お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

叶わぬ私の想い。



 上杉のクラスをもやもやしながら退出した私は先程の占い結果に少々心が引き摺られていた。
 しかし所詮は占いである。気を取り直して、慎悟のクラスである1−2に入った。
 ハンドメイド商品を販売してるのは知っていたけど、お店で販売していそうなくらい上手に作り上げている作品が沢山あった。私はその中からお土産になりそうなものを探していた。
 メモスタンドなら仕事でも使えそうだし、チャーム付きの髪ゴムも普段遣い出来そうだ。二階堂パパママにはお世話になっているからな。お土産として買っていこう。
 夫妻に買っていくお土産を決めて、他にも何か良さげなものないかなと目で追っていると、男子生徒と一緒に店番をしている慎悟の姿を見つけたので声を掛けた。

「やぁやぁ、売上はどうよ?」
「……なんだその格好」
「うちのクラスの井口さんプロデュース、まじょまじょ☆ミラクルのアンジェラちゃんコスだよ。似合う?」
「まじょまじょ…?」

 うん、予想はしてたけど、慎悟は眉をひそめて異物を見るかのような視線を向けてきた。
 …そんな反応されるのは予想してたけどさ。…文化祭だからいいじゃないの。
 彼が店番しているブースには四角形のフレームが所狭しと並べられていた。あ、あの時これ作っていたのか。

「…写真のフレーム? …へぇ、綺麗だね。これ慎悟が作ったの?」
「全部じゃないけどな」

 ガラスタイルでカラフルに飾られたフレーム、繊細な作りをした銀細工の美しいフレーム。その辺の雑貨屋で販売してても遜色ない出来である。

 写真かぁ…
 綺麗だし、いいなと思うけど……今の私には必要ないかな。自分の親にもちょっとあげにくいかも。
 夏の部活合宿の時に皆で写真撮ったけど、映るのはエリカちゃんの姿をした私だし。生前の写真を飾っていたら余計虚しくなる。…だから不要なのだ。

「…頑張ってたくさん売るんだよ。そんじゃ引き続き頑張って」

 慎悟が作ったものなら買ってやろうと思ったけど写真フレームはなぁ…
 二階堂夫妻に買うものだけを会計してもらうと、私は2組を出た。…そう言えば加納ガールズがいなかったな。早番だったのだろうか。絡まれなくてよかった。
 私はポケットに入れていたスマホで時間を確認したのだが、あと1時間位で初日が終わる。
 そうだなぁ。そう言えばさっき二宮さんと寛永さんが2年のクラスにも遊びに来てって言っていたから行ってみようかな。あの二人同じクラスだから丁度いい。

 彼らのクラスでは謎解きゲームを行っているらしく、クリアをしたら豪華賞品がもらえるらしい。
 絶対にクリアできない自信しかないけど、とりあえず行ってみようと私は彼らのクラスにお邪魔していったのだった。


 文化祭初日は何事もなく終わった。明日は一般客・招待客の入場があり、外部の人間がやってくる。
 一応松戸の家族に来るかと尋ねてみたが、被害者と別の被害者の家族が会うと周りから変な想像されそうだからやめておくと両親に遠慮されてしまった。別の日に笑として家に帰っておいでと言ってくれたのでそうすることにしている。

 そして、その日の夜22時過ぎ。
 大分夜も更けた時間だが、その時間に帰ってきた二階堂ママにお土産を渡してみた。
 
「これ慎悟のクラスのハンドメイド品なんだよ」
「ありがとう……えっちゃん、慎悟君と仲良くなったの?」

 二階堂ママは私と慎悟が親しくなっているのに驚いた様子だった。エリカちゃんと慎悟が仲良くなかったらしいから、それで驚いているのだろうか。
 慎悟は物言いに棘があるから、そこで損している気がするんだよなぁ。

「この間私が松戸笑だって見破られたんだ。…それと、ママに話しておきたい大切な話があるんだけど…」
 
 二階堂夫妻は多忙な人々だ。今日を逃したらいつ会うかわからないので、私はここ最近の出来事、気がかりなことを全て二階堂ママに報告しておいた。
 婚約破棄の原因となった瑞沢姫乃の事から、裏で糸を引いていた上杉の存在、そして奴が急接近してきたこと、慎悟が陰ながらサポートしてくれていた話をすべて。

 話していくうちに二階堂ママの表情が険しくなっていくのは致し方ないことであろう。娘が自分の知らない場所で理不尽に陥れられた可能性があると話されているのだから。

「上杉に近づかないようにはしてるけど、あいつ妙に神出鬼没な接触過多でさ。昨日は慎悟が庇ってくれたから良かったけど…」
「…芸能プロダクションの息子ね……芸能関係はそこまでツテが…」

 二階堂ママは何やらブツブツ呟き、思案している様子。
 私は学校内で防犯ベルでも持ち歩いたほうがいいのかな。私はそんなに隙のある人間のつもりじゃないんだけど、あいつ本当動きが読めないんだよ。

「えっちゃん、私、明日の文化祭行くわね」
「え? 仕事は?」
「大丈夫。日曜に回せばいいし、急を要するのはあの人に任せるから大丈夫よ」
「あ。そう…」

 上杉を見極めに行くのだろうか。上辺の人の良さにママが引っかからなければいいけど。
 エリカちゃん、あなたのいない間にすごいことになってるよ。私の訴えは聞こえてるかな?


