ごめん遊ばせ、二階堂笑でございます【5】
「あいつに近づくな」
おっかない顔をした慎悟に念押しされた私は、ごくり…と生唾を飲み込んでしまった。
「あいつはあんたを手に入れるためなら何だってするぞ。あいつは既成事実さえ難なく作ってしまう……油断してたら後が怖いぞ」
「怖いこと言わないで!?」
サイコパスの本領発揮を目の前にした私は情けなくも慎悟に庇われて恐怖に怯えていたのだが、いつの間にか慎悟と上杉の話は違う方向に進んでいって……ナイトがどうの、婚約者がいないから狙ってるどうのとよくわからん話をしていたけど、警戒しろってことは間違いない。
とはいえ、サイコパス上杉とは違うクラスである。なんとでもなるさ。
■□■
「笑さん、その衣装とても可愛らしいですよ」
「はは…お恥ずかしい…」
来るなら言ってよ…! 来るとは思わなかったから油断していたじゃないの…!
私は先程までノリノリで接客していたのだが、彼の登場で急に恥ずかしくなって意気消沈してしまった。
クラスメイトによってコスプレをさせられた私は女児アニメのヒロイン枠のキャラに扮していた。友人や先輩方には来るなと声を掛けていたのだが、次から次に様子を見に来る彼ら彼女らに面白がられ、写真を撮られ……半ばやけくそ気味に接客していた。
そこにお見合い相手、現友人の西園寺さんが来てみろ。ただただ恥ずかしい。
「驚かせようと思って黙って来てしまいました。…ご迷惑でしたか?」
「いえ、そんなことは…お席にご案内いたします」
お客さんには変わりない。私は西園寺さんを席に案内して注文を受け付けた。
「その衣装はいかがなさったんですか?」
「同じクラスの人が作ってくれて…日曜朝アニメのキャラクターなんです」
私に似合う衣装があるからと言われて任せたらまさかの魔女っ子衣装だった。決して進んで私が着用したわけじゃない。
「本当にとても良くお似合いですよ。あ、このオプションの写真撮影をお願いします」
「えっ」
なんの悪気もなく、西園寺さんは一緒にオプションの写真撮影を注文してきた。何回目の注文だろうか。友人や先輩方が面白がって何度写真撮影したことか……
「では撮りますよー」
「いらっしゃいませー」
──パシャリ。
私が作り笑顔で撮影したそのタイミングで新規のお客が入店しきた。そのお客は、私とその隣にいる西園寺さんを見て困惑した表情を浮かべていた。
「あ、慎悟…お店に来ないでねって言ったのに…」
恥ずかしいから来るなって言ったのになぜ来るかな。こっちをガン見してくる慎悟に軽く文句をつけると、慎悟はむっとしていた。
「そういえば笑さんは加納君のお家と繋がりがありましたね」
「そうなんですよ。それで色々陰で助けてもらうことも多くて…いい友人なんです」
さすがお坊ちゃん同士は顔見知りか。
慎悟も西園寺さんも高校生なのにもう既に大人に混じって社会勉強しているからどこかで顔を合わせたこともあるのだろう。本当に偉い。好き勝手させてもらっている私には眩しすぎるぞ。
「なんで彼と…」
訝しげに眉をひそめた慎悟が私と西園寺さんを見比べながら問いかけてきたので、私は答えてあげる。
「お見合いしたの。お祖父様が決めることなんだけど、とりあえずお友達として…」
慎悟は目を見開き呆然としていた。
お見合いの話聞いてないのかな? てっきりどこからかその噂を聞きつけていると思ったけどこの話を聞いてなかったのかな。
「…ちょっと、来い」
「えっ?」
「いいから」
慎悟からガッと腕を掴まれた私は前のめりにつんのめった。目を白黒させながら腕を引っ張られる。驚く西園寺さんやクラスメイトのいる教室から離れ、私はどこかへと連れて行かれる。
「ちょっ慎悟、どこにいくの!」
前を歩く慎悟に問いかけたが、慎悟は足を止めない。私は仕事中なんだぞ。どこにつれていくつもりなのか。
「ねぇってば!」
強めに声をかけると、ようやく足を止めた。場所は非常階段近くだ。この辺りは薄暗く、学校関係者もあまり立ち寄らない。
慎悟は背を向けたままだった。私の腕を掴んだ腕はしっかり握りしめたまま、離す気配がない。
「……あんたは誰でもいいのか。それなら俺でもいいのか?」
「えっ?」
やっと言葉を発したと思ったら、よくわからないことを言い出した。
聞き返すと、慎悟はくるりと振り返って真剣な顔で私を見下ろしてきた。
「俺は、あんたに婚約者がいるから今まで遠慮してきたんだ。…だけどこうなったからには油断していられない」
…なんですと?
