お嬢様なんて柄じゃない | ナノ お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

死人装束が懐かしい。日本地獄のみんなは元気だろうか。




「あれ? 先輩の彼氏さん、口紅が取れていませんよ?」

 お化け屋敷受付にいた、懐かしき亡者姿の珠ちゃんの指摘によって、リップが付いていることに慎悟が気づいてしまった。珠ちゃんは藤壺の宮女装メイクが取れていないと勘違いしているが、それは先程キスをした時に私のリップが移っただけだ。
 慎悟は指で擦って落としてしまった。残念。私が唇を尖らせて慎悟を見上げていると彼にジロッと見られた。私、別に悪くないよね。

 私は慎悟から珠ちゃんに視線を戻す。彼女は亡者姿でニコニコと笑っている。懐かしいなぁ、そうそう、地獄でも死人装束だったんだよ。本当に懐かしい。
 お化け屋敷の入り口には、顔を真っ赤にさせて、判決を言い渡している風な閻魔大王らしき人形が置かれていた。これはもしかしなくても…

「テーマは日本地獄?」
「御名答です! では、地獄の世界にご案内いたします。本当に怖いですよー…いってらっしゃいませー」

 日本地獄かぁ。さて、実際に地獄に滞在したことのある亡者な私のお眼鏡にかなうかな? と冷やかし半分で入場したが、流石英学院。金がかかっている分、力が入っている。
 所々で血みどろの亡者がうめき声をあげている。その側で鬼が呵責をしている様子も。演技力もさながら、再現率が高い。

「…地獄のことうまく表現してるなぁ」

 本物はもっとゴツくて生々しいけど、学校の出し物でここまで出来るのはすごいなぁ。

「ゴ○ラ鬼や子どもたちは元気かなぁ…」

 口をついて出たのは、地獄で知り合った子たちのことだ。あれから1年以上経過した。賽の河原での供養がどのくらいかかるのかは知らないが、あそこにいた子どもたちはみんな次の生にうつれたのかな?
 それに…転生の輪に入ったエリカちゃんも。…彼女はこの世に生まれ落ちたのであろうか?

 閻魔大王がぼやいていたことだが、地獄の裁判判決には判定基準があって、転生するからといって次も人間とは限らないそうだ。
 いくら人間に生まれ変わりたいと思っても、人間ではなくて畜生…動物や鳥、昆虫に生まれ変わる者もいるのだという。生まれ変わったときにはまっさら新しい魂に変わる。人間の時の記憶は全く残らないが、畜生転生してエンジョイしている魂もよく見かけると言われた。
 エリカちゃんは正式な裁判を受けていない。乱入して無理やり転生の輪に入ってしまったので、その処遇は不明だ。もしも犬猫に転生していたら、それはそれで複雑なんだけど……。
 エリカちゃんの魂を持つ子とまた会いたいと考えていても、犬猫だと意思疎通できないという…

「…思い出してしまったのか?」

 私が犬猫になってしまったエリカちゃんを想像していると、隣を歩いていた慎悟に手を握られてそっと声を掛けられた。
 全体的に赤い照明で照らされたお化け屋敷内。慎悟の顔が真っ赤に染まって見えて、一瞬ビックリしてしまった。

「なんでもない、大丈夫」

 地獄では確かにショッキングな場面も見たし、とてもバイオレンスな場所だったけど、決してトラウマレベルではない。むしろ殺された時の記憶のほうが私の中で恐怖最上位に来ているんだなこれが。
 地獄のことでの出来事は慎悟に話していたが、あまりまともに取り合ってくれなかった。それでも気にはしてくれていたみたい。
 彼は心配そうに見つめてくる。私が過去の暗い記憶に襲われていると思われたのであろうか。
 私は苦笑いして慎悟の腕に抱きついた。

「…慎悟がそばにいてくれるから大丈夫だよ。行こう」
「…うん」

 彼氏の腕に抱きつく私は、傍から見ればお化け屋敷に怖がる可愛い彼女に見えるであろう。実際には違うけど、別に誤解されても全然良かった。
 ここに入る直前に珠ちゃんから「リタイアする場合はそばにいる亡者に声を掛けてくださいね」と言われたが、私はグロ耐性が出来ているのでその辺りは大丈夫。
 
「人間って害虫殺すし、嘘も付くじゃない? 最低でも等活地獄行きになるけど、遺族がちゃんと供養してくれて、情状酌量の余地があれば、呵責を受けずに転生か天国行きか選べるんだよ」

 アニマル着ぐるみを着用した生徒から亡者役がリンチされている姿を見ていた慎悟が変な顔をしていた。なので私が地獄で知り得たことを教えてあげると、更に微妙な顔をされた。
 等活地獄の一部・不喜処地獄ではリアルアニマルにズタズタにされちゃうんだよ。地獄に滞在していた時、間違って呵責されたくなかったから、遠くから様子を窺うくらいしか出来なかったんだけどさ。普通にしていたら可愛いはずの動物たちが……うん。これ以上は止めておこう。

