お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

野生の勘も馬鹿にできない訳だ。



「おい! 二階堂エリカ!」
「……何か用?」
「お前、また姫乃に嫌がらせをしただろう!」
「してないよ」

 ホラーのような体験をした翌日。私は少々睡眠不足気味に登校してきた。あまりの恐怖に昨晩布団に入っても中々寝付けなかったんだよ。
 だから怒鳴られると頭に響いて余計にしんどいのだが……宝生氏は朝っぱらから元気だね。何食べたらそんなに元気になれるの? 参考のために教えてくれないかな?

 下駄箱で呼び止められた私はあくびを噛み殺しながら宝生氏を見上げる。相手は顔を真っ赤にさせて激怒している様子だ。
 この間の今日だから礒川さんが再犯するには早すぎる気がするんだけど…またかと私は思った。エリカちゃんも難儀な子である。
 私は中身が第三者なだけあって、冷静でいられるが当事者だったらうろたえるのは必至であろう。
 とりあえず状況説明をしてもらわないとこっちも意味がわからない。やってないものはやってないもん。冤罪は晴らしたいからね。
 
「はい、事情説明」
「なんだその態度は!」
「それはこっちのセリフだよ。なんで犯人を私と決めつけるのさ」
「捕まえた犯人がお前に指示されたと言うからだ!」
「それ誰よ」

 大体その犯人が嘘をついているとか考えないのかこの坊っちゃんは。前から思っていたがこの坊っちゃんは少々頭が弱い気がする。私も頭良くないけど、それとは別の意味で弱いというか。

「1組の阿部だ」
「…誰だアベ」
「しらばっくれるつもりか…!」

 本当に知らんのですって。自分のクラスだけでも名前覚えるの精一杯なんだよ。その他のクラスの人なんて一部の名前しかわからんわ。

「夢子…瑞沢さんは今回何されたの?」
「姫乃の上履きが便器に入れられてたんだ!」
「…ウワァ…」

 結構酷い嫌がらせされてた。
 それ洗っても使いたくないやつじゃないですかー。精神的にも経済的にも痛いけど、瑞沢さんもセレブだからそんなに痛くはないのかな。

「1組のアベね、今からちょっと確認してくる」
「逃げるのか!?」
「逃げないよ。信用できないなら着いてきたらいい」

 私が主犯だという嘘を何故吐くのか、実行犯に追求してみないと。私が宝生氏にそう言って踵を返そうとしたら「ちょっと待って」と別の人間が割り込みしてきた。
 私と宝生氏の間に割り込んできたのは…上杉君だった。彼は私を庇うかのように前に立っていたけども、私は昨日の夜のことを思い出してしまって、全身が緊張で強張った。

「ちょっと話を聞いていたけど…二階堂さんがやったって決めつけるのは無理があるんじゃないのかな?」
「…上杉…お前、エリカを庇うつもりか?」
「だって証言は証拠にはならないんだよ? もしかしたら阿部さんが狂言を吐いているかもしれないじゃないか」

 上杉君は目の前でイライラしている宝生氏を落ち着かせるようににこやかに話しかけている。
 …すごいな、この状況で笑顔でいれるって。

「……じゃあ、誰がやったと言うんだ」
「瑞沢さんは可愛らしい子だからね。女の子たちは焦っているんだよ。ただの嫉妬。犯人探しも大事だけど、君は瑞沢さんの心をケアしてあげたほうがいいんじゃないかな…僕の方から阿部さんには注意しておくから」

 人望があってクラス委員をしていると言うからこういう諍いごとに慣れているのかもしれない。例えばセレブ生と一般生の敵対とかね。
 上杉君が間に入って宥めたことで、宝生氏は少しだけ怒りを落ち着けたようだ。しかし牽制はしっかりしておきたいのか…私に鋭い視線を送ると、鼻を鳴らしてこの場から立ち去っていった。

「…あの、」
「大丈夫だった? 怖かったでしょ」
「……ありがと」
 
 私が背後から上杉君に声をかけると、あの人当たりのいい笑顔のまま振り返って私を気遣ってくれた。
 いや、怖くはなかったよ。喧しかったけど。前は宝生氏の怒鳴り声がトラウマを刺激したけど、あの人が何度も怒鳴ってくるから、最近慣れが生まれてきたような気がするわ。嫌な慣れである。
 
