お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

掴み渡しなのはエコなの。美味しいから良いじゃないの。



「はい、二宮さんお返しですよ」
「ちょっと…掴み渡しって…エリカちゃんったらワイルド…」
「なんですか文句あるんですか」

 大袋に入っている小包装のチョコマシュマロを適量掴んで渡したら、二宮さんが引き笑いしていた。失礼な人だなこの人は。
 チョコマシュマロ美味しいじゃないか。某良品のチョコマシュマロ好きなんだよ。ホワイトデーだからマシュマロちょうど良くないか?
 
 ホワイトデーの今日、私はバレンタインにお菓子をくれた人にお返しをして回っていた。
 今までお返ししてきた女の子たちはこの形でも喜んでくれたのに…ラッピング包装してない物を渡すのはエコだと思ってよ。

 友達には渡したし、えーと…瑞沢嬢と……あ。上杉に無理やり押し付けられるようにヘアオイルを渡されたんだっけ。
 …嫌だけど、貰ってしまったから……うぅぅ…声かけるの嫌だなぁ。

「二階堂さぁん! ありがとう!」
 
 今日もキャピっている瑞沢嬢にチョコマシュマロ数個を掴んで渡すと、相手は大袈裟に喜んでいた。同じクラスの宝生氏に自慢していたが、宝生氏は羨ましがらないと思うぞ。
 …ここまでは良いんだけど…あぁぁぁ行きたくないなぁ。

「僕にはないの? 二階堂さん」
「…出たな!」

 考えていたせいか、奴が背後に迫っていた。私は髪の毛を触られる前に後ずさりして距離を取ると、チョコマシュマロの入った大袋を奴に突きつける。

「好きなだけ取りな!」
「…色気がないなぁ」
「うっせ!」

 上杉は困ったような笑みを浮かべているが、こっちが困ってるんですけど! もー! あんた怖すぎ!

「あれ使ってくれた?」
「癪だから使ってない。今使ってるのが残ってるし」

 ヘアオイルのことだよね? 怖くて使ってないよ! 何かあった時にすぐ返却できるように保管してる!

「あれ、すごく評判いいのに。うちの事務所のモデルさんから教えてもらったんだ」
「へぇー…ていうか、いるの? いらないの?」

 チョコマシュマロ要らないなら、私は全速力で教室に駆け込むんだけどな!
 上杉は肩をすくめると、大袋から1つだけ取った。ひとつでいいのか。もっと取っても良いけど。

「ありがとう。これ貰うね」
「……」
  
 私はじり、じり…と上杉を睨みながら後ろへと後退する。ここは廊下だ。周りに通行人がいるから、不埒なマネはしてこないと思うけど、相手を警戒するに越したことはない。
 ニコニコ笑っている上杉は相変わらず何を考えているのかがわからない。私は奴から逃げるようにして教室に駆け込もうとしたんだけど、2組から出てきた慎悟を発見したので声を掛けた。

「おーい、慎悟ー!」

 いつもなら「大声出すな、はしたない」と指摘してくるのに、慎悟は私を視界に映すなり顔をしかめていた。
 なんだどうした。腹でも痛いのかね。

「この間いきなり帰ったから心配したよー。私が重い話したからだよね? ごめんね」
「……いや…その」
「そうだ! チョコマシュマロあげるよ! おやつに食べな!」

 大袋に手を突っ込んで、マシュマロを掴んで差し出すと、おずおずと手を差し出してきた慎悟。彼の手にマシュマロを乗っけると、私は彼に謝罪した。

「ごめんね、私今まであんたに甘えすぎてたかも。気をつけるから」
「え?」
「そんじゃーねー!」

 私のことをこの学校で唯一知っている慎悟。私は無意識のうちに甘えていたのかもしれない。慎悟が年の割にしっかりしているから、ついつい弱音を吐いていたけど、慎悟はさぞかし困っていたことだろう。
 自分はもっとしっかりしなきゃ。私にはもう時間がない気がする。後悔しない様に前だけを見据えないと。

 私は慎悟に手を振って別れを告げると、3組の教室に入ってぴかりん達のもとに駆け寄った。
 以前よりもエリカちゃんの立場は向上したと思う。ちょっとエリカちゃんのイメージが崩れている感は否めないけど、それでも、マシになっているはず。
 エリカちゃんに身体を返した時、人が変わったようになってしまったとしても、ぴかりん達は優しいから受け入れてくれるに違いない。
 婚約破棄にはなったけど、二階堂のお祖父さんから好きな人ができたら力になると心強い言葉を頂いた。
 瑞沢嬢の扱いはエリカちゃんに任せるし、宝生氏は…‥婚約破棄しても村八分にされてるわけじゃないから気にしないでとしか言いようがない。
 上杉は‥…うーん。その辺りは、日記に記録を残しておくから、何とか自力で対処してほしいな。あとは慎悟に助けを求めてなんとか逃げ切って。

 裁判も結審して、犯人は塀の向こう。
 後はエリカちゃんが、自身の為に頑張って生きるだけだ。
 私の最後の望みを叶えたら、私はエリカちゃんに身体を返すよ。理論はよくわからないけど、返せる気がするんだ。
 だから私は、目標のインターハイ予選のために、ただひたすら部活に没頭した。
 