■□■

 翌日の2日目は招待試合のため、私は午前中で上がる予定だ。その為に昨日は長めにシフト入ったからね。
 早番の私は来店してきた2人のお客さんを見て笑顔で固まった後、片方の腕を掴んで教室を飛びだした。

「……渉?」
「ごめん、本当にごめん…ユキ兄ちゃんがどうしても行きたいって……」
「…はぁあ…?」
「……てか姉ちゃんその格好何? ウケるんだけど」
「オーマーエー!」

 私は生意気ざかりな中2弟の頬をつまんで引っ張った。
 お前というやつは! こんな所で何してんだ! 来ないって言ってたじゃないか!

「だ、だって、この間姉ちゃんがあんな発言するからユキ兄ちゃんが疑ってんだよ! “エリカ”さんの事よく聞いてくるしさ!」
「……あー」
「ああいう発言しちゃうのは姉ちゃんらしいけど、姉ちゃん自身が墓穴掘ったんだからな」
「…だって嫌じゃん…自分のせいで死んだなんて思われるの…そんなんじゃ私成仏できない……」

 …そうか、自分が掘った墓穴か。
 だってあそこであぁ言わないとユキ兄ちゃんは自分のことを責め続けていただろうしさ…仕方なくない?

「…成仏?」
「!」

 彼が私のボヤキを聞いていたらしい。…ユキ兄ちゃんが背後に迫って来ていたことに私は気づけなかった。
 この間よりも顔色は良くなっているが、何処か憂いの表情なのは変わらない。彼はそのままエリカちゃんの姿をした私をじっと見つめて、何かを探す目をしていた。
 私はそれがなんだか居心地が悪く、視線をさまよわせてしまった。

「……エリカ…さんだよね? 可愛い格好だね。アニメか何かのキャラクター?」
「えっ…」

 ユキ兄ちゃんが柔らかく笑った笑顔を久々に直視したせいか、ボッと頬が熱を持った。
 かわいい…かわいい…

「そ、そうかなぁ?」

 エリカちゃんに対する賞賛というのは十も承知である。
 しかし、ユキ兄ちゃんに言われたその言葉は、他の人に言われた美辞麗句よりもくすぐったく感じて、私はむず痒い気持ちになっていた。
 ニヤケ顔になってニヤニヤ笑ってしまったがなかなか顔が元に戻らない。ニヤけすぎて顔がだらしなくなっていたに違いない。
 なぜなら、たまたま廊下を通過していた慎悟が私を不気味そうな目で見ていたから。
 
「……顔面崩壊してるけど」
「何言ってるの!? エリカちゃんはっ…私は可愛いでしょ!?」

 そこは訂正させてくれ。エリカちゃんは可愛いだろう。中の人は不気味でも。
 聞きようによってはナルシスト発言だが、慎悟の不気味発言は聞き流せないぞ。

「…それ自分で言っちゃう?」
「うるさいよ渉!」
「……親族か?」
「いや、あの…今度、今度教えるよ」

 笑と渉は似た姉弟だから、もしかしたら慎悟は私達が姉弟と気づいたのかもしれない。多分テレビとかで私の写真を見ているはずだから、私の顔をなんとなく把握していると思うし。
 ここにいるのが弟だけなら紹介できたが、私の正体を知らないユキ兄ちゃんの前で紹介は出来ない。
 アイコンタクトして必死に訴えていたのだが、慎悟はもう確信している様子だ。

「…笑ちゃん、」
「え…」
「笑ちゃんなんだろう? …ごめん、笑ちゃん…」

 自分の名前を呼ばれたその直後、私はユキ兄ちゃんの腕に包まれていた。…ユキ兄ちゃんはここが英学院の文化祭が行われた校舎で、他に人がいることも忘れたのか男泣きをし始めた。
 周りの人の視線が集中しているのに私はギクッとした。慌ててユキ兄ちゃんを泣き止ませようと思ったけど、ユキ兄ちゃんはガチ泣きしており泣き止みそうにない。

「ちょちょちょ、ユキ兄ちゃん」
「こっち。4組なら開いてるだろ」

 慎悟もこの状況を拙いと感じたのか、その場から誘導して、人目のつきにくい場所…ガランとした人のいない4組の教室に私達を引き入れてくれた。
 …本当は他のクラスに入ったらいけないんだけど緊急事態だからね? 

 教室の扉を締めて、少しは人目から外れたものの、ユキ兄ちゃんは余計に男泣きをするのみ。
 ユキ兄ちゃんはこんなに身体が大きかったっけ? …ああ違うな。私がエリカちゃんの体に入っているからそう感じるだけだ。

 ……これが、自分の体だったらどんなに嬉しいことだろう。好きな人に抱きしめられて、こんなに幸せなことはないはずなのに、今は胸が張り裂けそうに苦しいだけだ。
 咽び泣くユキ兄ちゃんの声を耳元で聞きながら、私の目頭まで熱くなってきた。


 戻りたい。
  松戸笑 わたし に戻りたい。
 松戸笑の姿であなたに好きと伝えられたら良いのに。でも駄目だ。
 今の私が想いを伝えたら、ユキ兄ちゃんは同情や負い目で応えてくれそうな気がする。だけどそれじゃ駄目なんだ。
 私は私自身を好きになってもらいたかった。
 でも、どんなに頑張ってもそれはもう叶わない。
 えみ は死んでしまったから。

 ユキ兄ちゃんとは別に、私の…エリカちゃんの声で泣きじゃくる私の声がミックスされて、教室内に泣き声が響いた。
 だけど私はユキ兄ちゃんとは別の意味で悲しくて泣いていた。

 そんな事、この場にいる誰も知り得ないことだった。

 

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mokuji
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