ようやくクラスメイトを覚えたのに次から次に……誰だ君は。
一日の授業をすべて終えた私は部活に行こうとして一旦はぴかりんや阿南さんと部室に向かっていたが、教室に忘れ物をしてしまったので一人引き返していた。
ヤバイヤバイ。やりたくないからって宿題忘れちゃ駄目だよね。ただでさえ勉強得意ではないのにここで落第とかになったらエリカちゃんに悪いし、やるもんはちゃんとやっとかなきゃね。
学校の鞄に宿題のプリントを押し込んで、再び教室を出た私にある男子生徒が声を掛けてきた。
「二階堂さん、部活に行くの?」
「……うん…そうだけど…?」
身長は高1男子の平均くらいで小顔、目は離れ気味の三白眼、口は大きめの特徴的な顔立ちの少年だった。…ヘビ顔っていうのかな。
にこやかに話しかけてくれるのはいいけど、この人誰だろうか。最近ようやく同じクラスの人+αを覚えたばかりなのだ。学年レベルとなると2年生にならないと覚えられないかもしれない。
「意外だな、二階堂さんがバレー始めるだなんて。…やっぱりあれ? 事件で亡くなった女子高生がバレー部生だったから?」
「……そう取られても仕方ないかもしれないね」
この内容のやり取り何度目だろう。否定してもきりがないので適当に濁す。
笑 の情報流れすぎでしょ。本当マスコミってば被害者のプライバシー軽視しすぎ。
「二階堂さんは華奢だから、バレーなんて危険な競技、心配だな?」
「大丈夫。好きでやっているし、怪我はしないようにしているから」
「そう?」
危険って。そんな事ないよ、バレー楽しいし。
なんだろうなこの人。こんなこと言っては失礼かもしれないが、私を…いやエリカちゃんを舐め回すような目で見ているような気がする。ゾワッとしたから腕がチキンスキンになってしまったよ。
まるで蛇に睨まれたカエルのような心境になりながら、私は部活に行くからと告げて彼と別れた。
あれから、何事もなかったかのように夢子ハーレムは変わらずに自分たちの世界を作っていた。もう私に構わないでくれたら勝手にいちゃついてくれて構わんよ。
あと礒川鞠絵が私と遭遇するたびビビって逃げるから、あらぬ噂を立てられそうで困っている。被害者はこっちなんだけどな。
そして加納慎悟は変わらなかった。
ていうか違うクラスだし、頻繁に会話するほど仲がいいわけでもないので、あんまり接触がないと言っても良い。
やっぱりエリカちゃんと私は違うから違和感を感じる人が出てきたな。私がエリカちゃんのフリをしようとしてないせいもあるけど…どうするべきなのだろうか。
加納慎悟ならこんなファンタジーな話も真面目に受け取ってくれそうな気がしないこともないんだけど、重い話になるから…巻き込まないほうが彼のためだろう。
10月に入って季節は秋の気配が漂っていた。2カ月後の12月某日、その日が着々と近づいてくるのを私は肌で感じていた。
その日に地方裁判所にて、あの事件の初公判が行われる。私は二階堂エリカとして、証人として出廷する予定だ。のびのびと青春の日々を送っている私だが、半年前に私は殺されたのだ。決して忘れてはいない。
私を殺した犯人も当然のことながらその裁判に参加することになっている。会うのはあの事件の日以来である。
……あの事件の事を考えると苦しくなるし、暗くなるから目をそらすようにしていたが、いつまでも目をそらしているわけにも行かない。私は証言をする必要もあるのでずっと見ないふりは出来ないのだ。あいつを司法にちゃんと裁いてもらうためにも。
…私は、あいつを前にして冷静に証言をできるだろうか。感情的になって裁判をめちゃくちゃにしてしまわないだろうか?
……本当は怖い。私の中で憎悪という感情が爆発してしまいそうで怖い。本当は逃げてしまいたい。…だけど、それは出来ない。
暗い気分に陥っていた私だが、ブンブンと頭を振ると頬を叩いて喝を入れた。
とりあえず今は部活! 考えるのは後回し!
