お嬢様なんて柄じゃない・番外編 | ナノ
もしも笑がお嬢様だったら
ごめん遊ばせ、二階堂笑でございます【6完】


 なんとか顔の熱を下げてから戻ると、喫茶店をしている我がクラスで西園寺さんと慎悟が席について何かを話していた。あれ…加納ガールズたちはどうしたんだろうか。
 私が教室に入ってきたことに気づいた彼らがこっちを一斉に向いた。私の視線は慎悟に向いていたので、目がぱっちり合う。さっき慎悟に迫られたばかりの私は彼から目をそらす。なんだか気まずかったのだ。
 加納ガールズに引っ立てられていたので、文化祭を回っていると思っていたので、うちの教室にいるとは思わなかった。心の準備ができていないんだ。

「笑さん、よかった。戻られないから探しに行こうかと思ったんですよ」
「すみません…」

 席を立って私に声をかけてきたのは西園寺さんだ。こちらを心配してくれていたようである。私は申し訳なくて頭を下げた。わざわざ遊びに来てくれた西園寺さんをその場に放置したまま離れてしまったんだ。私は非礼を詫びる。
 優しい西園寺さんは「いえ、なんともないなら良かったです」と笑って許してくれた。

「そうそう、今丁度加納君からあなたの話を聞かされていたんです」
「…え?」

 私の話? なんだ私の噂なんて…私の悪口でも言っていたんじゃないだろうな。ジロッと慎悟を軽く睨むと、慎悟はこちらを観察するように眺めていた。その視線にさらされていると全身むず痒くなったので視線を離す。

「婚約破棄したばかりのあなたを気遣って、あまり積極的には行かないようにしていましたけど、加納君が動くと言うなら僕も負けていられません」

 西園寺さんはそういって、私の手を掴むと、ずずいと顔を近づけてきた。

「僕はあなたを幸せにしてみせます。あなたとなら温かい家庭を築けると思うんです」
「え…あ……」
「負けませんからね」

 慎悟に引き続き、西園寺さんにまでプロポーズっぽい告白をされてしまった。
 次から次に男に迫られるってこれなんて少女漫画なの? 私そういうキャラじゃないんですけど……

「…なに呆けた顔してるんだよ」

 ぽやーんと間抜け面を晒して西園寺さんを見上げていると、私の肩を掴んだ慎悟によって引き剥がされた。不機嫌な顔で睨みつけられ、私はギクッとする。不貞を咎められているような心境になるではないか…。

「加納君、そういうのはフェアじゃないと思うな」
「欲しい物を手に入れるために手段を選んでいたら掠め取られるだけでしょう……彼女のことをよく知っているのは俺です。あなたには渡しませんから」
「宣戦布告されちゃったな」

 2人の男が私を巡って睨み合っている……なにこれ……怖い。
 お祖父さんの覚えもめでたい西園寺さんの登場に慎悟は焦っているようだ。ていうかいつからあんたは私をそういう対象としてみていたんだ。今まで全くそんな素振りなかったから理解が未だに追いついていない。2人は視線でなにか意思疎通していた。その目はライバルを見る目。そして私は2人を見比べて口を開いたが、何も言えずに固まっていた。

「笑、あんた仕事サボんないでよ」
「サボってない、私は振り回されているだけだよ…」

 慎悟に拉致されたり、西園寺さんに告白されたりしてるけど、決して仕事を投げ出したわけじゃないんだよ。誤解だ。
 友人のぴかりんに注意されたので、私は急いで仕事に戻ったのである。


■□■


 2日間の文化祭も幕を閉じ、夜になると在校生参加の後夜祭が開催された。
 グラウンドでは生徒や教職員が集って、生徒会主催の出し物が行われているのだが、気疲れした私はその輪を離れて中庭のベンチに座ってうなだれていた。

