼女を拒絶する!」

 締めくくりに怒鳴りつけられた。
 確かにレイラはいい子だとは思うが、そういう問題じゃないんだ…そんな事言っても誰も理解してくれないけどな。

「おっ、俺はっ求婚すら出来ないんだぞ! それなのに…!」

 ブルーノは拳を握りしめて震えていた。怒りで真っ赤にしていた顔が一瞬泣きそうに歪む。それで俺は察した。

「…お前、レイラのことが好きなのか」

 お前も片思いをしているのか、と親近感が湧いたのは俺だけだったのようだ。奴は俺の胸ぐらを包むと、間髪入れずにその拳を振り上げてきた。
 普段ならかわせたはずだが、本調子じゃない俺は勢いよくガッと殴られた。
 …いてぇ。口の中切った。

「…レイラから聞いたぜ。分不相応に貴族の令嬢に想いを寄せてるとか…馬鹿じゃないのか! ただの村人が貴族のお姫様と結ばれるとか思ってんのかよ、お前頭どうかしてるんじゃないのか!?」

 カッとなったブルーノは嫉妬の眼差しをビシビシと俺にぶつけて来た。
 …頭どうかしてる…か。そうかもしれないな。
 奴は俺の胸元を見ると、表情をますます険しいものにさせていた。奴の鋭い視線は、デイジーのペンダントに突き刺さっていたのである。

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