「あ、怖くなっちゃった? 私の後ろ歩く?」
「そういうわけじゃない……ちょっと間抜けな姿に見えただけ」

 それが1年の耳に入ったのか、アニマル着ぐるみを着用している子の動きが鈍くなった。ノリノリで頑張っていたのに、間抜けと言われて傷ついたようだ。
 失言をした慎悟の背中をバシッと叩いておいた。本当のことでもここでそういう事を言うんじゃないよ全く! ほらご覧、犬の着ぐるみ姿の男の子が凹んでいるじゃないの! 

「藤壺の宮の格好で凹んでいたくせに、他人の格好を揶揄するのは良くないと思うな!」
「揶揄していたわけじゃなくて…」
 
 私が彼の失言を叱ると、慎悟は反論しようとして…口ごもった。余計な一言を言ってしまったと理解したのであろう。素直に犬着ぐるみの少年に対して謝罪していた。……彼の心に傷が入っていないといい。
 日本地獄を模したお化け屋敷は見ごたえがあった。最後ゴール付近に到着すると、閻魔大王扮する人が待ち構えていて、その隣には秘書っぽい鬼の姿……すごい再現率だ…さり気なく似ている気がする……
 私は彼らに罪を裁かれ、判決を言い渡された。

「──…よって、等活地獄の刑に処す!!」
「ムフフッ」
「!?」

 私は自分が召された後、地獄の閻魔大王のいる場所に辿り着いた時のことを思い出して、ひとり笑い出してしまい、彼らを困惑させてしまったのである。
 


 慎悟と一緒にお化け屋敷から出ると、受付にいた珠ちゃんが笑顔で出迎えてくれた。

「現世におかえりなさい! 先輩方怖かったですか?」
「よく出来たお化け屋敷だね、驚いたよ、ね?」
「あぁ、地獄絵図そのものだった」
「準備頑張りましたから! これ記念品です、どうぞ!」

 最後まで脱落せずにゴールした人には血の池ペンとラベリングされた赤ペンを記念品としてプレゼントらしい。私と慎悟はそれを貰って、お化け屋敷を後にした。


 初日の今日は私の労働時間が長かったため、残り時間あと1時間となった。
 通り過ぎたクラスの中からいい香りが漂ってきたので、私はピタリと立ち止まった。
 この匂いは…
 わかる、わかるぞ、私にはわかる…!

「カレーだ。買ってきてもいい?」
「…やっぱりお腹すいていたんじゃないか?」
「店でお菓子貰って食べてたから空腹ではなかったけど、匂いを嗅いだらカレー食べたくなってきたの」

 私はカレーを買い求めるべく、教室に入ってカレーを購入。色々トッピングしてもらった。
 中に設置されたイートインコーナーでカレーを頬張っていると、それをじっと見ていた慎悟から「あんた見てると俺まで空腹になってきた」と言われた。
 食べてるカレーを分けてあげてもいいけど、これ辛口だもんなぁ…。カレーがかかっていない白米を食べるか尋ねたら遠慮された。
 後でクレープ屋にでも行く? 2年のクラスでクレープ屋やってるって聞いたよ。

「あっ慎悟様! こんなところにいましたの!?」
「やっと見つけましたわ!」

 トッピングしてもらった唐揚げにかぶりついていると、姦しい声がカレー屋をやっているクラスに響き渡った。
 教室に荒々しく乱入してきたのは、毎度おなじみ加納ガールズであるが、そこにはロリ巨乳と能面しかいなかった。何故かって巻き毛は遅番で現在勤務中だからである。

「…騒ぐなよ。…それにホコリが立つから走ってくるな」
「大丈夫ですわ! この女ならホコリだらけの食べ物を食べてもピンピンしているはずですもの!」

 そういう意味じゃない。他にもお客さんがいるし、売り物の食材にもホコリが降りかかるだろうが。
 大体私に失礼だぞ、その言い方。
 
「なんですの? 慎悟様は何も召し上がっていないというのに1人でカレーを食べるなんて…」
「だってお昼ごはん食べてなかったんだもん」

 今日はこの後私は部活があるんだ。腹を満たしておきたかったんだよ。
 それに慎悟は既に昼食を済ませている。別に1人占めしてるんじゃないもん。

「人の食事の妨害をするな、はしたない」
「うっ……!」

 慎悟から冷たく吐き捨てられた能面はぐっと口ごもり、何故か私を睨んできた。
 今のは私何も悪くないよね? 人の食事の邪魔は良くないよ。宝生氏にしても加納ガールズにしても食事の邪魔するのが好きだよね本当。