 なんなんだ急に。人生初のモテ期到来か…?
 頭を抱えて私は唸る。
 どうしてこうなった。えぇと、宝生氏との婚約が破棄されて、お祖父さんが新たな婚約者を作ろうとお見合いを設定して、それを聞いた慎悟が本気モードになって私に迫ってきて……
 昼間に起きたあれを思い出した私の顔はボッと火が付いたように熱くなった。一日の間にいろんな事が起きすぎて、頭の中はもういっぱいいっぱいだ。
 西園寺さんもグイグイ行くと宣言してきたし、なんかもうまるで私を奪い合う三角関係みたいなのが出来上がってしまって……

「──こんなところで何しているの?」

 ゾワッ
 脳内が立て込んでいるというのに、恐怖は素知らぬ顔をして寄ってくるのだ。私は反射神経を駆使して素早くベンチから立ち上がると後ずさった。
 どこで嗅ぎつけやがったこのヘビ男…!
 目の前でニコニコ笑う男は外灯の明かりにその白い顔が照らされて不気味に映った。

「西園寺海運の息子に、加納君……困るなぁ。ライバルが多いと燃えるって言うけど、僕はそういう面倒くさそうなことには興味ないんだ。できるだけ努力せずに欲しい物を手に入れたいのに」
「近づくなこの外道!」

 なんか自分のことをライバルとしてカウントしているみたいだけど、あんたは論外だよ。私が認めないから。

「もういっそのこと手篭めにしたほうが手っ取り早いかな? こんな場所じゃ君も騒げないでしょ?」
「──!?」

 何言ってるのこいつ、何言ってるの馬鹿なの?
 ゾゾゾォッと私は恐怖に身震いした。貞操の危機だけでない。私の人生の終わりの始まりのカウントダウンが聞こえたからである。
 奴の手がこちらに伸びてくる。私の身体は震えが止まらなかった。

「お断りだっ、セイヤッ」

 身勝手な男の欲望にさらされた私は、恐怖と怒りに震えた。好き勝手もてあそばれてたまるか!!
 大声を出して気合を入れると、黄金の右足を思いっきり蹴り上げた。

「ぐぅっ!?」
「させるかよ、ばーかばーか!」

 相手の急所を蹴りつけると、相手は股間を押さえてうずくまった。私はその隙を見逃さず、人の多いグラウンドに猛ダッシュする。


 ──恐ろしい。なんだあいつ、ただただ恐ろしい。
 あの男は二階堂の娘に手を出してただじゃすまないと言うことを理解しているはずだ。それなのにスキャンダルを恐れない。
 …あいつの倫理観が欠けているからだろう。

 怖い怖い怖い怖い!

 私は自分の身体を守るためにグラウンドで大きな円を作ったフォークダンスの群れに突入すると、ダンスに加わった。男子パートに意気揚々と混ざり込むと、誰かに手を引っ張られる。

「おい、あんたは女子だからこっち」
「そんな!」

 女子パートで踊ったらサイコパスが襲ってくるでしょうが! いや、金的してきたから、後夜祭の間に回復するかわかんないけど。
 私を女子パートに引き戻した彼は私の手を取って踊り始めた。なんだよ、涼しい顔しちゃって。私ばかり動揺しているみたいじゃないか。
 調子が狂う。
 今まで友達って感じだったのに、急にレディ扱いされて。婚約者にもこんな扱いされたことないのに。

「…今度、西園寺さんとカレー食べに行くらしいな」
「う、うん」
「だから俺ともどこか出かけてくれよ」
「え…」

 見上げた彼の顔はいつものように冷静な表情だったが、その実、瞳は火傷するように熱い。そんな目でみないで、急に知らない男の人みたいにならないでよ。

「あんたを誰にも渡さない」

 視線だけでこんなにも想いを伝えて来るなんて。
 私はドキドキしてしまって彼の口説き文句に何も返せなかった。
 パートナーチェンジして別の男子と踊っていても、慎悟に視線が向いてしまい……慎悟も私を目で追っていた。

 ……私は一体どうしちゃったんだ。
 私はただのバレー大好きなお嬢様なのに、急に恋愛漫画の主人公みたいに男の子を意識しちゃって…

 私はその日からずっと友人だと思っていたその彼を意識するようになり、時々サイコパスに絡まれながらも、彼と急接近していく事になるのであった。


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