 3年生が卒業して、部員がガクッと減った卒業式後。4月になればまた、新たに新1年生が入部してくるというのはわかっているけど、やはり寂しい。

「二階堂お前、再来月末のインターハイ予選に出場してみるか?」
「! はいっ」
「状況によっては他の奴と交代させる。…でもとりあえずやってみろ」
「がんばります!」

 春高では補欠待機だった私だが、5月下旬のインターハイ予選に出場出来ることになった。コーチは私の頑張りを見ていてくれたのか、千載一遇の機会をくれた。
 だけど浮かれてばかりではいられない。依里は3年になる。これが最後のチャンスかもしれないのだ。来年の春高大会まで私がここにいるとは限らないから。
 それに調子が悪かったらすぐに交代させると言われてしまったから、気を抜けない。もっと頑張らなきゃ。

 ここ最近の私は、早くエリカちゃんに身体を返さなくてはとひどく焦っていた。


■□■


 修了式を迎えて、生徒達は春休みを迎えた。部活をしている人は春休み中も登校するけども、春休み中の学校は人が一気に減って閑散としている。
 だけど私はその雰囲気が好きだ。なんだか学校を独占しているみたいでワクワクする。

「エリカ…まだ帰らないの?」
「んー…もうちょっと練習したら帰る。ぴかりんたちは先に帰ってていいよ」

 程々にしなさいよ。とぴかりんは言葉を残して帰っていった。阿南さんはお家の用事があるとかで今日は部活が休みだし、コーチや他の部員達も帰ってしまった。
 私はそんな中で1人、体育館で自主練をしていた。休み中だからこそ時間がある。特にこの時期は伸びる時期だ。練習を怠るわけには行かない。
 私はもっと頑張らなくては。チームの足を引っ張るわけには行かないのだ。今のままじゃ誠心高校とは互角に渡り合えない。

「二階堂さん、精が出るね」
「…また来たの? …暇だねあんた」

 …春休みに入って、上杉は頻繁に私の前に現れるようになった。帰宅部のくせにご苦労なことである。決まって私が1人になった時に出没するから、何かを狙ってんじゃないだろうかと疑ってしまう。
 なにかしてきたらスパイクかましてやるから。

「はい、差し入れ」
「……何も入れてないでしょうね」
「未開封だから。二階堂さんは僕のことを疑い過ぎだと思うな?」
「あんた自分が何したか忘れたんですか」

 丁度喉乾いてたから貰うけど。スポーツドリンクのキャップを外し、呷る。あー、んまい。

「思ったんだけど、二階堂さん最近頑張り過ぎじゃないかな?」
「…頑張らないと、成長はできないからね」
「うーん、でも」
「ていうか暇ならトスあげて。そのくらいは出来るでしょ?」

 使えるものならストーカーでも変態でもなんでも使ってやる。
 キョトンとする上杉にバレーボールを渡すと、早くボールを上げろと命じる。スパイク練習がしたかったから丁度良かったわ。

 私は夕暮れ時まで上杉をこき使ってバレーの練習に専念したのであった。
 ちょいちょい、上杉が「そろそろやめない?」と言って来たけど、一蹴してやったよ。四の五の言わずにトスを上げろ。


■□■

 入学式の時期になった。
 入学式といえば春。私なら桜を想像するが、残念ながら開花が早くてもう既に葉桜になっている。満開の桜だと絵になるけど仕方がないよね。
 初々しい新1年生が入学して、新生活に胸を膨らませている様子は見ているだけで分かる。
 あそこにもウキウキ気分で入学して来た女子生徒がいた。

「慎悟様っ」
「丸山さん、入学おめでとう」
「ありがとうございます」

 慎悟は入学式の実行委員だ。新入生の胸に飾る花を丸山さんに手渡しながら、入学祝いの言葉を送っていた。丸山さんはそれを嬉しそうに受け取っている。
 女子制服であるセーラー服は丸山さんに似合っていた。彼女が輝いて見えるのはきっと彼女が恋をしているからだろう。
 甘酸っぱいなーと遠くから見守っていると、直ぐ側で誰かが息を呑んだのが聞こえたのでそちらに目を向ける。

 そこには加納ガールズが目をひん剥いて固まっていた。今にも目玉が飛び出そうになっており、巻き毛に至っては大口を開けている。
 …そんなに大きく口を開けていると口の中に虫が入ってくるよ。

「あ、あの令嬢は…石油会社の…!」
「なぜ慎悟様と一緒にいますの…?」
「あの方、聖ニコラ女学院に通っているんじゃ…」

 あ、知ってるんだ。
 石油会社かぁ。てことは結構大きなお家なのかな? 慎悟の家の会社は輸入業をしているらしいから…石油会社との関連があるのかな? …輸送用の船舶とか飛行機のガソリン代を割引…いやそんなまさかね。

 みんな相手の家のことに詳しいなぁ。
 私に至っては完全に他人事だからあまり覚える気がない。未だに加納ガールズの本名を覚える気がないし、呼ぶ機会もないし。巻き毛、能面、ロリ巨乳と心の中で呼ぶくらい、いいでしょ…いいよね…