「そんなことより慎悟様、明日は早番でしょう? 私達と一緒に回りましょ?」

 ロリ巨乳が明日の文化祭のお誘いをしていた。いつものことだけど、私の前ですごい度胸だよね。私など取るに足らないと思われているのだろうか。
 
「明日は……」

 慎悟は何かを言おうとして、一旦口を閉ざした。
 明日は私の招待試合の応援に来てくれる約束だし、お祖父さんも来る。私という彼女もいるのだ。当然のこと断るよねと思っていたのだが、彼は黙り込んでいた。怪訝に思った私はカレーを食べる手をピタリと止めた。
 彼は眉間にシワを寄せると、ゆっくりと口を開いた。その目は真剣だ。彼女たちの反論は受け付けないとばかりに真剣そのもの。 

「祭田、烏杜…お前たちとは回れない。…明日は俺に近寄らないでくれ」

 その言葉にロリ巨乳と能面は思考停止していたようだ。しばらく呆然と固まっていた。
 だが、慎悟に言われた言葉の意味を理解するなり、悲壮な表情に変わっていた。

「どうしてですの!? またその女に」
「…この人を排除しようとするのは止めてくれ。俺は本気なんだ。…俺には彼女のほうが大事なんだ。頼むから」

 大切な人が出来たらそちらを優先することはおかしなことではない。誰だってそうする。
 同様に大切な人を傷つけようとする相手を牽制することも当然だ。

「ひどい! 私達は幼い頃から慎悟様の側にいましたのに!」

 だけど小学生の頃から一緒にいる彼女たちには、その言葉が大きなショックを与えたようだ。
 慎悟は眉をひそめたが、気持ちは変わらないみたいだ。

「俺が好きなのはこの人だ。…悪いことは言わない。他の男に目を向けてみたほうがいい。……どんなに想われても、俺はお前たちの気持ちに応えてやれない」

 「他の男に目を向けろ」の言葉にぎょっとしたのは私だけじゃなかったはずだ。
 ヒュッと風を切る音が聞こえてきたのは直後。

「慎悟様の…馬鹿ーッ!」

 ぱっしーんと乾いた音が鳴り響いた。先程からクラス内で騒いでいたので、もともと注目は集めていたけど、その音で更に人々の視線が集中した。皆、目をぎょっと丸くさせて渦中の人物を凝視していた。
 私も同様だ。惨事を目にして固まっていた。

 強く叩かれて左頬を赤くした慎悟。対峙するはボロボロ涙をこぼすロリ巨乳。
 ロリ巨乳が、慎悟を引っ叩いた…!?
 彼女はそのまま走って逃げていった。能面はオロオロと2人を見比べ、しばし悩んだ末にロリ巨乳を追いかけていった。
 
 …言い方下手くそか。いや、去年散々慎悟を振り回していた私が言うのは何だけどさ。
 慎悟の言っていることは間違っていないけど、ある意味誠実だけど……なんというか…言い方って難しいよね。

「…大丈夫?」
「…いつかはこういう風になると思っていた」

 慎悟は彼女たちのその後のことも考えて敢えて突き放すような発言したんだろうか。
 …慎悟は私を選んだ。そして慎悟は1人しかいないのだ。
 ただ1人の人を想い続けることはすごいけど、報われない恋を続けても彼女たちがただ辛いだけ。
 そしてその想いを受け止め続ける慎悟もしんどいのだろう。慎悟にだって彼の人生がある。必ず想いに応えてあげる義理はないし、いつまでも学生気分でいられるわけじゃない。引導を渡すのも優しさの一つなのではなかろうか。

 そして明日は二階堂のお祖父さんが来る。彼女たちの行いによっては……私達の未来は無くなる恐れもあるのだ。
 恋のライバルとしては、泣いていたロリ巨乳に心傷んだが……皆が幸せになる恋なんてない。……私は慎悟を誰にも譲れないのだ。

 真っ赤に腫れた頬が痛そうだ。
 カレーと一緒に購入したペットボトルの水を慎悟のほっぺたにくっつけてあげた。まだ冷えているから気持ちいいはずだ。

「男前が更に男前になっちゃったね」

 本当…モテる男は辛いね。
 …まぁ、彼女たちもかなり諦めが悪いから…なるようにしてなったことなのかもしれないけどさ。

 慎悟はペットボトルを当てている私の手を掴んで、それをぎゅうと握ると俯いてしまった。 
 仕方ないのでそのままにしておいて、私は空いた片手でカレーを食べることを再開したのである。

 こんな事があっても、お腹が空くんだ…時間は有限、そしてカレーうめぇ…
 そんなこんなで高校最後の文化祭初日は幕を下ろしたのであった。



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mokuji
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