お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

加害者家族の慟哭【三人称&青年視点】



【人殺しは出ていけ】
【殺してやる】
【この街から出ていけ!】
【死ね】

 ある一件の民家の外壁には誹謗中傷が書かれた紙が沢山貼られていた。ポストの中にはひっきりなしに悪意のこもった手紙が投函される。時折投石されることのある割れた窓ガラスはガムテープで補修しているだけという惨状。
 家の電話にはひっきりなしに誹謗中傷、はたまた殺人予告の電話がかかってくるようになり、電話線を抜いている。

「もうっ! もう沢山! どうして私がこんな思いをしなきゃならないの!!」
「…母さん落ち着いて」

 ヒステリー気味に叫び散らす50代ほどの女性…実際の年齢よりもどっぷり老け込んだ女性は、白髪の散った髪を掻き毟り、苦しげにうめいていた。
 顔色の悪い、やつれ気味の青年がそんな彼女を宥めるように声を掛ける。女性の肩を抱くようにして優しく、そして疲れ切った声を出して。…まるで自分に言い聞かせるように慰めていた。

かなめ があんなことをしたのはお前の育て方が悪かったからだ! お前がグダグダ言うな!」

 女性の金切り声に苛ついた様子の中年の男性が苛立たしげにソファから立ち上がると、怒りを露わに怒鳴りつけた。
 怒鳴られた女性はビクリと怯えたが、次第にワナワナ震えはじめた。拳を握ったその手は力が入りすぎてぎりぎりと音を立てていた。
 女性は感情の制御ができなかった。あの事件が起きてから女性の順風満帆な人生は全てが台無しになってしまったからである。恵まれた家庭で生まれ育ち、高校卒業と共に将来有望な男性とお見合い結婚をして、子宝に恵まれ…理想の妻、良き母と言われてきた自分。
 なのに…何のために今まで頑張ってきたのかという、ぶつける場所のないこの怒り。自分だって辛いのに、この夫は私だけのせいにする。自分の子供のことなのに他人事だとでも思っているのかと彼女は腹を立てていた。
 抑えきれない怒りに任せて、女性は長年溜め込んできた鬱憤を吐き出すかのように男性に怒りをぶつけていた。

「…あなたはいっつもそう! 家のことすべて私に任せっきりで! 子育てと家事がどれだけ大変か知ってるの!?」
「俺には仕事があるんだ! 仕事をまともにしたことのないお前が偉そうに言うな! 大体、要は本当に俺の子なのか? …俺の子があんな…化け物なわけがない…!」
「…なんてことを…!」

 2人の中年の男女が言い争い始めた。お互いに責任をなすりつけあって、自分の子がしでかしたことは自分の落ち度じゃないと思いたいようだ。だがそんな押し付け合いをしても今のこの状況が明るくなるわけではない。
 醜い争いをする2人を止めようと青年が間に入って声を荒げた。

「父さん言い過ぎだ! そんな事今更言ってもどうしようもないだろ!?」
「うるさいっ! 何もかもこの女が悪いんだ! 俺が今までがむしゃらに努力して…やっと上り詰めたポストなのに…なんでこんな……」

 青年が「父」と呼んだ相手は、青年の注意に激高したかと思えば、顔を手のひらで覆ってゆっくり背中を丸めた。
 薄暗いリビングの中に中年の男女の咽び泣く声。静かな空間に2人の泣き声は大きく響いた。青年も俯き、ぎりりと唇を噛みしめていた。

ガッシャーン!
 窓ガラスに石が投げられたのか、リビングにガラスの破片が飛び散った。家の中にいた三人はその音にビクリと肩を揺らす。
 …あの事件以来何度もこのような被害を受けてきたが、犯行は全て第三者。赤の他人による犯行だった。

「……いやっ! もうっもういやぁぁぁぁ!!」


■■■■■

 弟の犯した凶行によって家の中はもうめちゃくちゃだ。
 日本では加害者家族までその咎を負う風潮が強い。我が家もまさにそうだ。ヒト2人を殺害した弟よりも、自分たち加害者家族が世間に憎まれ、悪意を向けられているのは錯覚ではないはずである。

 父は会社で要職についていたが、あの件で壁際に追いやられてしまって、今では肩身が狭い思いをしているらしい。
 母は専業主婦だが、今のこの状況では買い物にすら行けない。家事をする余裕もなくなり、家は荒れ放題だ。

 俺は何とか大学に通ってはいるが、あの事件以来恋人や友人達は離れてしまった。好奇の視線にさらされ、街を歩いていると人々になにか噂されているんじゃないだろうかと怯えて暮らしている。いつか自分が殺されてしまうんじゃないかと感じることがある。
 …大学を卒業した所で俺に就職先なんてあるのだろうか。俺の今やっていることは完全なる無駄で、俺は弟の代わりに被害者遺族に賠償金を払う一生を送る義務しかなく、俺には幸せになる権利はないのではないか。

 もういっそ、亡くなった被害者に呪い殺されてしまいたいと思い詰めるほど、俺は限界を感じていた。
 苦しくて苦しくて、だけど加害者家族である自分は弱音を吐くことが出来ない。吐いた所で軽蔑の眼差しで見られてしまうのだ。
 俺が何をした。
 …弟はこれで満足なのか。見ず知らずの人を殺して、沢山の人を苦しめて、あいつはそれで楽しいのか。…なにが目的なんだ。

 理解できない。同じ血を持つ弟なのに、俺にはあいつが理解できない。なにを考えているのかがわからない。
 あいつが大変そうなのは知っていた。俺も俺なりに力を貸そうとしたが、弟は俺の事を疎ましく思っていたようでここ最近は話しかけても無視を決め込まれていた。
 …話しかけても反応をしない相手にどうすることも出来ずに、放って置いたのだが…なぜこんな…俺はどうしたら良かったんだ。

 あれ以来弟とは会っていない。話に聞くのはマスメディアの情報くらいであろうか。
 弟は犯行自供で【あいつらを見返すため】と言っていたという話を聞いた。他には有名になるため、誰でも良かったと言っていたそうだ。

 …あいつらって誰だ?
 背中を丸めて自己憐憫に浸っている両親を見て、俺はこの両親の弟に対する態度を思い出していた。俺が言うのはなんだが、両親は外面のいい人たちだ。…家の中では違ったけど。
 …この両親のせいだろうか?
 それとも学校か? 学校で行われた匿名のアンケートで弟の要が密かにいじめを受けていたと回答があったらしい。授業についていけずに悩んでいたとも報道されていた。
 クラスメイトを見返したくて凶行に出たのか?

 …それとも兄である俺がお前になにかしてしまったのだろうか? 弟が苦しんでいる時に力になれなかった俺を憎んでいたのであろうか…?

 何故、憎いと思った相手ではなくて、無関係の赤の他人に牙を向けた。
 何故、そんな選択をしたんだ…
 何故…こんな事になってしまったんだろうか。

 もうすぐ、弟の犯した罪を裁く初公判がある。その時、俺は傍聴に来た被害者遺族達に会うことになるはずだ。
 彼らにどんな言葉を投げかけられるだろう。俺はそれを受け止めて、その先どうしているだろうか。

 それを受け止めた俺は果たして…生きていられるだろうか…?

 俺は何もしていないのに。
 家族であると言うだけで、弟の罪を抱えて生きていかなければならないのか。
 俺は身を縮めて日陰で生きていくしかないのか。


 …俺は、なんのために生まれてきたのだろうか?

 俺の問いに誰かが答えてくれる筈もなく。
 俺はこれからも死んだように生きるしか出来ないのだ。


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mokuji
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