 …サワッ
 ゾゾォッ
 慎悟ハーレムに新たな刺客が現れて衝撃を受けている加納ガールズを生暖かく見守っていた私は、ポニーテールにして束ねている髪にそっと触れられた感触がして、全身に鳥肌を立てた。

「…上杉っ! セクハラだと言っているだろうが!」
「キレイだなと思ったからつい。ごめんね?」
「謝って済むと思うなよ! この変態!」

 振り返らなくてもわかる。エリカちゃんの髪を触ってくるのはコイツしかない。髪が綺麗な人なんてあちこちにいるだろうが! この変態! 髪フェチ!(※エリカちゃんの髪の毛限定)
 髪を庇って後ずさると、そこには相変わらず人の良さそうな顔をしておきながら、目が笑っていない上杉がいた。
 奴は自分の腕を労るように擦りながら、わざとらしく嘆いてみせた。

「二階堂さんのせいで腕が筋肉痛なんだけど。その分の御礼を貰ってもいいと思うんだけどな?」
「はぁ? 勝手に自主練の場に来たのはあんたでしょ。来るってことは暇、暇ってことは手伝うってことでしょ?」
「なにその極論」

 嫌なら出没しなけりゃ良かったのに。コイツ頻繁に自主練の時間に現れてきたんだよ。暇なんじゃないか。
 大体あの程度で筋肉痛だぁ? 甘っちょろいこと言うな!

「もっと私に感謝してほしいね。そのひょろっとした腕が鍛えられたんだから、少しくらい喜べば?」
「失礼だなぁ。僕、二階堂さんを横抱きするくらいは力あるけど?」
「近づくな。実践しなくてもいいから」

 私は上杉から更に距離をとった。この青少年め。エリカちゃんの玉の肌には触れさせぬぞ…!

「…あんたは何をやってんだよ」

 呆れた声で声を掛けてきたのは、先程まで受付で丸山さんに花を渡していた慎悟だ。すっかり呆れられている。

「だってコイツが!」
「加納君お疲れ様。…春休み中、彼女が僕のことを解放してくれなくて大変だったんだよ?」
「はぁ!? 人聞きの悪いこと言わないでくれる? バレーの自主練につき合わせただけじゃないの!」

 被害妄想甚だしい!
 私が上杉をギッと睨みつけていると、二の腕を誰かに掴まれた。
 私が顔を上げると、そこには慎悟の麗しいお顔。きれいな形をした眉を顰めて、なんだか不機嫌そう。

「なに?」
「ちょっと」
「え? なによ」

 慎悟はグイグイと腕を引っ張る。なんなんだと思いつつも私は誘導されるがまま、
その後を着いていった。
 もしかしたら上杉から遠ざけてくれたのだろうか?

 しかし、何処まで歩いていくのだろうか。先程いた場所から結構離れてしまったけど。慎悟は入学生の誘導係なのにサボる形になってもいいのだろうか。
 そういえば今年、慎悟とエリカちゃんは同じクラスになった。2年3組である。
 学年が上がることでクラス替えがあったのだが、私はぴかりんや阿南さん、幹さんと同じクラスになった。だから1年のときと同様に彼女たちと一緒に行動している。

 ずんずんと迷いない足取りで慎悟は進んでいるが…何処まで進むんだ。もう上杉はいないぞ。

「慎悟、どこまで行くの」
「…上杉に近づかないようにすると言っておいて、あんたは何してんだ?」
「いやぁ…だってあいつ頻繁に来るから…いっそバレーの自主練習を手伝わせようと思って」

 そんな事言われてもあいつが近寄ってくるんだもん。あまりにも鬱陶しいから、こき使ってやったよ。何事もなかったから良いじゃない。
 私の返事に対して慎悟はため息を吐くと、とんでもないことを吐き捨てた。

「そんなこと言って…絆されているんじゃないのか」
「……そんな馬鹿なことを言うんじゃないよ」
 
 思わずゾワッとしてしまうじゃないか。
 私が腕をさする動作をしていると、慎悟はこっちを冷たく見下ろしていた。
 なんだなんだ。妙に不機嫌だな。

「…悪かったよ心配掛けて。そうだよね。仲良くしてたらエリカちゃんに身体を返した時、エリカちゃんが困るもんね」
「……そういう事言ってるんじゃない。俺はあんたのことを心配して言っているんだ」
「うん、ごめん」

 こき使ってやろうと思っていただけだったけど、自分も考えなしだったよ。気をつけるから。
 私は慎悟に平謝りすると、戻ろうと促す。慎悟はまだ何か言い足りなさそうな顔をしていたが、今度は私が彼の腕を引いて元の場所に連れ戻した。

 …その後私は加納ガールズに囲まれた。慎悟と2人きりでどこに行って、なんの話をしていたのかと質問という名の圧力をかけられて面倒な目に遭った。
 ねぇ、丸山さんには何もしないのに何で私には圧力かけるの? 平等に行こうよ。平等にさ。 

 

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mokuji
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