 上杉君は…そこまで 親しくない相手 エリカちゃん を庇うって事は、彼はエリカちゃんに好意的なのだろう。
 …なんだけど、どうしても私には違和感を覚えてしまうのだ。なんというか不自然というか…うまくは説明できないんだけど……

 助けてもらったのに疑ってしまう自分の恩知らずな部分にちょっと自己嫌悪したけど、私の野生の勘はあながち間違っていなかったという事をその後知ることになる。





 お昼に売店へ、いつもの牛乳を買いに行った私は、渡り廊下からの近道ルートを通って売店に向かっていた。
 身長育成計画を立てて、積極的に牛乳を飲み始めて数ヶ月経過した。
 だが、あまり効果を実感できない。食事をする際には魚と肉、野菜をうまく取り入れる努力はしている。なのに筋肉はついても身長は伸びない。
 もうだめなのかなー。エリカちゃんの骨端線…二階堂パパママはそんなに身長高くないしな。私の両親は二人共背が高いし…遺伝の影響かな…。
 もうこの身長で勝負するしかないのだろうか。諦めてジャンプ力を養うしかないのか。

「…いい? 君は黙ってそれをやるだけだ」
「で、ですが…」
「…いいの? 逆らったりしたらこの学校にいられなくなっちゃうかもしれないのに……なんてね」
「う、上杉様!」

 身長のことをぼんやりと考えていた私だったが、誰かの話し声が何処からか聞こえてきた。
 その不穏な単語に私は足を止めて、素早く物陰に潜む。なんとなく、隠れたほうがいいと思って咄嗟に隠れた。

「…瑞沢姫乃を閉じ込めて、上杉様はどうなさりたいのですか…?」

 そこにいたのは上杉君と、誰か知らない男子生徒だ。ネクタイの色を見る限り同じ1年生のようである。
 …なんだかその男子生徒の様子はおかしかった。青ざめて怯えているようだ。涙声の男子生徒の言葉に、彼…上杉君はいつもの人の良さそうな笑顔でこう言った。

「そうしたらまた二階堂さんが疑われるでしょう? …本当は婚約破棄の直後に上手いことやるつもりだったけど、あんな事件に巻き込まれちゃったからね。彼女が校外に飛び出すなんて計算外だったよ」

 ふぅ、とため息を吐いて、上杉君はやれやれと言わんばかりの仕草で首を振った。

「何のために、宝生達の疑いを二階堂さんに持ってこさせたのか。全て水の泡になったよ。…何がどうなったか知らないけれど二階堂さんは人が変わったように明るくなって帰ってきたし……中々うまく行かないな…」

 ……な。なんだと…?
 エリカちゃんの体に入っている私はその場でピシリッと固まっていた。
 上杉君の言った言葉を 反芻 はんすう するように自分の頭の中で繰り返して……理解した。

 ……じゃあ、なに?
 エリカちゃんと宝生氏の婚約破棄事件にとどめを刺したのは、上杉君がなにかしら工作をしたって事? だって今の口振りじゃ…そうとしか……

「とにかく、君は言われたことをすればいいよ。そうすれば悪いようにはしないから」
「……はい…」

 男子生徒の肩をぽんと叩く上杉君。男子生徒は諦めきった様子で項垂れていた…
 彼らが立ち去るまで、私は息を潜めて身を隠していた。…やばい話を聞いてしまった。

 ……じゃあ、朝のあれは何?
 あれは、ヤラセってこと? エリカちゃんに疑いが来るようにして、ヒーローのように助けに入れば、エリカちゃんが惚れるとでも思ったのか? アホか貴様は。

 ……いや、今はそんなことより、他にも聞き捨てならない発言があった。瑞沢姫乃を閉じ込めたって言ってた。
 てことは、今夢子ちゃんが何処かに閉じ込められているってことだろう。閉じ込めるって一体どこに? また体育倉庫とか?

 別に私には夢子ちゃんを助ける義理なんてない。だってエリカちゃんから婚約者を奪った恋敵だし。
 …でもこのまま見ぬふりするのも上杉の野郎の手のひらに転がされているようでなんか気に入らない。

 …午後の授業が始まるまで約30分。
 私はゆっくり立ち上がると、売店へと向かっていた足を方向転換させた。
 夢子ちゃんがどこに閉じ込められたかは知らない。とりあえず人気がなく、閉じ込められやすそうな場所を虱潰しに探しに出ることにした。


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mokuji
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