立ち止まっていた足を再び動かし始めた私は知らなかった。
先程の少年が窓越しに、私の一連の動きをじっと見つめていたことに。
■□■
「おっふぅ、バレーがしたい」
「諦めなさい。学生の本分は勉強よ」
「やだようバレーがしたいよう」
来週から中間テストに入るため、部活はお休みに。私はこの期間が毎回地獄に感じる。バレーしてないと死にそう…そう、泳ぎ続けないと死ぬマグロのように…
放課後の教室でノートと教科書を開いてぴかりんと一緒に勉強会をしていたが、私の集中力はそう続かなかった。だっていつもなら今頃体育館で部活してるもん。勉強よりも体を動かしたいYO!
去年も1年生をしたとはいえ、誠心より英のほうが偏差値は上。うちの高校より大分勉強は難しくて…元々勉強好きじゃないけど更に受け付けなくなっていた。
本当に勘弁してください。私にはもう勉強なんて必要ないんです。だって死んだ人間なんだもの。
「……ちょっと牛乳買ってくる…」
「逃げないでよ」
ホンの息抜きで自動販売機(売店はもう閉店してる)に行こうとしたらぴかりんに念押しされた。ちょっとだけサボろうかなと考えていたのがバレていたようだ。鋭い。
一応この学校には綺麗で広い自習室というものがあるが、私語厳禁だ。なので私達は教室で勉強している。…静かだと逆に集中できないんだよなぁ私。
自動販売機は食堂の中に設置されている。これも学生カードで決済できる仕組みだ。ガコンと音を立てて自動販売機の受取口に牛乳パックが落下する音が響く。私は屈んで受取口からそれを拾い上げた。
「二階堂さん」
「あ……どうも」
「山本さんと勉強してるの?」
「そうだけど…」
いきなり声を掛けられて私はビクリと肩を揺らした。後ろに居た気配を感じなかった。
…びっくりした。またこの人か。名前が未だにわからないけど。彼は「僕も飲み物買いに来たんだ」と言って自販機に学生証をかざして飲み物を購入していた。
「二階堂さんにようやく友達が出来て安心したよ。山本さんはさっぱりした気質だから付き合いやすいでしょう?」
「うん…まぁ…」
自分に友達が出来た話題を出されて不審に思った私は相手を見上げた。…もしかして彼はエリカちゃんと親しかったのか? この人も加納慎悟みたいな縁戚だったりするのか?
……考えてみたけどわからんものはわからん。
だって情報が少なすぎるんだよ。エリカちゃんの交友関係。だから当たり障りのない対応をするしか出来なかった。
「二階堂さんのクラスは文化祭なにするの?」
「…文化祭?」
「あれ、まだ話し合いしてないの? クラスによってはまだなのかな。僕のクラスは占いするんだ。良かったら友達と来てよ」
「あぁ…うん……」
文化祭か。
誠心でもあったけど、英はどんな感じなんだろうか。うちのクラスでは全く話に出てきていないから文化祭がある時期も知らなかった。うちのクラスはテスト後にでも話し合いをするのだろうか。
私はぼんやりと考え事をしていたのだが、後頭部付近にサワっとした違和感を覚え、振り返るとギョッとした。
男子生徒A(仮)が私、いやエリカちゃんの髪の毛を触っていたのだ。
「!? な、なに!?」
「ゴミが付いていたよ」
「あ、そ、そう…」
び、びびったー。なんだゴミか。
エリカちゃんの長い髪の毛は頑張って維持しているが、最近少々鬱陶しく感じ始めている。わかりやすく言ってしまえば邪魔。ポニーテールにしてるけど頭が重いし、動く度に髪が揺れるのがうざい。
…だけど我慢しているのだ。だってエリカちゃんの身体だから!
いつまでもここに居ても仕方ないし、ぴかりんが心配するなと思った私は男子生徒Aに「それじゃあ」と断って、踵を返した。
「二階堂さん」
「え?」
「僕、勉強得意だからわからないところがあったら教えてあげるよ。いつでも聞いて」
「……ありがとう」
…親切な人だ。
だけど、やっぱりあの目が苦手だと私は感じた。
■□■
苦行の中間テストが終わった。
手応え? …過去を振り返っていてはいつまでも前に進めないんだよ!