今ちょっと意味のわからない発言が飛び込んできた気がするんだけど…遠慮ってどういう意味でしょうか…
「婚約者でもない男が親しくしていたらあんたがそういう目で見られる。だから我慢してきた。婚約破棄したからと言って、急に迫られるとあんたが混乱すると思っていたから抑えていたけど……」
『他の男と見合いしたってことなら、話は別だ』
そう呟いた慎悟の目はマジであった。私を掴んで離さない手にぐっと力がこもる。
ごめんごめん、なんかその言い方だと、ずっと前から私のことを恋愛的な意味で好きだったように聞こえますけど……いや、慎悟は私が二階堂の娘だから仕方なく面倒見てるって前言ってたよね? 縁戚の自分にも影響があるからって言っていたじゃないの。
「……お友達ですよね?」
私は混乱していた。
そんなまさか。慎悟ほどの男が私のような家柄はいいけど単なるバレー馬鹿に惚れるとか、少女漫画でもあるまいしと一笑してしまいたかったのだ。
だけど慎悟は首を横に振っていた。私の肩を掴むと、壁に追いやり、ゆっくりと顔を近づけてきたのだ。
「…あの人には渡さない。これから本気であんたを奪いに行く」
「あああの、顔が、ご尊顔が近うございます…」
あんたのお美しい顔は見慣れたけど、こんなシチュエーションで迫られるとドキドキして落ち着かないといいますか…!
「二階堂様、それにあんたの両親に今日連絡する。…こんな形でチャンスを見逃すわけがない」
待ってよ! いきなり切り替えられると私はついていけないよ! 恋愛とは縁遠い生活してきたんだよ私は! 急に男の顔になって迫らないでくださいよ!
顔が近すぎる。お互いの息が伝わる距離。バクバクバクと心臓が暴れていてこの距離からだと慎悟に伝わってしまっている気がする。
「笑…」
耳元で囁かれた名前に私の身体は震えた。
いつも呼ばれているのに、妙に色が含まれている。
「や、やめて耳元でしゃべらないでよ…」
「やめない」
ヒェェ、長いこと友人だと思っていた奴が急にアクセル全開で迫ってきたよぉ。
首元に顔をうずめ、なんかセクハラめいたことしてくるではないか。ビンタなり、金的なりして拒めばいいのに、私の身体は動かない。まるで炎天下の下にいるかのように身体がジリジリ熱を持ち、肌に慎悟の唇がくっつくと脳の芯からしびれてしまいそうになる。
「慎悟…」
震える声で名前を呼ぶと、私の首から顔を上げた慎悟がそっと顔を近づけてきた。
あ、キスされてしまう。
私は漠然とそんな事を考えていた。彼の唇から逃れることもなく、それを受け入れようとしていたのだ。
「私は許しませんわよ!」
「そうですわ!」
「慎悟様、いけませんわ!」
しかし、それはあと一歩のところで中断された。慎悟の身体が後ろに引っ張られて私達は物理的に引き剥がされたのだ。
てっきり二人きりだと思っていたのだが、どこからともなく現れた彼女たちは慎悟を守ってやったと言わんばかりにドヤ顔を浮かべていた。
「慎悟様がどっかに向かわれたと聞いて嫌な予感がして探してみれば……なんてこと…!」
「ずっと怪しいと思っていましたのよ…傷心中と見せかけて慎悟様の同情を買うこの女…見逃せませんわ!」
「この魔女! どんな色目を使って慎悟様を誑かしたの!?」
まるで私が誑し込んだみたいな言い方である。濡れ衣を着せられた私は渋い表情を浮かべてしまう。だがそれは私だけではない。粒ぞろいの美少女たちに囲まれた慎悟もものすっごく不機嫌な表情を浮かべていた。慎悟のことだから怒鳴ったりはしないだろうが…彼はとっても怒っている。
「おい…櫻木、祭田、烏杜……」
「さぁこんな女から離れて、私達と文化祭を見て回りましょう!」
「そうですわ行きましょう!」
「命拾いしたわね、二階堂笑!」
彼女たちは私達の話を聞き入れるつもりはないらしい。力づくで慎悟を連行すると、私に不穏な発言を残してどこかに去っていったのである。
その場に残された私は呆然としていた。
えぇと、慎悟は私のことが前から好きで、今まで婚約者がいたから距離を作っていたけど、フリーになった今、お見合いをした西園寺さんに嫉妬して今さっきの行動を起こしたってこと…かな…?
頭の整理をしてようやく理解すると、ボウッと顔から火が吹き出そうなくらい熱くなった。
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