というわけでテストを終えて部活に復帰できた私は部活をエンジョイしていた。
テストの結果? あーあーキコエナーイ。
「来月11月15日に行われる英学院高等部文化祭出し物をこの時間を使って話し合おうと思います。何か案がある方はいますか?」
HRを使って文化祭についての話し合いが行われた。他のクラスは早くもテスト前に決めていたらしいのに、スタートダッシュが遅すぎないか?
文化祭と言えば…お化け屋敷に喫茶店、食べ物屋にゲーム…なにがいいだろうか…
「はい!」
「井口さんどうぞ」
「もうすぐハロウィンがあります。ハロウィン喫茶なんていかがでしょうか」
「11月15日に行われるんですが…」
確かに。
もしもハロウィンに文化祭があれば面白かっただろうけど、大分過ぎてるしね。
セレブ生の井口さんはいい案だと思っていたのだろうが、却下されてしまった。
「…はい、今の井口さんの意見に付け加えたい意見があります」
「佐藤君どうぞ」
「コスプレ喫茶です。それならハロウィンと限定せずとも様々なコスプレができると思います」
「…コスプレ…ですか」
「もちろん、英学院の校風を損ねるわけには行きませんから、過激な格好や不謹慎なものは避けるべきだとは思いますけど」
なんだろうか。お坊ちゃんお嬢ちゃん達も思いっきりふざけたいのだろうか。ハロウィンに街に出てふざけたいけど出来ないから文化祭ではっちゃけたいのだろうか。
やりたいなら止めないけど。
「他に意見がある人は居ますか?」
クラス委員がぐるりとクラスメイトを見渡して意見を募ったが、他に案を出す人は居なかったので、コスプレ喫茶に決まった。
…コスプレって言ったって何をしたら良いんだろうか。アニメのキャラクターにでもなれとでも言うのか?
引き続きクラスで喫茶店で出すカフェメニューを話し合ったが、料理自体は外注らしい。精々生徒がやることと言えば飲み物を注いで、既に用意されてある料理をサーブする程度だそうな。だからそんなに早くから準備に力を入れることもないらしく……
私が想像していた文化祭と何かが違う。いや、楽だけどさ…文化祭の準備をみんなで力合わせて行う事に意義があると思うんだけど……
セレブ校だから仕方がないのかね…。
コスプレは各自で用意するようにと言われていたのだが、井口さんに「二階堂様のご衣装は私に用意させてください!!」と言われた。
井口さんはクラスマッチで親しくなったクラスメイトなんだけど、なんだか文化祭の準備に燃えているようで、彼女の勢いに負けた私は黙って頷いた。
適当でいいよ。いっそ額に稲妻型の傷跡のある丸メガネの男の子の魔法学校コスプレでもいいし。
私は彼女にそう伝えてはいたのだが……衣装合わせの日に渡された衣装を見て呆然とした。
「……私は、ハ○ポタ的魔女とかで良かったんだけどな」
「はい! まじょまじょ☆ミラクルのアンジェラちゃんも魔女ですから大丈夫ですわ! 二階堂様」
「えっ、まじょまじょ…?」
「さぁさぁ袖を通してみてくださいな! 絶対に似合うと思いますの!」
黒い魔女帽子を着用した頭は二つ結びにしてゆるい三つ編みに。短いコウモリマントの中はシャーベットオレンジのひらひらしたシャツに黒いボータイ。こんもり膨れ上がったかぼちゃパンツのようなオレンジ色のキュロットスカートに白黒ボーダーのタイツに黒い編み上げブーツ。
…‥確かに言い様によれば、魔女だ。
だけど、これってさ、まるで日曜のちびっこ向けアニメのヒロインだよね…
アンジェラって何だ。何者なんだ……
「まぁぁ! 想像したとおりですわー!」
「とってもよくお似合いですわ、二階堂様」
「………」
井口さんと阿南さんが興奮した様子で褒め称えてくるけど、後ろの方でぴかりんがニヤニヤしながらこっちを見ているんだけど。
エリカちゃんは可愛いから何でも似合うと思うよ? …でも中身は私なんだよ…
まじょまじょ☆ミラクルの正体が気になった私はDVDをレンタルして徹夜で観た結果…
アンジェラの決め台詞とポーズを完璧にマスターしたのであった。
…違うよ私はナルシストじゃない。エリカちゃんが可愛いからつい……悪気はなかった。